第10話 到着 都市マルタ







太陽が登り切らない、

辺りがまだ暗がりの早朝。




布団からもそもそと起き上がり。顔を洗い、早々着替えを済ませて。宿から出発する準備を完了させた。2泊分の宿代だけ部屋のテーブルの上に置いておくことにした。まだ女将さんが起きていない時間だったので、お礼の声をかける事はできなかったが。まぁ良しとしよう。

さて。昨日言われた、船員さんの指示通りに船の停留所へと向かうべく。


二人は宿を後にした。


 

 肌寒さに体がぶるぶると悴んでいる。街に点在する街頭の灯りを頼りに、海に落ちてしまわぬよう歩みを進めていく。

 

「「ふわぁ・・・。」」

 

お陰様でぐっすり眠れました。

この町はとても良い場所で。私としてはもう少し居ても問題ないぐらいです。ご飯はとても美味しかったですし、宿もいい場所で。あ、そうだ。個人的な感想をいってしまうのであれば、後1日ぐらいは、この街に泊まって。の世界に存在する。色々な魚等を見るのも面白そうだなぁと思ったりしましたが。それはまた次の機会があれば。私たちの目的は、ここに魚を買いに来たわけではないのだから。


そして。 

いた。

街頭の灯りがあるので分かりやすい。

船員Aの姿だ。


「・・・あんた。今日はメイド服じゃないんだな」

「・・・はい」


 リゼットは普段の服装に着替えていた。恥ずかしい。昨日の事は思い出したくない。

黒歴史確定だ、私が死ぬまで墓まで持って行こう。昨日の私はどうかしていた。服装を変えれば気分が変わるとは言われていたりするが、私には当てはまらないと思っていた。しかし此処まで変わってしまうとは思ってもいなかった。

 

「で、隣の人は誰なんだ?」

「・・・えーっと?」


・・・やばい、忘れていた。アルトさんの事どう説明したら良いのだろうか。下手な事を言ってしまったら船に乗れなくなってしまうし。何か言い訳の手段を考えなければ。リゼットが思考をフル回転させ、悩みに悩んだ結果、

出した答えは。



 

「———あ、兄です。」


「・・・あーっ」


 

「俺はいつからお前の兄貴になった?」

「・・・ちょっと、静かにしてもらってていいですか?」


「———まぁ、俺からは何も言うことは無いよ。仲良くやんなご両人。さてと、此処にいても仕方ない、早速船の中に向かうとしようか」






 今案内されている場所は、一般の方々が寝泊まりする客室と呼ばれる場所とは別のエリア。船員の方達が寝泊まりする通称「クルーエリア」と呼ばれる、通常であれば決して見る事も入ることもできない場所である。リゼットはキョロキョロと興味深く船の内部を観察しながら後を着いていく。通路を歩いていくと、厨房から船員専用の食事所、ジム、コインランドリー等々色々あったりする。こんな風になっていたんだ。面白い発見だ。


 少し歩くと、様子が先ほどまでとは少し変わって。扉に番号が割り振られたお部屋が見えてきた。おそらくこれが、各々割り振られたクルーのお部屋。

 部屋の番号が変わっていく中、静かに歩みを進めていく。そして『403号室』の部屋の前になると、黙って歩みを進めていた男性が立ち止まった。


「・・・此処だ、少し待ってくれ。」


 

 専用のカードキーで部屋のドアを開け、部屋の中に案内される。簡素なお風呂とトイレ付きのワンルーム。布団はツインベットで、別々に眠る事は可能。二人で過ごす分には、広さ的には問題ないくらいのスペースは確保されている。リゼットとアルトは適当に荷物を置き、ベッドに腰掛ける。ガチャリと鍵を締め終えると。船員Aもここでようやく緊張が解けたのかほっと一息つく。そして一呼吸つき終えると、私達に向かって話を始めた。この船での過ごし方を説明してくれるらしい。聞き逃さないよう、真剣に耳を傾けることにした。


 


 

『———着替えと諸々の日用品は取り揃えてある。数が切れたら報告してくれ。補充する。

そして。できるだけ不用意な音は立てずに静かに過ごして欲しい。食事方法は朝昼夜の経3回。クルー専用のビュッフェコーナーから、自分がこの部屋まで食事を乗せて運んでくる。その際、「"ノックを4回行う"」これは1時間後にも同様だ。つまり俺が部屋を訪れるのは「"1日6回。"」その時だけ部屋を開けて、トレイを受け取ってくれ。ゴミや使用済みタオル等も、このタイミングで処分する。面倒かもだが、安全の為だ。


もし。『4回以外のノック』があった場合は絶対に扉を開けて出ない事。自分ではない乗組員の誰かだと思ってくれ———』

 

 

「一通りの説明はこんな所だ。俺は当分の間、人気の少ない所で過ごすよ。この部屋は好きに使ってくれ。だが、部屋から出て外を歩き回るような事は控えるように、バレたら問答無用で牢屋にぶち込まれて、ついでに共犯である俺の首も飛ぶからな。

・・・いいかい?」

 

「はい」

「okだ」  




 船員Aは、部屋から出ると思い切り息を吐き扉を背に座り込む。とんでも無いことを仕出かしてしまった。緊張で心臓の鼓動がドクドク鳴り響く。バレたら終わりの船旅か・・・、此処まで緊張するのはいつ以来か。

だが。不思議とこの状況を楽しんでいる自分がいる。何があろうと二人を無事にマルタへ届けなければ。俺の手腕に全てが掛かっている。

———ふぅ、忙しくなりそうだ。


 

◇◆◇◆◇



 

  

 リゼット達が。この船に匿ってもらってから早くも2日目が経過していた。

これまで特に何もアクシデント等は起こらず。悠々自適に過ごしていた二人であったが今此処にきて、一つの問題が発生していた。

・・・暇なのである。この生活。狭い部屋の中で缶詰にされた挙句、扉を開けて外に出る事ができない。だからやる事といえば、船員Aが運んできた食べ物を食べて、基本はだらだら寝で過ごすだけ。


———何もする事がないのだ。


「・・・暇だ」

「・・・暇ですね」


 


 あまりにも暇すぎて暇すぎて、時間を潰す術を発明した。リゼットは今何をしているかというと、船の天上についた。

シミの数を数えていた。


 

 天上を遠目で見つめると、段々と見知った動物の姿や。物の形に姿を変えていく。特別意味の持たない物に対して私の脳は錯覚を起こし、意味のある物として捉えようとする。あれ・・・。ただの天上だった筈の場所がいつのまにか宇宙空間に移り変わっている。一つ一つが光り輝く惑星。星々へと生まれ変わっていた。あの青白く光輝く星。あれがベガで、これがアルタイルで。あっちの方に見えるのがデネブですね。やった。

正三角形の完成だぁ。 



———人類が生まれた理由は一体何なのだろうか?この世界は何故誕生したのだろう。宇宙人は本当に実在するのだろうか。宇宙の誕生、それは一体いつ何処から生まれたのだろうか。

宇宙は本当に無限なのだろうか。実は宇宙には私達が知らないだけで最終到達地点という物が存在しているのではないだろうか。もし仮に、この仮説が正しかったとしたらそこには一体何があるのだろうか。答えの見えない問答が、頭の中をぐるぐる駆け巡る。

ぐわんぐわんと頭が回って。ぅぐ、


段々気持ち悪くてなってきた・・・。




そして。


  




 


コンコンッ




扉をノックする音が響き渡る。その音でリゼットの意識が現実に戻って覚醒する。


 

「・・・あ、あぶなかったです。危うく意識を持ってかれる所でした」

 

一度沼に陥ると帰って来れません。想像が飛躍しすぎるのも、悪い癖ですね。一度顔を洗って、頭の中を空っぽにリフレッシュするとしましょう。

 


・・・コンコンッ



顔を洗いに行こうとベッドから立ち上がり、洗面台に向かうタイミング。その時、もう一度扉をノックする音が響く。すっかり忘れていたが昼のご飯の時間でろうか。お腹も良い感じに空いき始めている。

 

「・・・船員Aさんでしょうか。今出ますー」

 

リゼットは洗面台へ向かう足を止めて、玄関先に向かい。扉のドアノブに手をかけようとした。するとアルトさんが後ろから、私の肩に手を置き静かな声で静止の言葉を口にする。

 

 「———待て」

 「・・・?」


扉を開けるな。扉の奥の奴は「船員A」じゃない。音を立てず。





その場からゆっくり下がれ。



 




 

 

 俺の名は「船員B」。

「船員A」とは入団した時期が同じだった、関係でいえばいわゆる同期組って奴だ。

入りたての頃は、環境の変化に慣れるのに必死だった。揺れる船とそれに伴う船酔いによる体調不良。普段の陸地での生活とはかけ離れ、忙しく働き続けた。寝れるのはいつも不規則な時間。しんどさもあったが、絶対に出世してやるッ!!その気持ちを胸に日々を過ごしていた。そんな雑用ばかり任されていた俺と比べて。



 「船員A」は業務をどんどん吸収していき、瞬く間に成長していった。俺を置き去りにしてどんどん出世階段を駆け上がっていくのを、俺は隣でただ眺めていた。しかしだ、ある時を境に「船員A」の瞳から生気が失われていった。

そこから、あいつは変わっていった。


 

 最低限の仕事はこなしてはいたが、隙があればサボるようになっていったのだ。

当然、やる気のないやつに仕事が任せられる筈もなく。責任の重たい仕事は他の人に回され、出世街道からは完全にはずれ、あいつは雑務を与えられるようになっていった。

俺はそんな奴に対して興味を無くしたと言っていいだろう。出世のコネとして使えると思っていたが、こんな奴だったのか。どうでもいい。使えない。時間の無駄だと、その時から俺は船員Aに関わる事を一切辞めた。


 

———それから時が経ち数年。

いつも船員Aは食堂で一人細々と食事を食べていた。死んだ表情を浮かべ、ただもそもそと一人飯を食べていた。その筈だった。そんなあいつが、急に不自然な行動を取り始めた。トレイに料理を乗せて何処かに運んでいる・・・。

彼のそんな行動は一切見たことがない。


 

「誰かの指示か・・・?」

 

 いや。一瞬そう考えたが上から指示が出ているとは思えん。不審に思った俺は後を付けようとしたが、気づけばそこには船員Aの姿は無く。なかなか奴の足跡を辿る事ができずにいた。そんな日を繰り返し。やがて我慢の限界に達した。撒かれた事による苛立ちが、頂点に達した俺は。遂に。強硬策を取る事にした。


 

「あいつは、何を隠している……」


 

 403号室の部屋の前で立ち尽くす。今は部屋にはいない時間の筈。探りを入れるのであればこのタイミングが最善。

隠している悪事を暴き出し、その上で証拠を揃えて上に報告する。くくくっ、ニヤけ顔が止まらねぇ。ここで悪事を暴けば、俺の評価は鰻登り。かなりリスクはあるが、リターンが途方もなくデケェ。こんなのやるしかねぇだろ。

 

「・・・悪いが。利用させて貰うぜ」

 


 部屋の鍵を開けようとして……。いや、所在を確認しておいた方がいいか。藪の中から何が飛び出てくるか分からん。慎重に行動するべきだろう。扉のノックを2回叩く。

扉に窓ガラスが付いておらず中の様子がわからない。扉に耳をつけて見ても、クルー部屋の中からは物音は聞こえてこない。

時間を開け、もう一度だけノックする。



「・・・やはり、居ない・・・、みたいだな。」


 ふぅ。これで、確信ができた。こっそり部屋を開けさせてもらおう。ポケットから鍵を取り出し、慎重な様子で鍵穴に鍵を差し込んだのだが。チッ。この鍵穴少し錆びていて鍵が差し込みにくいな。くそっ、座り込んで扉をガチャガチャとやっていると、突如「カチャッ・・・」と一際乾いた音が鳴る。


「・・・開いたか。」


 やっと念願の時がくる。見える!見えるぞ!!出世コースを突き進み。船の実権を握ることができる。その未来が叶う時!!船員Bは扉を勢いよく開け、部屋の中を確認した。


「・・・なに!?」



 

だが。

船員Bの期待していたものとは裏腹に、部屋の中は多少散らかってはいるが。それ以外にそれらしい痕跡は何一つ残っていない。お風呂場、ベットの下、ゴミ箱の中、クローゼットを開けていき、一つも見逃す事なくくまなく探した。全てを洗い出し、それで見つけられたのは洗濯籠の中に無造作に入れられた使用済みタオルのみ。怪しげな物は特に見当たらず。船員Aのあの行動から察するに、特定の人物ないしは複数の人物がこの部屋を使っていると船員Bは確信していたのだが。


「っ、何処に隠れやがった」


 

 何処かに見落としがある筈。机の上の物や引き出しに入っていた物全てを片っ端から必死になって捜索するが。それでもめぼしい物は見つからず。それなりのリスクを掛けて実行に移したのに、モタモタしていてはこの部屋に人が来てしまう。




証拠だ。証拠が必要なんだ・・ッ!



