第9話 急募 乗船方法

 夜明けを迎え日が登り始めた早朝のこと。

人里離れた、街を出てだいたい10kmほど離れた草原地帯。影が動くたびに、原っぱがゆらゆらと揺れ動いている。人里離れたそんな場所で一体二人は何をしているのかというと。アジトでも度々行なわれていた。戦闘訓練を。

この広い草原の中で、朝から行っていた。


「甘ぇ・・・ッ!」

「・・・っ。」


 相手から全く隙が感じられない。無理やり攻めてはみたものの無造作に構えられた木刀から現れる剣筋、相手の構えは無に等しく、始めて相対したときはこちらの事を舐めているのかと思っていたが、そうではないと。

考えを改めさせられた。これは歴とした構えなのだ。何処からでも攻めて来ようと、その全てに対応できる。傲慢極まりない程、自身の剣技に対しての信頼、絶対の自信が感じられる。

大虎に立ち向かう野良猫。今のリゼットの心境を表すのであればそんな所だろうか。

 

「・・・・・。」


 怖気づけそうになる自身の心を必死に押さえ込む。荒れた呼吸を落ち着ける為一呼吸つける。この相手に対して小細工は通用しない。


それなら。


 息をゆっくりと吸い込み、ジリジリと剣を上段に構える。リゼットの出した答えは上段からの一撃。現状の力量差を考えると、これが一番可能性がある。全体重を乗せた一撃で、上から切り崩す。相手が受けに回ってくれるという前提条件があるからこそできる博打。

通常通りやってたら勝てる相手ではない。

ひと振り目で相手を崩し、相手の体制の崩れたタイミングで仕留める。


「好きなタイミングで撃ってこい」

「・・・はい」



 タイミングが重要だ、相手の綻びを見逃すな。じっと目を凝らしめる。全身に力を込め、息をグッと止める。地面を思い切り蹴り上げ、一直線に相手へ向かう。

肩から斜め下に向け袈裟切り一閃。リゼットの今できる渾身の一振り。

限界を超えたこれ以上ないほどの出来だ。

これなら倒せはしないが、流石に怯む程度は・・・。


 

「・・・っ」

 

 しかし。自信のあった一撃はアルトによって軽々と。しかも片手で受け切られていた、その上で彼は笑う余裕まで見せている。ほんとに同じ人間か疑う。だが。リゼットのそんな無駄な思考はすぐに消えることになる。

・・・しまった。体勢を崩された。

すぐに立て直さなければ。急いで構えを戻して——— 


「・・・筋は悪くなかったが、これで終わりだ」



 アルトが培ってきた、これまでの戦闘経験値が告げていた。これはリゼットには避ける事のできない、不可避の一撃だと。完全に視界から外れた。ここから避けれたやつは、俺が覚えている限りでは、


いない。


 アルトが首筋目掛けて剣を振り下ろしとどめを刺そうとした。


その時。



 『リゼットの首筋に“電流”のような物が走った』



「・・・お?」



 そこからは体が勝手に反応して動いていた。迫る刃に対処するため、無理やり体捻り回転させ。木刀を服に掠らせながらもギリギリの所で避けきる。そしてカウンターをアルトの顔面目掛けて全力で振りかぶって———

 

「・・・成程な」

 

 リゼットの記憶はここで途切れる。

朧げな意識の中でこちらを見つめながらそう語る。アルトの声が聞こえた。





 

 

「・・・痛っ」


 首筋が痛い。まだ頭が朦朧としている中、リゼットは痛みに目を覚ます。

長らくの間気絶していた。ジクジクした鈍い痛みが残っているがもう、普通に活動する分には支障ないだろう。とはいえ、まだ少し気持ち悪い。もう少し、もう少しだけ横になっていたい気持ちがある。ありがたいことに、涼しく休める場所に彼が運んでくれたみたいだ。彼なりの配慮なのだろう。両手を広げ大の字で後ろに倒れ、地面に身を預ける。草原に生えた原っぱが、自然のベットの役割をしてくれている。

草原の香りが何処か懐かしく感じた。涼しくて気持ちがいい。


「ダメだ、・・・うとうとしてきた」


 

 このまま眠りについてしまおう。諦めてもう一度眠ろうと瞼を閉じ掛けた時、遠くの方から近づいてくる足音に気がつく。

 

