楓原古詠は打ち明ける

 基本的に、この日本社会では未成年が一人で生活することは出来ない。衣・食・住の最低限すらも、揃えることは難しい。しかしこの古詠という少女は例外だった。密かに古びた洋館で生活し、あまつさえ読書という娯楽さえ携えている。

 果たしてそのようなことが可能なのだろうか。少なくとも、現時点で契約少女は全てを答えることをしない。だが、幾らかの疑問に答えと示唆を与えることは出来るだろう。


「私は、ずっと一人で生きてきた。それは本当。私には親は居ないし、それにあの洋館で生まれ育った訳じゃない……何処で生まれたのかは分からないけどね。ただ、山の方だったということだけは覚えてる」


 カラン。グラスの中の氷が溶けて、オレンジジュースの色が移ろう。緊張と会話による口の渇きを潤す為に、古詠は一杯を飲み干した。あとに残る氷はより溶ける速度を上げていく。


「私は、しばらく当てもなく彷徨った。それだけ。その頃どうだったか、というのはあんまり記憶に無くて、気付いたら私は神社の前に居た」


「神社というのは確か……」


「天虚空大社! でしょうか?」


 馴染みがない為少々朧げになっているユーゲンへ補足するかのように、律加が言葉を付け足す。


「違う……と思う。あそこは開けた空間があるけれど、私が見たのは確か、森の中だった……でもその近くな気がする。そしてその後、私は洋館に辿り着いたんだ」


「となるとやはり、あの洋館はお前の所有物では無かったのか。まぁどちらにせよ、あんなところに一人ってのはちゃんちゃらおかしな話だがな」


「古詠ちゃん、洋館でどうやって生活していたの? その洋館には元々人は居なかったでしょう?」


 話に聞く洋館が大社近くのものであるなら、少なくとも五十年は人の居ない空き物件だと、店主は述べる。曰く、花伝町のみならずここいらでは有名なスポットだという。


 「それは……よく分からない。ご飯はいつも勝手に用意されていて、お金も気付いたら手元にあるし。もしかしたら、これが契約ってやつなのかも」


 「契約……そういえばユーゲンさんは古詠ちゃんのことを契約少女って呼びますよね、それってどういうことなんですか?」


 ユーゲンは自身のいきさつと合わせながら、契約少女を異世界へ連れていくという当初の目的を説明した。勿論こんな任務果たす気などもう無いがな、と彼は言う。それに対して些かの不満を覚えつつも、少女は契約について尋ねる。


 「ここでいう契約というのは魔術的な概念だ。魔術の学問、魔学において契約とはある一つの事を指す。それは……」


 「それは?」


 「それは『神』。契約とは神と結ばれるモノだ。素質ある魔術師は、この世界において神話として語られるいずれかの神と契約をし、属性を獲得する。そうして契約による縛りを代償に、新たな力を手に入れるんだ。そして契約少女、お前に何らかの力があるかどうかと俺が聞いたこと、『契約少女』という号を偉い魔術師どもが定めたこと、それらの意味はこれにある」


 「ま、待って……神ってどういうこと……?」


 古詠を筆頭に聴者たる面々――ユグは除いて――はひどく馬鹿げた話だと表情で各々語ってみせた。神話、そして神だなどというのは、信仰という点から外れてみれば虚構でしかない。世界というのは卵や、あるいは巨人などから産まれたわけでなく、日本列島だって何時かの時に大陸から分かれたのであって、記紀にて語られる国生み神話が事実であったわけではない。でもそれは、あくまでもこの世界の話。


 「別に不可思議で荒唐無稽なことを言っている訳ではない。少なくとも奇妙な事実をアンタらは現在進行形で目にしているはずだぞ。俺たちは一体どこから来た?」


 「それは……異世界でしたよね……。まさか!」


 「そう、世界というのは一つではないし、ましてやたった二つでもない。簡単な話だ、要は神話や神々の実在する世界がどこかに存在している。パラレルワールドやマルチバース、そういったもんだろう。だが、いったいどういう了見でこちらに干渉しているのか、というのは今の我々には分からないし関係ないだろうがな」


 「そ、そんなことが……ちょっと壮大すぎます」


 「これ以上話すと本筋から逸れる、話を戻すぞ。契約少女、お前自身は契約に関して無自覚だったが、今勘づいた通り、もしやお前の生活というのは契約によって担保されているのではないのか? 分かりやすい言い方をするなら加護だ。お前は契約した何某から生活の加護を受けている……。これであれば、一応のつじつまは合う」