「・・・くそっ。・・・はっ!窓の鍵が開いている、まさか此処から・・・!?」



 船員Bはカーテンを開き勢いよく窓を開けるが。外は断崖絶壁の壁で下を向いても海だ。何階だと思ってやがる、逃げ場など到底ない筈だが。そして。残念ながらタイムオーバーだ。船員Bは、単純に時間をかけすぎたのだ。403号室。この部屋に用がある物など、部屋の持ち主以外にありえない。扉の鍵が開く音が聞こえる。トレイに乗せた料理を片手に。


船員Aは部屋の扉を開けた。

 

「・・・どうする」

 

 来る時間が早すぎる。クソが!考えうる限り最悪の状況だ。・・・あと少しで掴めていた筈が、こんなチャンスは何度も訪れてはくれないだろう。一度失敗してしまえば当然警戒の目を持たれてしまう。そうなれば俺の前でボロを出すような事は二度としないだろう。千載一遇のチャンスを。思考を切り替えろ。逃した獲物は大きいが、またチャンスは来る筈。今考えるべきはこの場をどうやり過ごすか。

 

「なぁ、船員A。聞いてくれ、これは誤解なんだ」


「無理だな。諦めて観念しろ」


『俺もお前と同期だ。一緒にいればある程度の性格ぐらい見抜ける。言い訳があるなら聞くぞ。船長室からマスターキーを盗み、個人のプライベートを覗き込む。この船で決められていた規律を犯す行為と理解していての行動だろう?これを上に報告したらどうなると思う?一度やる奴は常習的にやる。当然そんな危険な人材は手元に残してはおけないだろうな。数年間築き上げたこれまでの信用は、地の底まで崩れ落ちていく。

 奈落の底まで。一度根付いた"疑念"ってのは拭い切れるもんじゃない。女性クルーもいるのに、不用意な行動を取ればどうなるか想像つくだろ。こうなっちまったらもうおしまいだ』



 

「ねぇ、聞いた?個人部屋に侵入したクルーがいるらしいわよ・・・」


「はい。聞きました・・・。怖いですよね」


「私も、もしかしたら狙われてるかも・・・」



 

 『『・・・き、気持ち悪い』』

 


『———。噂に尾鰭がつき船内に拡散され。廊下を歩くたびに四方八方から向けられる軽蔑の視線。この船での居場所は無くなり孤立して誰も喋りかけてこなくなる。良かったな。俺以下の存在。

新しい自分として生まれ変われるぞ』



 

「・・・は、はったりだ!そうさ、!!お前のいう事なんか誰も聞くはずがねぇ・・・ッ!!居場所のないお前の話なんか、誰に言っても通じるわけねぇだろ!!!」




 


「確かに、サボってばかりの俺の言葉だ、響く事はないだろう。無視されて、それで終わりだわな、当然だ。


だが、こいつならどうかな。

『トランシーバー』クルーには全員に持っておくようにと、最初の頃に配られるものだ。録音機能付きの無線型機。お前も持ってるだろ。今までの行動全て録音させてもらった。部屋の状況と合わせれば、証拠としては十分成り立つだろ。終わりだよ。此処でお前の運命は」

 


「ふ、ふ、ふざけるなぁあああ!!!!!!!俺は。俺はあああああッ!!」




 


ーもう遅ぇよ。





 

『危ねぇッ、尾行されてる事には気づいていたが、こいつが此処まで強行突破を仕掛けてくるとは・・・。同期になった時から、雰囲気がやばい奴だと思ってたんだ。エゴの塊、人を蹴落とすことしか脳みそにないプライドの塊。典型的な自己中。それが俺があいつ。船員Bに抱いていた印象。危なかった。リゼットさん達がうまいこと逃げ切ってくれて助かった。とはいえ、

流石に俺もクビかもな』


 


「・・・まぁ、後悔はないか」



『危うくだったが。なんとか。無事マルタまで送り届けることができた。俺は二人の旅の無事を純粋に願うだけだ。

この娘からは元気を貰ったし、応援してあげたいと言う気持ちが強い。幸せなら別にそれでいい。それに、お金も此処でたんまり稼がせて貰った。当分は働かなくても暮らせていけるぐらいの貯蓄はある。