「おい、起きたか?」

「・・・。」


『これは・・・チャンスではないですか。・・・このまま寝たふりを決め込みます。人生で、一度でいいからやってみたかったんですよね、はいそうです。こんなことする相手がいなかっただけなんです。初めてなので、バレないか不安でドキドキしてきました。バレるに決まってるって?なに馬鹿なこと言ってるんですか。大丈夫です。私に任せてください。上手くやってみせますとも』



「・・・・・すぅすぅ」

「・・・。」

 

『おお・・・っ。アルトさんが近づいてくる気配を感じます。ですが。何処にいるかまでは、暗くてわかりませんね。

私に声をかけてこないということは。やりましたね、作戦成功です。ふへへ。騙された姿を拝むとしましょうか。


 閉じていた瞼を慎重に開いていく。だが、何故だろう。目の前にアルトさんの顔が見える。おかしい、不思議だ。そして、彼の腕が私の頭に向かって振り下ろされているが、よく分からな———』

 

「馬鹿やってんじゃねぇ」

「あだ・・・っ。なんで、分かったんですか」

 

「気絶してるやつが寝てる時に、そんな頻繁にまぶた動かすわけねぇだろ」


「・・・そうですよね、参りました。今回は潔く負けを認めましょう」


「って。んなことはどうでもいいんだよ」

「どうでも良くはないです。私のプライドがかかっています」


「くだらねぇ事にプライドかけてんだなお前・・・」


 今がチャンス。適当に話して油断しているところで逃げよう。だが、そんな浅はかなリゼットの考えは当然の如く読み切られており、アルトに襟首をぐいっと掴まれ、引っ張られた。


「逃がさねぇよ、今からさっきの戦闘の反省会な」






 対格上相手の戦闘において、その実力差は到底埋められるものじゃない。その差を埋めるにはどうすればいいか、相手に対しどういう対応をとるのか。その動きを俺はみたかった。

お前は確かに課題の本質をよく理解していたと思う。戦闘が長引けば長引くほど格上相手に勝ちの目は無くなっていく。その中で長期戦闘を避け、一撃で仕留めようとする戦闘構想自体は悪いものではなかった。

だがな。お前が何処狙っているのか、それが

視線でバレバレだったのは、


正直頂けない。


「視線をいろんな方向に散らせ。相手にまとを絞らせるな。こんなの、初歩も初歩だぞ」


「・・・うぐっ。・・・はい」

「っし。反省会終了な」


 反省点と言って厳しく色々言ってきたが、正直そこらへんのチンピラに囲まれた程度では相手にならないぐらいには、今の私は強いらしい。


あと。


『最後のあれは何だったんだよ?』


 と尋ねられた。死角からのカウンターに完璧に反応して反撃しようとしたらしい。普通の人間にあれは躱せるわけがねぇ。とも言われた。

普通は斬られた事を理解できずに、気絶してるって。まさか反応をされるとは思っても見なかったと。



正直。

 何が起きたのかも曖昧だった。一瞬すぎて分からないし記憶も無かった事から。感じたことをありのままにアルトに伝えた。

 


「あの時、首筋にピリッと電気が走りました。・・・それだけです」


「なるほどな、少し様子を見るか。今度から日常生活で変わったことがあれば、随時教えてくれ」


「・・・??はい、わかりました」


「ーーん、いい運動になったわ。どうする?戻るか?」


「・・・はい」




 

◇◆◇◆

 

 訓練を終え街へ戻ってきた二人。明日出発予定であるマルタ街へ行く為の船に乗る為の作戦会議を行なっていた。明日出発する便を逃すと、次いつ出航するのかわからない。

あまりこの町に長居している余裕は無い為、何としても船に乗船していきたいのだが未だに方法は見つかっておらず。その為かれこれずっと、はり込み活動を続けていたのである。


「・・・アルトさん」

「・・・。」


 話しかけるが全く返事が返ってこない。停泊中の船をじっと見つめ、観察と思考の海に沈んでいるようだ。停泊中の船は『貨客船』と呼ばれる、旅客運送と貨物輸送の両方を同時に行う船舶である。大量の物資を乗せているのだろう、かなり大きめの船だ。

甲板からデッキまで見渡してみるが、何処を見ても制服をきた乗組員がざっと数十人程度は見受けられる。手段の一つとして考えていた、船に乗り込む方法は。

無謀と言わざる終えないだろう。



「忍び込むのは無理だな。数が多すぎる」

「じゃあ、どうするんですか?」


「その為にお前がいるんじゃないのか。」

「・・・はい?」

「いいか。よく聞け」 


 ・・・どうしてだろう。嫌な予感がする。彼の言葉に耳を傾けてはいけないと、体が拒絶反応を起こしている。どうせアルトさんの事だから碌でもない案を思いついたに決まってる。適当に理由つけてここから逃げよう。ホテルに忘れ物してきたかもしれないし。いやぁ、私とした事がついうっかりしていた。一度宿に戻って取りに行かなくては。


 立ち上がって後退りしようとする私を、アルトさんは絶対に逃さない。二の腕をガシりと握りしめられた。

まさに。裁判所で判決を受ける直前。これから裁判官に告げられる言葉を顔を青くしながら待つという圧倒的、絶望的状況。

そう。この男が逃がしてくれる筈がないのだ。


「逃すと思うか」

「・・・ですよねー」


 そして今、リゼットの手には。何故か彼の手から『メイド服』が手渡されていた。これはなんだ。まさかコレに着替えろって言うのですか。作戦ってもしかして、コレのことですか。隠れて乗り込むのが難しいのであれば、船員の誰かをこっち側に取り込み、自分達を匿ってもらう。なるほど、悪くない案だと思う。だが問題はどうやってその人を取り込むか。この手段の方が問題だった。



「・・・ば、馬鹿なんですか」


 アルト曰く、船をくまなく観察していた所。気づいた事があったと言う。それは。2、3時間に一回。一人の船員が船から降りては煙草を吸うタイミングがあるのだとか。その人がタバコを吸いにさぼりに行く時を見計らって。リゼットにはメイド服を着てもらい。色仕掛けをするというのが、彼が考えついた作戦だった。



 いや、冷静に考えてみよう。流石に通用しないと思う。怪しすぎるにも程があるのではないだろうか。ていうかこんな話があってたまるか。それに、何処からこんな服持って来たんだ。本当いい加減にしてほしい。


「あの。ほ、本当にこれ着るんですか・・・?」 


「あぁ。当然だろ」


 リゼットはメイド服を両手で持って、鏡の前でバッと広げてみる。緊張でバクバクと心臓の音が高鳴っているのを感じる。黒と白を基調とした可愛い系統の。正統派メイド服とはちょっと違う。露出が抑えられた、おとなしくも高級感溢れる雰囲気に。袖部分やフリルの部分は、メイド服本来の持ち味を遺憾なく発揮し。クールさにプラスして隠し味的な可愛らしさが掛け合わされ、全体のバランスとして素晴らしい味わいとなっている。


 それを無表情の少し困ったような表情で、メイド服を持ち上げる自身の姿。目の前の女の子に着せてみたいと漏れ出る欲望・好奇心を抑えきれない。着てみたらどうなるんだろう。リゼットの背筋がゾクッとした。


「・・・っ。」



『す、少し着てみるだけ・・・。着たらすぐ脱いで、やっぱり無理でしたって言いに行こう。そうしよう』








 

「・・・。結局着てしまった」


 

 メイド服を着たダウナー美少女が、困り顔でこちらを上目遣いで覗き込んでいる。我ながらとても似合っている。ふわふわな白発の髪色。クールな黒の入った服装のコントラストがとても魅力的に見える。調子に乗って鏡の前で舌ペロなんてしてみたり。


「・・・わぁ・・・っ」


 

 ・・・はっ!危ない危ない。あまりにも似合いすぎて、我を忘れついつい舞い上がってしまった。目的を見失ってしまってはならない、アルトさんに見せに行こう。




「・・・どうもです」


「おぉ、似合ってんじゃん」


「やっぱり可愛いですよね。ふへへへ・・・、って違う、違いますっ!」

 

 切り替え切り替え。そろそろ現れるであろう乗船員を篭絡?するべく気持ちを落ち着け準備を整える。もしも、アルトさんが居る事がバレると色々都合が悪い。それと、流石にこれは言っておかなければいけない。

あらかじめ、失敗する程で動いて欲しい。と

こっちとしては、本当にぶっつけ本番なのだ。


「失敗した時のカバーは、頼みましたよ」

 

「あぁ」




 

◇◆◇◆◇



これは、仕事をサボっていた一人の船員Aの話である。



「俺の人生って、何なんだろうな・・・」



 


