聖女が原因で婚約破棄されるなら、彼女をけしかけてざまぁしても許される。
れとると
第1話 悪役令嬢の帰還。
今日の夜会は、私の復帰を示すものでもあり。
新しい時代の到来を知らしめるものでもある。
主役は送り届けて来た。
私は控えの一室で、休息を取らせてもらっている。
問題ないと言ったのだが……大事の前だからと押し込まれた。
ふふ。過保護な子だ。
時々、暖炉から火の粉の爆ぜる音がする。
今宵はよく冷える。温められた部屋を用意しておくとは、気の利く子になったものだ。
しばし、香りのよい茶を楽しんでいると。
突然、部屋の扉が開いた。
人の近づく気配はあったが、ノックもなかった。
帯剣した優男がずかずかと部屋の中を歩き、すすめてもいないのに勝手にソファーに座った。
……向き合うのも不快だが、隣に来られなかっただけ良しとしようか。
「挨拶もなく、茶を出すこともしないか。リンディ」
挨拶する気も茶を出す気も名前を呼ばれる覚えもない。
「俺が勝手に来ただけだ。そこは許すとしよう」
貴様に許されてどうしろというのだふざけるな。
そもそもなぜ一人で勝手に続けるのだ。
独り言か?
「仕方がない、要件に入るとしよう。ライトはどこにいる」
本当に一人で続けた。こちらの様子を伺うことすらしない。
そして私は言われてつい、少し記憶の中を探し……その名を思い出した。
確か、アイオラ子爵の嫡子だったか。
「なぜ私が知っていると?」
「奴は貴様の公金横領の罪を追っていた。それが突然消えた。なぜだ?」
なぜだも何も。
――――始末したからに決まっているではないか。
「貴様が始末したに決まっている」
その通りだが、聞いてくるあたり証拠はないようだな。
「魔王討伐の旅では、その俊敏な身のこなしで活躍なさったではないですか。
私程度に、どうこうできるわけがないでしょう」
「そうだったな! お前は女で、しかもさしたる能もない。役立たずだった」
その役立たずを旅の途中で追放した結果、彼らは旅を続けられなくなり、逃げ帰ったわけだが。
憂さ晴らしに、戻ってから私のあらを探し、学園と社交界からまで追放したのは恐れ入った。
なお私が追放された直接の原因は、彼らが聖女を口説くのを止めたせいである。
やっかみだと笑った末に、彼らは私を追い出した。
聖女のことは心配だったが彼女は残り……後に、望まぬ結末を辿った。
「ふむ。ではカイヤはどうだ。貴様の家と関係深い、ナイト家の出だ。知らぬはずもなかろう?」
私の返答に満足したのかわからないが、彼の独り言が続く。
伯爵であると同時に、代々優秀な騎士を輩出する家の……カイヤは次男だったか。
「あいつは、魔族との密通者を探す重要な任務を追っていた。そして今、行方がわからない」
わかるわけがないだろう。
――――その身も所持品も、念入りに灰にしたのだから。
そもそも、そんな重要な任務にあることを平然としゃべるな間抜けめ。
間抜けはあいつもだが。大声で聞きまわるものだから、罠かと思ったらそんなことはなかった。
明らかに人選間違えてただろう。やりやすくてよかったし、おかげで動きやすくはなったが。
「奴をどこにやった、リンディ」
どこにもいなくしただけだ。
「ライト様でもどうにもならない私が、武芸に深く通じるカイヤ様をどうこうできるとでも?」
「その通りだ違いないな! 弱虫で後ろで震えるしかできない貴様が、カイヤに敵うわけもない」
後方から放り込み続けた私の種々の魔法がなければ、彼らは何度力尽きていたかわからないのだが。
覚えているはずもないか。
「そうそうついでだが、スピネルを知らないか」
今度は伯爵家の令息か。青の結社という魔導組織に所属していた、若くも優秀な魔導師。
「貴様の実家、ヤブラ公爵家の胡散臭い店の法令違反を突き止めていた、はずだ。連絡がとれない」
連絡がとれたら驚きだ。
――――死者が何かを応えるものかよ。
なお「胡散臭い店」とは娼館のことだが。
こいつらは常連で、かついくつかの店では出禁になっていた。
常人よりけた外れに強いため、よく
高い金を払ってでも、全員傷跡も残さず治したが。
恐れ、仕事を続けられなくなった子も出た。
……少し瞠目し、怒りを内に逃がす。まだ、発露するには早い。
「また自分ではどうにもできぬとぬかすか? リンディ」
「当然です。私は攻撃の魔法一つ使えませぬゆえ」
「そうだったそうだった! スピネルの魔法は多いに我らを助けたが、貴様の魔法はクズだったな。役に立たん」
そのスピネルの誤射でこいつは三度死にかけているが。
治療の際に傷が綺麗に消えすぎて、脳のしわまで消されたようだな。
ところで、なぜこいつはいちいち私の反応に満足げな声を上げる?
本当にしわがないのか?
「ではそろそろ本題に入ろうか」
…………今までのは何だったのだ? 雑談か?
まさか、駆け引きか何かのつもりだったのか?
「娼館に落とした聖女を探している」
――――私は奴の言葉を、聞き流した。
一片でも身に入れれば、即座に殺しにかかりかねない。
まだだ。まだ耐えねばならぬ。
こいつに復讐すべきは……私では、ない。
「俺の女になるのを嫌がるごみクズだった。聖女などともてはやされて、調子づいていたのだろう」
……勝手に彼女を異世界から呼んでおきながら、とんでもない言い草だ。
おっと、聞き流さねば。
いつ怒りが臨界点を超えるかわからない。
「そろそろ反省したかと思って、王都中の娼館を探したのだが、見つからぬ」
奴がじっと私を見つめている。
「本題」というのは本当らしいな。
こいつは彼女を私が匿っていると見て、私が表舞台に出て来たところを訪れたようだ。
「故郷にでも帰られたのではないですか?」
「それは困る。今度こそ、魔王を倒さねばならぬ」
困るのはいよいよもって、王太子指名争いに負けそうだからだろう。
……ザファ王子。
かつての私の、婚約者よ。
さんざん裏から、第二王子のパーズ様を推した甲斐があったというものだな。
ふふ。しかし呑気なものだ。
今から魔王の討伐を考えるとは。
代替わりしたことも、その魔王が今どこにいるのかも……知らないようだな。
王子の発言が途切れたところに。
扉を叩く音がした。
……来たか。
「どうぞ」
私が入室を促すと、戸を静かに開けて一人の女性が室内に滑り込んできた。
白を基調としたドレスは、幾重もの布で彼女を優しく包んでいる。
赤みのさした長い髪は高く結い上げられ、その黒く大きな瞳は……幾度か瞬かれた。
王子が入り口の方を向き直り、勢いよく立ち上がる。
「カナリア! やはりここにいたか!!」
彼女は少し私を見て。
私が瞼で頷いて見せると。
顔をほころばせ、華やぐように笑った。
「よっしゃ! アン! ドゥー!」
彼女はしめやかにソファーに近寄り、なめらかに回転。
その右拳に、太陽のごとき魔力の輝きが現れる。
私は静かに、自身、彼女、そして部屋に護りの魔法をかけた。
「死ねぇぇぇぇぇぇ!!!!」
ソファーを飛び越えた彼女の右の振り下ろしが、王子の左こめかみに見事に突き刺さり。
輝き、爆発した。
耳をつんざく、轟音が鳴り響く。
光と音が去り……後には私と、彼女が残された。
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