 さて。自分語りになるが、俺がこの仕事にやる気をなくした原因ってのは。上の立場に上がれば上がるほど、狭い船の中で形成される人間関係。いやぁ、俺が受けた訳ではないのだが。入りたての新人の女の子がイジメにあってるのを目撃しちまってさ。何十歳も上の大の大人がだ。まだ20代前半の子に、暴言を吐きまくって、飲み会に誘って無理やり飲ませまくって。そんで潰してって事を繰り返して。閉鎖空間だからさ。逃げ場が無いんだ、ここってさ・・・』


 

「全員知らんぷり。当然だ。巻き込まれたくないからな」



 反発しようと誰かが立ち上がっても、上層部の数の暴力で押し潰される。馬鹿な俺が孤立するのは当然だった。この場所で奴が上に立てば、更に状況が悪化するだろう。此処で先に目を潰しておいた方がいい。今の俺にできる事といえば、これぐらい。

どちらにしろ、


俺はもう此処には居られない。




 

「はぁ。これからどうすっかなぁ・・・」









 

「た、助かりましたね・・・」

「・・・重ぇ」

 

 船員A出ないことに気がついた二人は自分たちの荷物を抱えて一瞬早く窓から抜け出していた。凹凸のないツルツルと滑る断崖絶壁の壁。海の下に落ちて逃れるのは至難。そこで二人は。咄嗟に窓枠を使って、更に上の階に向かって難を逃れたのだ。船員Bは下にばかり気を取られて、リゼット達がいる上を見ることはしなかった。頭上を見れば、二人の姿を視認できていたのだ。

 

「良かった。間一髪でした」

「ああ。俺も、流石に肝が冷えた」


 

 もし部屋の扉を開けていたら。私たちは今頃刑務所の中にぶち込まれてゲームオーバー。監獄生活編がスタートしてしまうところだった。本当に間一髪だった。



船員達が忙しなく船の中を動き回る。

あと少しで到着するみたいだ。此処からは甲板の上の人混みに紛れていても、バレることはないだろう。目的であったマルタへ、無事向かうことができる。

リゼットが今いる場所は船のデッキの最先端。アルトさんは、今は隣にはいない。だが心配はしていない。いなくなったけど、どうせ満足したらすぐに戻ってくるだろう。


リゼットは一人で。ぽけーっと甲板の上で海を眺める。ずっと缶詰状態だったから外で吸う空気が美味しい、ぐいーっと伸ばすとポキポキと小気味良い音が鳴る。

 船の先端からイルカの群れが見える。船の周りにできた水流を利用して遊んでいた。それを微笑ましげに眺めていると、後ろから声をかけてくる男性が一人。

 

 


 

「よっ、メイドのお嬢さん」


「———あっ、船員Aさん」






「ありがとうございました。助けて頂いて」

「いいって事よ」


海を越えることができたのは、全ては彼のおかげだ。素直に感謝の気持ちを述べると、照れくさそうな表情を向けて微笑んでいた。私達はここから旅を続けて、きっと彼はこの船に残る。

此処でお別れだ。


 (うぅ、忘れたい記憶)


 出会い方はリゼットにとっては、酷いものだったが。とても優しい大人の男性でした。いつかまたこの船に乗る機会があればその時にまた会える。今は無理でも。いつかは普通に乗船できるといいなと思う。私達が表で普通に乗船できる日が来たら。またこの船に乗ってみたい。まっ、それも私たちの頑張り次第ってとこだろうか。その時には彼にとっておきのディナーを用意させよう。


 

「・・・えっと」


 急になんだろう、私の頭をわしゃわしゃと撫でてきた。少しの間船員Aさんはそうしていたが。やがて満足し終えたのか。私を撫でる手を止めると。彼は踵を返して船の中へ戻っていく。彼は手のひらを軽くひらひらと揺らしながら。


「ー無事を祈ってるよ。お嬢ちゃん」


「はい。お世話になりました。船員Aさんも、どうかお元気で」


 

船の汽笛が鳴り響く。街が見えてきた。そろそろ到着するのだろう。急いで飛び降りる準備をしなければ。・・・て言うか、アルトさんは何処にいるんですか。まだ帰って来ていませんけど。船、降りられます、よね?あの、

不安になって来たんですけど。

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2025年1月10日 20:00
2025年1月13日 20:00
2025年1月16日 20:00

TS少女リゼットの異世界転生録 うめねり @umeneri

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