第2話 虎子という妹

 やっと嵐が過ぎ去っていった。というか、帰ってくれた。


 まあ、あの二人もさすがに疲れたのだろう。無理もない。だって約二時間強もの間、ずっと言い争いをしていたのだから。それに、今日はこれでもマシな方だったのだ。あの明莉がキレないでいてくれたから。


 アイツはキレると怖すぎるんだよ。否、危険すぎるんだ。どうやら明莉はキレると自分でもセーブが効かなくなるみたいで、『暴れる』を通り越し、ハサミを武器にしてやたらめったら振り回したり。まるで、バーサーカーの如くだ。


 傷害罪って知ってますか、明莉さん?


「さーてと。これでやっと落ち着いて宿題ができる。でも、もう時間も二十四時を過ぎてるじゃん……。はあ……まあいいけど。さすがにもう慣れたよ、寝不足で学校に行くのなんて。じゃあ、まずはその前に」


 机に向かう前に、僕は部屋のドアを施錠した。今日買ってきた南京錠もプラスして。おまけに鎖もプラスして。ふっふっふ、これでさすがのアイツも入ってはこれまい。僕も学習したのだ。兄を舐めるなよ、妹よ。


 妹というのは先程説明した通り、ド変態の妹のことである。名前は神宮寺虎子じんぐうじとらこ。中学二年生。しかし、名は体を表すとはよく言ったものだ。虎って、完全に肉食動物じゃん。それって人間――主に女子に例えるなら肉食系女子じゃん。


 その肉食系女子のターゲットにされた僕が言うのだから間違いない。


 まあ、しっかりと施錠もしたし、それに時間も時間だから虎子はもう寝ているだろう。なので、たぶん今日はもうコッチに来ることはないだろう。


 と、そう思っていた時期もありました。


「お兄ちゃん! お兄ちゃん! 起きてるよね!? お兄ちゃんの性奴隷の虎子ちゃんだよ! 相手にしてよ、寂しかったんだから! だからちょっと入るからね!」


「おい、虎子! 僕はいつ、お前の性奴隷になったっていうんだ! さも当たり前のような言い方をするんじゃない!」


 嵐再びって感じか。しかし、性奴隷って……。僕にはなった覚えも、今後なるつもりもないけどな! それに中学生が口にしていい言葉ではないだろ! 


「ん? ねえお兄ちゃん? ドアが開かないんだけど」


「そりゃな。鍵かけてるから開かないのは当然だよ」


 鍵もそうだし、南京錠も鎖も使って絶対に入れないようにしてあるんだ。さすがの虎子も諦めてすごすご帰って行くだろう。僕の勝ちだ!


「ねえ、開かない! 開かないんだけど! 開かないんだけどーー!!」


 何度も何度もドアノブをガチャガチャやっているけれど、無理に決まっているだろう。この鉄壁なる施錠対策を簡単に破れるわけがない。


「あー、もーう! イライラしてきたー!」


 ドア越しから聞こえる足音。それが徐々に小さくなっていった。よしよし、作戦成功。どうやら虎子は諦めて自分の部屋に戻って行ったようだ。


 でも、ちょっと気になる。虎子ってこんなに諦めが良かったっけ? なんか、嫌な予感がビンビンするんですけど。


 で、こういう予感だけはやたらと当たるんだよね。


「うおおぉりやーーーー!!!!」


「はあーーーー!!?」


 凄まじい轟音と共に、僕の部屋のドアが木っ端微塵にされてしまった。一体何が起きたのか、一瞬で理解した。虎子が手に、巨大なハンマーを持っていたから。それを思い切り振り下ろしてドアを破壊したのだろう。


 しかしまあ、ここまで巨大なハンマーが似合う女子って中々いないよな、なんて呑気なことを考えてしまったことを記しておこう。


 というかだな、虎子よ。


「どうしてお前、全裸になってるんだよ!!」


 一糸まとわぬ姿で虎子はそこにいた。一糸まとわぬ姿――つまりは全裸であり、スッポンポンということだ。さすがに妹の裸を見て欲情するような僕ではないし、正直言って、もう見飽きてしまった。


 巨大ハンマーを手に持った全裸女子って結構絵になるな、とは思ったけれど。


「全裸になってるんじゃないよ? 全裸になってたんだよ、お兄ちゃん?」


「どっちも意味がほとんど変わらないだろが! しかも子犬みたいに首を傾げて笑顔になって、『可愛い妹』を演出するな!」


「まあまあ、お兄ちゃん。そんなにカリカリしないでよ。全裸のまま、あの二人が帰るのをずっと待ってたっていうのに。これが本当の『全裸待機』ってやつだね!」


「得意満面で言うことじゃないと思うんだけど……。とにかく服を着てこい! それか、せめて少しでも隠す努力をしろ!」


「分かった! 他ならぬお兄ちゃんからのお願いなら仕方がないね。じゃあ、自分の部屋に一度戻るけどちょっと待っててね」


 そう言って、猛ダッシュで自分の部屋へと戻って行った虎子だった。僕はベッドに腰掛け、項垂れる。このドア、どうするのさ……。


 しかし、妹だから欲情することはないけれど、胸が年々成長していることは気になっていた。いつかコイツ、どこかの悪い男に騙されたり危ない目に遭わされたりしないだろうか。それが心配だよ。それに、こういう状況はいつまで続くんだろう……。


 そんなことを兄として心配しているところに、虎子は戻ってきた。


 とんでもない姿で。


「お前の頭の中、一体どうなってるんだよ……」


「頭の中? いつもお兄ちゃんのことでいっぱいだよ? それに言われた通り、ちゃんと隠してきたから。えっへん!」


「胸を張って言うセリフじゃないってば! それに虎子、それは隠してると言えないって! もっとやり様があっただろうが!」


「もう! ワガママばっかり言わないでよお兄ちゃん!」


「逆ギレするなってば!」


 戻ってきた虎子の状態を端的に。一応、隠れてはいる。部分的には。有り体に言うと、見られてはいけない部分をガムテープで隠している。そんな状態。


「……まさかと思うけどさ、虎子。お前、学校でもこんな感じだったりしないよな? 兄としてすごく心配になってきたよ」


「そんなわけないじゃん。普通に楽しく中学校生活を満喫してるに決まってるじゃん。それが常識じゃん。お兄ちゃんって、もしかしてバカ?」


「ば、バカ……」


 もう、何も言い返す気力がなくなってしまった。ただただ疲れたよ。疲れ果てたよ。宿題なんていいから、もう今すぐにでも寝た――ぐわぁ!!


「ちゃんとベッドに腰掛けて準備してくれてるなんて、お兄ちゃんってやっぱり優しいよね? 私のことをそこまで求めてくれてたなんて嬉しいなあー」


 やってしまった。隙を見せてしまった。虎子は(気持ち程度に隠した)全裸のまま、勢いよく僕をベッドの上に押し倒した。押し倒されてしまった。


 マウントを取られてしまった。


「さーて、今夜はどうしちゃおっかなー」


「どうしちゃおうかとか言う――ちょ、ちょっと虎子さん? 目が怖いんですけど? な、なんかトリップしちゃってるように見えるんですけど?」


「いやいやお兄ちゃん、安心して。この愚妹めに全てお任せを」


「お任せをって、とら――ちょ、ちょっと待て! お前、どさくさに紛れてどこをまさぐってるんだよ! 変なところを触るな!」


「ん? 別にどさくさに紛れてないし、変なところでもないし。それに、これはある意味、宇宙の法則ってやつだし」


「そ、そんな宇宙の法則なんてあるかーー!! だ、誰か助けてくれーー!!」


 ――この後、虎子に何をされたのかは言えない。言葉にしたくない。でも、たただひとつだけ言わせてほしい。


 このド変態な妹を止める術を誰か教えてくれ!!

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2025年1月9日 18:07

幼馴染の二人が僕に恋して取り合ってくるけど、コッチはド変態の妹の相手にするのに必死なんだよ!【ハッピーエンドマン名義】 十色【別名義・ハッピーエンドマン】 @toiro_8879

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