ユーゲン・ハートマンはこう語る

 各々夕食を終え、テーブルから皿を片付ける。ユーゲン以外の皆は、語る口を止めた彼を案じているが、当の本人はどうにも重く受け止めてはいない様子だった。

 ユーゲン・ハートマン。何が彼の強さを支えているのかと問うならば、彼を知る魔術師――この場ではユグになるが、こう答える。


「紛れもなく、その身体の内に在る魔力量こそが強さの根幹だろう。技量、知識、そういった物もあるが、一番を挙げるとするなら他にない。文字通りの一番、おそらくは歴史上においても、彼以上の魔力量は無い」


 間違いなくその分析通りである。魔術師ユーゲンの強さたるは、圧倒的な魔力量に裏打ちされたもの。つまるところ、魔力の回復不能という枷が付けられている彼は、その強さに制限が掛かったも同然。それでは、この先戦闘を続けるのは不可能だろうか。

 否。


 「良いハンデじゃないか、元より俺は強すぎるからな。その程度の条件がなければ、そこいらの魔術師など一息に潰せる。ハート真一位だぞ、この俺は」


 ようやく口を開いた彼は調子のよく、自信家な様子を見せる。その言葉の中の文言、繰返し出される『ハート真一位』というものに疑問を抱いたか、少女はそれが何なのかを問う。かねてより楽しみにしていたチョコレートパフェ――アルバイター・ユグ作――に舌鼓を打ちながら彼は答える。


 「せっかくの機会だから教えておいてやる。そこなアルバイターがいかに特殊かというのもこれを知れば理解できるだろうよ」


 ユーゲン曰く。そもそも魔術師というのは数多ある職の一つに過ぎない。魔術師は他の職、戦士や騎士などとパーティを組み、依頼をこなし、そして研究に打ち込む。しかし、魔術師というのは誰でもなれる物ではなく、ましてや勝手に名乗っていいモノではない。王国の中心にある魔術省の試験を受け、自身を魔術師として登録する必要がある。登録をしなければ魔術師として扱われない為、公式に依頼を受けることや研究をすることは出来ない。無資格でこれを行えば罰則を受けることになる。


「――つまり、そいつは捕まってないだけの犯罪者ってことだ。そうだな、この世界の言葉でいうならヤブ医者ってところか」


「ハハハ、手厳しー」


「心がこもってないぞ」


 閑話休題。魔術省に登録された魔術師には、試験の成績やその後の研究成果など実力に応じて階位が与えられる。これが『魔導階位』。階位は十三位から一位まで存在する。


 「一位までってことは、ユーゲンは一位の魔術師ってこと? もしかして盛ってる?」


 「詐称は犯罪だわ馬鹿者、そんなものしたらこいつをなじれんだろう」


 「別になじれなくてもいいのではと僕は思うよ!」


 皿洗い中の残業アルバイトの泣き言を無視して、彼は続けて語る。階位というものには特別なものが存在する。それは大きく二つに分けられ、一つは従一位――敬虔なる王の従事者――、もう一つは真一位――至高なる神の代行者――である。


 「従一位も真一位も基本の一位より上、つまり俺は魔術師界の頂点、その一角というわけだ。どうだ? 少しは俺の凄さというものが分かったか?」


 「それはよく分からないけど、それじゃあハートっていうのは? どうして真一位じゃなくてハート真一位なのさ」


 「楓原さん。それを知るには僕たちの世界のこと、社会について踏み込まなくちゃいけなくなる。はっきり言って、聞いていて気分の良いモノじゃないよ」


 一仕事終えたユグは皆のいる席へと向かうとともに、古詠を諫める。少女が困惑する中、大仰な手振りによって、グラスへとスプーンが落ちる。よく音の響いた後、ユーゲンは再び語り始める。

 ハートマン曰く。異世界において、社会秩序として四つの身分階級が存在している。その四つとは、スペード・ダイヤ・クローバー・ハート。それぞれ、上流魔術師階級・王族貴族階級・平民階級、そして被差別階級。

 彼らの世界においてハートとは身分秩序の最底辺であり、侮蔑され嫌悪される存在である。ハートマンのハート、ハート真一位のハート、どちらもこの身分制に由来する。


 「俺は真一位に値する。しかし反対の声が多かったもんでな、特例措置としてハート真一位の階位が設けられたってわけだ。そしてこれは余談なんだが、俺たちの世界の有名な諺に『ハートの女より腐ったエルフ』というものがある。意味までは言うまい、食後にはちとマズ過ぎる」


 「ちなみに、僕も身分はハートだよ。まあ、ヤブ魔術師なんて僕に限らず大半が『ソレ』なんだけどね」


 身分によって人々が隔てられ、下位の人々は差別される。身分による差別というのはこの世界においても特に珍しいことではない。歴史というものを紐解けば、あるいは現代社会を覗きみれば、その痕跡は方々に残されている。

 歴史を学んでいる律加からすれば、ユーゲンの言う諺の意味するところは即座に察せられた。彼女は、女性として凄まじいほどの嫌悪と寒気を感じ取った。


 「――さて、俺たちの話は終いにしよう。あんまりクドクドと異世界事情なんざ言ったって仕方がない。さしあたり重要なのはこっちの方だ」


 クイっと親指で指し示したのは契約少女。ユーゲンはともかく、律加たちからすれば古詠は全く謎の存在である。少女はハッとして、次にギュッと拳を握り締める。当人の表情は重たげでいた。


 「そうだね、律加お姉ちゃんとも約束したし」


 「お姉ちゃん……!」


 「場違いな感動をしている場合か……さて契約少女、異世界人はともかく、この世界の住人相手には幾つか言い逃れできないこともあるよな? 契約ではなく、お前という個の人間についてだ」


 ユーゲンはカウンターで作業している店主を呼び、皆広いソファー席に並び座った。そして揃った聴者を代表して、彼が一番目に尋ねたのは。


 「契約少女、いや楓原 古詠――お前はどうやって、一人で生きてきたんだ」

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