第8話 作業開始


 精霊軽油と精霊ガソリンと精霊混合油(命名:田島アトム)は問題なく使用できた。

 刈払機を一台、犠牲にするつもりで実験をおこなったのである。

 そしたら、普通の油を使ったときより調子が良いくらいだった。


「ま、いずれっていうか、すぐにエンジンオイルとか消耗品の問題も出てくるだろうね」

「それは先のこととしておくしかないでしょうな。アトムのアニキ」


 田島の不安に関して、佐伯が控えめに思考停止を申し出る。

 現状でなにもかも充足させることは難しい。

 足りなくなる都度に、マーリカに相談するしかないのではないか、と。


 そのためにも、あしょろ組土木が役に立つ人間だと認識させなくてはならない。

 多少の無理をしてでも支援すべきだ、と、思える程度に。


「みんな。正式に依頼がきたよ。サリーズからモタルの街道整備、ってかほとんど新設だね」


 契約書を頭上にかざす茜に、社員たちが見つめる。

 測量に従事したスタッフ以外は、ずっと無為の時を過ごしてきたのだ。

 しかし、雌伏は終わり。


「初仕事だ。この世界の連中に、あしょろ組土木は役に立つって見せつけてやろうじゃないか!」

『おおおっ!!』


 一斉に、社員たちが声を上げた。

 まあ、ぶっちゃけみんな退屈していたのである。

 テレビもラジオもインターネットもない世界だもの。





 最短距離を直線で進んでもほとんど問題ない。

 極端に起伏があるわけでもないし、渓谷も存在していない。ただただ原野が続いているだけ。


「森でもあったら避けないといけなかったけど、ついてたね。じょーむ」

「当初のプラン通りでよさそうですね」


 茜の言葉に田島が頷く。

 造る道の幅は今の街道の三倍の六メートル。馬車が余裕ですれ違える道幅だ。


 刈払機で草を刈った後にロードローラーで転圧して固める。

 本当は、せめてブルドーザーで整地してから転圧したいところなのだが、ない袖は振れない。


「それじゃあみんな、作業開始!」


 茜の号令で、二台の刈払機が爆音を轟かせる。

 気持ちいいくらいの勢いで切り取られていく雑草、作業半径がかぶらないように並んだ社員が二人、同じペースで進む。


 その後ろに竹ぼうき隊が続く。


 刈った草を道の両端にどけるためだ。

 日本だったらちゃんとゴミ袋に入れて回収しないといけないが、ここでは左右に放置でかまわない。


 なにしろ周りも原野なので。

 道にするのは六メートルだが、刈り込む幅は八メートルだ。両側一メートルは路肩のつもりである。


「あんまり下草の背が高くなくて良かったね。じょーむ」

「それでも三、四十セン(センチメートルのこと)はありますからな。それなりに苦労はしそうです」


 作業を見守りつつ、茜と田島が言葉を交わす。

 このふたりは作業に参加することはない。現場での指示出しも佐伯の仕事だ。


 そもそも、管理職が前線に出ても現場が混乱するだけ。

 作業員たちが社長に気を遣わずに仕事を続ける、なんてことがあるわけがないし。


 茜や田島の仕事は資金の調達や、社員たちの生活の保障、それに対外交渉である。


 とくに三つめが重要だ。

 これが上手くいかないと社員の給料どころか、全員の命が危うくなってくる。

 なにしろ騎士とか魔法使いがいて、腰に剣を差してる人だって珍しくもない。たぶん日本なんかに比較したら、かなり野蛮な世界なのだ。


 そしてこちらは、けっこう血の気の多い元ヤクザの社員たちだもの。

 ちょっとしたケンカがすぐに刃傷沙汰に発展するだろう。


「そうなったら地獄ですからね。社長にはマーリカさんとの良好な関係を維持していただかないと」


 ふふ、と田島は笑うが衷心からの思いだ。

 たった十五人しかいないあしょろ組土木がこの世界の人々と対立して孤立しちゃったら、ふつうに全滅コースである。

 多くの映画や小説で語られてきた通りだ。


「私らの有用性を証明し続ければ良いってことでしょ?」

「匙加減が大事です。便利すぎる札は、相手に取られるよりは破り捨てた方がマシと思われるもんですから」


 囲い込む価値もないと侮られるのは困る。しかし、警戒されすぎるのもまずい。


「さすがじょーむ。そのあたりのコントロールは任せるわ」

「俺がいるうちは良いですけどね。引退したら社長がやるんですよ」


 簡単に丸投げしようとする茜に田島が苦笑を浮かべた。

 四十二の厄年に茜と出会ってから六年、いまは彼女の片腕のようなことをやっているが、いつまでも現役というわけにもいかない。

 あと十年ちょっとで世間一般でいう定年に達するのだ。


「大丈夫大丈夫。我が社に定年はないから」

「……いつまで働かせる気ですか……」


「死ぬまで?」

「鬼だ。鬼がいる」


 笑いあう。

 と、そのとき、にわかに前戦が騒がしくなった。

 鬼が出たとか、これはゴブリンだってとか、若い社員たちが喚いている。


「よかった。私が鬼ってわけじゃないよね」

「社長はなにを心配してるんですか」


 茜のタワゴトにツッコミを入れてから田島は振り返り、待機していたマーリカ麾下の兵士たちに頭を下げた。


 こういう原野はモンスターどもの住居であり、生活の場であり、職場なのだ。

 そこに異物が入り込んできたのだから、当たり前のように戦闘になる。

 これあるを見越して、マーリカが兵を貸してくれた。


 

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進め! 異世界土木隊! 南野 雪花 @yukika_minamino

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