人生、打ち上げます

氷雨ハレ

11:36

 人生、打ち上げます


 二日酔いで最悪な気分の目覚めを迎え、スマホを取ろうと机の上に伸ばした手が取ったのはそんなチラシだった。曰く「人生、つまり思い出を花火のように打ち上げる」と。打ち上げた思い出は消えてしまうとも書かれてあった。それを見て、好都合だと思った。

 俺は昨日、クビになった。宣告されていたが、次の就職先を見つけることも出来ず、そのまま無職。人生の下り坂というものを嫌というほどに実感できた。その始まりは離婚だったか、いや、デキ婚の方だったか。どちらにしても、俺の人生は常にクソだった。そしてそのクソを発散できるならどんな方法でも良かった。だから、あのチラシは、俺の目にすごく魅力的に映った。


 夜八時、会場に着いた。そこそこの列が出来ていて、係の人は俺をその列に並ばせると、同意書と説明書を渡してきた。


———————————

花火の色と記憶

 赤……怒り

 青……悲しみ

 黄……喜び

 緑……安らぎ

———————————


 ※記憶の読み取り、消去は機械によって行います。また、消去は花火の打ち上げをもって行われます。


 成程、空を埋め尽くす赤や青の花火はそういうことかと理解した。やはり人間、考えることは同じようだ。説明書を流し読みし、同意書に適当なサインをした。しばらくして順番が来た。機械を装着し、記憶を読み取る。記憶の消去範囲を聞かれたので、「全部」とだけ言った。

 機械から解放され、発射を待つ身になっても、記憶は残っているようだった。ようやく忘れられる。忌々しい記憶とはオサラバだ。盛大に「たまや」と言ってやろうと思った。


「準備出来ました! 発射します!」


 係の人が俺に手を振った。その瞬間、ドンッと大きな音が鳴った。上を見る。思わず息を吸う。そして、花火を見た。


 それは、花だった。太陽のように、眩しい花だった。いや、花畑だった。

 赤、青、黄色、そして緑、周りの花火に影を落とすほどに輝いた俺の花火は、夜空を染め上げた。


 思い返せば、俺の人生は徹頭徹尾クソではなかった。幼少期には近所の森で虫取りをした。毎日兄を連れて行って、自分も兄も泥まみれにして、よく母親を困らせた。学生時代には恋愛もした。そいつとは結局別れてしまったが、高二の冬に「ずっと一緒だよ」と指切りをしたのを思い出した。社会人になって、行きつけの店で働いてた女性を、酒に酔った勢いでお持ち帰りして、そのままデキ婚した。別に悪くはなかった。仲は良かったし、娘が産まれてからもそれは変わらなかった。でも、娘が確か七歳くらいの頃に何かあって、それで……あぁ、思い出せない。何があったのか、サッパリだ。

 空を見ると、あれだけ広く大きく輝いていた俺の人生は、もう種火くらいの輝きになってしまった。ああ消える消えてしまうと、そう思った。スマホを取り出し、メモをする。


「安藤和樹」

 ———俺の古い友人


「関本夏美」

 ———俺の初めての彼女


「山田美保」

 ———俺の元妻


「山田晴美」

 ———誰だ? この人



 スマホに映る知らない人の名前を見て、少し首を傾げた後に全て消した。別に俺は妄想癖がないはずなのにな、そう思った。


 家に帰って、自分の家が広すぎるような気がした。金がないのにこんな広い家に住んでいるとか、自分は馬鹿なのかと、そう思った。


 それから俺は所持品のほとんどを捨て、田舎に引っ越し、コンビニバイトを始めた。同僚は歳が二回りほど離れていて、どこか敬遠されているようで肩身が狭い思いをした。


 でも幸せだった。人生で一番幸せだった。それが全てだったからだ。

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