 年柄年中、仕事で働き詰めで家族のもとに帰られるのも1年のうちのたった数回だけ。集団行動から孤立している俺を、気にするものなど誰もいない。だからこうしてサボっていても誰にも何も言われないのだ。俺はずっとこんな生活してくんだろうか。老後の年になって定年するまで一生同じ生活をずっとこのまま。


いや、流石にその前にクビか。


 改めて振り返ると、10代の頃の俺は輝いていたと思う。夢に向かって一直線。前だけ見続けてがむしゃらに突き進んでいた。なのに。悲しいことだ、此処での生活は俺にとってあまりにも退屈すぎる。はぁ、感傷に浸ってても仕方がない。さっさと船に戻ろう。

 俺にはこの仕事は合わなかったのかもしれない。タバコについた火を消し、その場から立ち去ろうとした。その瞬間。

遠くの方から近づいてくる一人の影が映る。


不審者か?

とにかく、今すぐ此処から立ち退くよう声をかけねば。


「こら君っ!ここは一般人の立ち入り禁止区域だ!今すぐ立ち去り、な・・・さ!???」


「・・・も、申し訳ありません」


 突然目の前に現れた女性の姿を見て、船員Aの頭が真っ白になる。脳の処理が追いついていない。どうしてこんな場所に、メイド服姿の女性がいるんだ!?意味が分からん。疲れからくる目の錯覚か、と目の前で見える現象を何度も目をこすって確認する。あまりに現実感のない出来事すぎて、この名も無き乗船員の思考にはバグが発生していた。


「・・・すぐに立ち去ってくれ」


 と。テンプレートの対応ができた自分を誇りにさえ思う。しかし。目の前の女性は気にも止めず、困ったような表情を浮かべながらゆっくりと近づいてきたのだ。

 

「・・・っ、あの。話を聞いてください」

 


 何故だろう、この子の声。ふわふわと聞き心地がいい。秋の空に聞くスズムシの鳴き声が、人間の心に癒しを与える効果があるように。スッと耳から声が入り込み、頭の中を繰り返し繰り返し。反響して脳を占領していく。聞こえてくる声に魅了されていく。


 

「———実は、お願い事がありまして」


 

 

 少しづつ着実にメイド姿の女性が自分に向け歩みを進めていく。これはやばい。脳みそから危険信号の警鐘が鳴り響く。船員がここから逃げ出そうと足を動かそうとする。だが、後ろに下がりたいのに、体がちっともいう事を聞いてくれない。脳がこの声をもっともっと聴きたいと、欲っして。


ー動けない。


 

「な、何かな」

 

 精一杯の力を振り絞って、声を発する。

ダメだ、今にも意識が落ちそうだ。バレないように手を後ろに回し、甲を爪でぎゅっとつねる。その痛みで何とか意識を保ちつつ。目を瞑りできるだけの抵抗をしようと努力した。

しかし。そんな俺の必死の努力など気にする様子もなく、ゆっくりと足音が近づいて来る。すぐそこ。手の届く距離にまで近づいて来ている。否が応にも体温が近くに感じられてしまう。ダメだ。



『馬鹿。何やってんだ俺。しっかりしろ。何をされても耐えろッ!ちゃんと追い返すんだろッ!』


 男性の肩にリゼットの髪の毛がふわりとかかる。目と鼻の先の距離。耳元に息がかかってくすぐったい。や、辞めてくれ。。。

その距離で声を掛けられたら、、、俺は・・・。





「私たちの事、かくまってくれませんか?」



 ぽしょぽしょ、と耳元で囁かれる、つうっと耳に甘い吐息がかかる。

男は膝から力が抜ける。柔軟剤の香りが鼻腔をくすぐって花の香りに包まれる。自分の意思と体が分離されたような感覚。そうか。俺はこの時の為に生きて来たんだ。この子が・・・、この子こそが、俺の生きる希望であり、女神様だったんだ。人生の真理に辿り着く。そうと決まれば俺の取るべき行動は決まっていた。

 


「分かった、明日の早朝。またここに来てくれ・・・」







 


「———えへ、やりましたよ。アルトさん」

「・・・いや、えぐいなお前 」



 そうなのでしょうか・・・?自分なりに可愛らしい女の子を想像して見たのですが。上手く気持ちが表現できていたと思います。とにかくです。これで一安心です。マルタ街までのルートが確保されました。これからはまったり2泊3日の船旅と行きましょう。

そうと決まれば。明日の朝までまだ時間があります。湯船に浸かって旅の疲れを抜き、ぐっすりと眠ることにしましょう。


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