 「どうだろう、これまでそんなこと考えたこともなかったけど、まさか……」


 うんうんと唸る古詠を横目に、もしかしたら認識阻害を受けている可能性があると考察するユーゲン。ああ、これでは話が進まないと思ったか、会議の主導権は律加が引き継ぐ。


 「とにかく古詠ちゃん本人でも、自分のことがよく分かってないんでしょう」


 「分からないけど、分かることもある。私はあそこで暮らすようになってから、ずっと独りぼっちだった。誰もやってこないし、誰も私なんて知らなかった……」


 「古詠ちゃん……」


 少女の絞り出した声は、その境遇の悲痛さを物語る。古詠本人の沈黙により、黙して会議はお開きにならんとしたが、少女と対照的に、静かだった男は口を開く。


 「一つ、ここで決めておかなければならないことがあるだろう。二人はこれからどうするんだ?」


 「そんなもの決まり切っている。こいつはともかく、俺は借りを返さなくちゃならんからな。少なくとも、バス代とバイクは返さなければ。と、いうわけで……」


 彼はチラリとユグを一瞥すると、店主をしたり顔で見る。嫌な予感、それが心身を駆けるころにはもう遅く。


 「俺を住み込みで働かせてもらおう、ついでに契約少女も住まわせてもらうとなお良い」


 「それは……うむ……」


 こういった提案をしてくるであろうことは、早々に彼は察していた。この喫茶は特別繫盛しているわけではない。従業員は店主であるバルスターとアルバイトであるユグの二人のみで、新しい人員を雇う余裕があるわけではない。けれども、少女の境遇、その背景をわずかにでも知ってなおこの要求を突っぱねられることができるかといえば。


 「……研修期間はしかと設ける、業務が録にできなければ解雇するからな」


 態度は多少悪かろうとも、確かに彼は善性の人なのである。

 こうしておおよその話は終わり、最後に当分の目標というものをユーゲンは示す。差し迫ったきっきがある中、当てもなく日々を過ごすわけにはいかないのだ。


 「さて、しばらくの生活は保障された。当分、俺は敵の情報を集め、準備ができ次第そいつを撃破する。契約少女、お前はどうしたい?」


 「私は……私は、分からない。今こうしているのも初めてで、これからのことなんて考えたことなかったから」


 「であれば、一先ずお前は自分のやりたいことをやれ」


 「それって……」


 「お前はまだ俺たちに隠していることがある、だがこの場で話せない事情とやらがあるのだろう。それはいい、そんなことは置いて、お前はまだ自分というやつが定まっていないようだから自分探しをするべきだ」


 「でもそれでいいのかな……ユーゲンは危険なことしているっていうのに」


 「いいんだよ」


 腕を組んで自信ありげな表情、ユーゲンのよくやる仕草だが威圧感は無く、何よりも優しげだった。


 「子供っていうのはな、瞬間瞬間を思うままに楽しむべきなんだよ。そうしてできた思い出が、自分ってヤツを作り上げていくんだ。それは長い人生の中で、十年、二十年と自分を支えてくれる。

 例え周りの何もかもが移り変わって過去が消え失せても、築き上げた思い出が自分を記憶してくれる。もし日々を無為に生きていたら、或いは苦しみばかりが続いたら、過去は自分に牙をむくだろう。これから先、死ぬまで過去に追いつめられるかもしれない。

 だからさ、将来の自分を助けると思って、大いに楽しめ。大人ってやつはそのために尽力するのだから、変に気を使わなくていい。少なくとも、お前は俺と違ってそれができる」


 「ユーゲンさん……」


 とても柔和で優しく、そしてどこか苦しんでいるような、そんな声色で彼は語る。自分の叶わなかったこと、自分の出来なかったこと、その願望を吐き出すかのように。


 「まー! ともかくこれでまとまったんじゃないかい? これ以上話すとなると、十一時どころか日付が変わってしまうよ」


 しんみりとした空気を変えるために、ユグはわざとオーバーなリアクションをする。このような助け舟もあり、長きにわたる会議というのも十時を随分超えたところでようやくの終わりをみせた。未だ危機は去っていない上、現状に変化があったわけでもないのだが、各々不思議と明るい気分で就寝までを過ごすことになった。急な雇用で慌てている店主を除いて。



 ●



 帰路。寒々とした空気の中、星空を望みながら男は歩く。右半分の金の髪は、街灯に照らされ、あたかも自ずから光っているかのような明るさを見せる。


 「――隠されたモノが顕れた。触らぬ神に祟りなしとはいうが、ああ、これからどうなるかね」


 寝静まった夜の街に、不相応な男の笑い声が日の移る刻までずっと響いていた。

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ひねくれ魔術師と契約少女 水迅 @suieshun

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