第2話 聖女vs勇者vs……魔王
殴り飛ばされただろう方向を見ると、暖炉の中に頭から突っ込んでいる王子が。
…………いい感じに、暖炉の炎に炙られている。
だが何の悲鳴も上げないところを見るに、意識は刈り取れたようだ。
「上出来だ、カナ」
元勇者一行……元仲間を、次々葬ってきただけはある。
淑女として鍛え上げたら、武芸にも大層秀でるようになった。
優秀な子だ。
「いやそうだけど……あれいいの? リンディ」
顔がこんがり焼けそうな王子を、聖女が無遠慮に指さす。
「構わない。君の一撃で五体が砕けないのだから、放っておけ」
「そっすね」
……カナの口調が完全に砕けているが、まぁよしとしよう。
こんな晴れ舞台にまで礼儀正しくいよというのも、無粋だ。
「カナリアあああああああああああ!! き、きさ、貴様! この俺に!!」
おっと、もう起き上がってきた。さすが「勇者」に選定された超人。
その焦げた顔とちりちりになった頭を見せるな。吹き出しそうだ。
「カナリアではありません」
私も立って、彼女の横に並ぶ。
そして……がんばって真面目な顔をして、ゆっくりと告げた。
「この子はカナ・ツマベニ。私が拾って育てた、淑女です」
そう。私はこいつが娼館に売った聖女を拾い、淑女として育て上げた。
なおカナリアというのは、この世界で名付けられたものである。
しばし身を隠すためもあり、名前を地球での本名に戻したのだ。
「この女のどこが淑女だ! 言ってみろ!!」
不思議なことを言うなこの王子は。
こんな可憐な淑女が他にいるというのかね、言ってみろ。
「淑女とは!」
おっと。私の教え子の心に、何か熱く炎がともったようだ。
彼女の髪が、赤から白になっていく。
髪留めをカナが解くと、輝く銀糸が流れた。
――――本気だ。聖女の力を、余すことなく使うのだ。
「知と武と礼をもって! 女の希望となる者のことよ!!」
……良い啖呵だ。ほれぼれする。
では私も、その淑女の一世一代の一撃に。
勇者を超える、その一瞬に。
カナが私の黒い魔法と、己の白い魔力を混ぜ、強く輝く。
「ふざけるな! 女など!!」
王子もついに、腰の聖剣を抜いた。
旅の途中も、一度も抜かなかった宝剣を。
勇者と聖女がそろわぬと抜けぬ、大事な大事な秘宝を。
……くくく。ばかめ。
「男に! 俺に!! 支配されていれば良いのだ!!」
奴の振りかぶった聖剣と。
カナの右の拳が。
正面からぶつかり。
少し、押し合い。
――――剣が、粉々に砕け散った。
「なっ!? 聖剣がぶばらぁぁぁぁ!!」
王子が左のほおを殴られ、横に七回転ほどしながら再び暖炉に飛び込んだ。
私はささやかな魔法を向け、暖炉の火を消す。
頭から炭に突っ込んだからかなり焼けるだろうが……まぁ死にはしまい。
「カナ。剣を失った奴は、もうただの人間だ。全力で殴ると死ぬぞ」
「ごめん、急に聖女の力だけ抜けたから……加減わからなくて」
聖剣は別に強力な武器などではなく、ただの祭具だ。
聖女や勇者など、いくつかの加護の起点となる。
……これでやっとカナは、人に戻ることができた。
もう、この世界に縛られることもない。
故郷へ、帰れるのだ。
「これ、本当にとどめさしちゃダメなの?」
カナが拳を鳴らしながら言う。
気分的には殺しておきたいが、後始末のために必要なのだ。
ちょうどいい、政治的な生贄が。
こいつにすべてを押し付けて、魔族と王国は和解する。
「まだ使い道がある」
「そんなのなくても大丈夫そうだよ? まぁいいけど」
今日の夜会では、融和のための大事な密談が行われていた。
カナは立派に、役目を果たしてくれたようだ。
「汚いし、こいつにそれ以上、手を触れるな」
「はーい」
可愛らしく返事をするカナに、思わず少し頬が緩む。
私は彼女がテーブルに投げていた髪留めをそっと掴み。
カナの後ろに回り込み、その髪を結い上げにかかった。
「髪は仮止めだな。もう一度、召し変えなくては」
「もうご用事は終わったよ?」
私は彼女の髪を巻き終え、少し身を離した。
自身の男を思わせる装いを、今一度確かめて。
「本番がまだだ。やっと、カナをエスコートできるのだから」
一度、踊ってみたかったのだ。
淑女となった愛弟子と、社交の場で。
「…………リンディはほんと、そういうとこやぞ」
耳にかかる髪をかき上げながら、頬を赤く、瞳を濡らし……聖女が消え入るような呟きを残す。
彼女のさらっと見せる魅力に――――私の理性が限界を迎えた。
はぁーっ!はにかむ笑顔がたまらん片えくぼできてるし小顔でその角度は魅力たっぷりだな拗ねた感じが実にいいほんといい頭に光景焼きつけたいあと重いからってそこで腕を組むなよだれ出そうになるんやがむっはー!!!!
……はっ。
いかん、カナが不審げな目になってる。
可愛すぎて正面から見てしまうと、また頭が沸騰する。
「……リンディはほんと私のこと好きよね」
膝から崩れ落ちた。
「だだだだ大丈夫リンディ!?」
大丈夫だ鼓動と呼吸が止まっただけだ。
「こここ、こういう時は人工呼吸!? えっと鼻と口を塞いで???」
「やめてくれしぬ」
物理的に息の根を止められるか、ショックで止まるかはわからないが。
これ以上顔が近くによると、いろんな意味で生きていられない。
私はなんとか、身を起こした。
「さて、後の始末をして……次の準備をしよう」
「次? 何するの?」
彼女はずいぶんやる気のようだが……手伝ってもらうことは、ない。
さみしくなるが、これが君のためだ。
「カナを地球に返す。その準備だ」
聖剣に、聖女を召喚する力があるように。
魔王には、元の世界に送還する力がある。
このために私は、伯父から魔王を引き継いだのだ。
「はい? 私帰んないよ?」
……なんですと?
「リンディがいるんだもの。絶対帰らない」
…………なんですって??
これは、いかん。
いかん空気と流れだ。
「カナ、大事な話がある」
「なぁに? プロポーズ?」
早まるなカナと私。死にそうになったが、慌ててはいかん。
「逆だ、私にそういう趣味はない」
カナが笑顔で固まった。
…………すまぬ。
彼女の地球での様々な話を総合するなら、あれだ。
私の気持ちは、アイドルを推すという、あれだ。
私は、同性同士の恋愛に興味はない。
ただこの聖女を推し! 育てるのに人生のすべてを賭けただけ!!
イエスアイドル、ノータッチ!
ブラボー、マイフェアレディ! オーブラボー!
「ほっほーぅ???」
…………なぜ髪が白くなった、カナ。
聖女の力は失われたはずだが????
「私ぜったい帰らないし」
両肩を掴まれた。
あ、この子なに力、ちからつよ!
「あなたは逃がさないから」
◆ ◆ ◆
その後。聖女は魔王の力によって地球に帰された。
だが彼女は聖剣の力を宿し、帰されるたびにまた世界を渡ってきた。
愛する魔王を百合に堕とすまで、毎日。
何度でも。
聖女が原因で婚約破棄されるなら、彼女をけしかけてざまぁしても許される。 れとると @Pouch
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます