第7話 「地球の知識便利だなー」vs「魔法便利だなー」
結論からいうなら、測量には七日かかった。
茜たちが想像していたより街道がうねっていたのが原因である。
地図に起こした結果、サリーズとモタルは直線距離で約三十一キロ。対して街道の実延長は、なんと五十二キロ強であった。
その差はじつに二十一キロ。
測量作業に付き合っていたマーリカも、完成した路線図を見たモタルの代官である騎士ザンドルも、絶望の表情で頭を抱えたものである。
「ほぼ倍ではないか。なんでこんなに大きく曲がってるんだよ」
「アカネがいうには、緩やかに傾斜しているから自然に低い方へと流れたんじゃないかとのことだった」
「そんなことまで想像できてしまうんだな」
はぁぁぁ、と、でっかいため息を吐く赤毛の美丈夫である。
マーリカと歳も近く、騎士叙勲された時期も近いという、日本風に表現するなら同期生といったところだろうか。
「それにしても、直線ならこんなに近いとはな。これ、早馬なら一刻(約2時間)くらいでつくんじゃないか?」
「半刻(約1時間)だそうだ。人間が普通に歩いた場合は半刻で五キロ、早馬なら半刻で三十キロと仮定すると目安になると言っていた」
「メートル法、便利だなー」
「だろう? あいつら普通に使っていて、とくに便利だとは思ってないみたいだけどな」
マーリカが苦笑し、ザンドルは大げさに両手を広げた。
異世界人あしょろ組土木。その知識も技倆も、他国に渡してはいけない。
絶対に囲い込むべきだ。
マーリカとザンドルの共通認識である。
「ぶっちゃけ、国王陛下にもあげたくない」
「わかる。モタルとサリーズの街道整備、俺も金を出すからな」
「そういうと思った」
「とかいって、最初から噛ませるつもりだったんだろ?」
ばれたか、と、マーリカが舌を出した。
彼女の地位というのはけっして高いものではない。
もちろん庶民から見たら雲の上の存在だが、宮廷序列という話になったら全然下っ端だ。
まず彼女が仕えるリリス子爵が、爵位でいえば下から二番目なのである。
王宮での発言力などゼロに等しい。
つまり、マーリカの客人というだけでは、簡単に子爵に召し上げられてしまうし、子爵家のお抱えというだけでも、簡単に王家に取り上げられてしまうということだ。
「で、政治の道具として使われ、都合が悪くなったら消される、と」
「それを避けるためには、アカネたち自身が力をつけるしかない。有用性を証明し、民からの人気を得れば、王家といえども簡単に手は出せないからな」
「えらく肩入れするじゃないか」
「気に入ってしまったからな。仕方がない」
に、と笑う。
本人は邪悪と信じ切っている笑い方だが、じつは愛らしいだけだということを、ザンドル以下幾人かの友人が知っている。
知っていて黙っているわけだ。
可愛いからね。
「俺も会ってみたくなったな」
「だめだ。アカネはザンドルには渡さない」
「オマエはなにをいってるんだ」
こうして、騎士ザンドルもあしょろ組土木に出資することになった。
もちろん茜たちは、二人の密談のことなんかまったく知らない。
酒の肴にされていたと知ったら、きっとむっきーって怒ったことだろう。
「大地の精霊力が宿った水だな。しかもたいした力じゃない」
騎士二人がヨコシマな話し合いをしているころ、茜と田島は紹介された魔術師のもとを訪ねていた。
複製魔術を得意しているという話だったため、トラックやワゴン車の燃料である軽油を作れないかと相談するためである。
そして携行缶に入れて持参した軽油とガソリンを見せた途端、かえってきた答えがそれだった。
「大地の精霊力、ですか?」
えらくファンタジーな物言いに田島が首をかしげる。
ガソリンや軽油に精霊が宿っているなど、初めてきいた。
「こっちの水はそのままでも燃えるが、こちらは圧縮してやらないと燃えなそうだな。つまり宿っている力もその程度だということだ」
「そうなのですか……」
「もっと強ければ大爆発を起こせたりするだろうが、この程度の力じゃ役に立たないだろう」
「いやいや、爆発させたらダメですって」
ばたばたと手を振る。
なんだろう。
この世界の魔法って不穏当すぎないだろうか。
「どうでしょう。複製できますかね?」
茜が本題に入る。
軽油が手に入らないと、いずれ車両たちは止まってしまう。
ガソリンがなくては刈払機が動かせないし、発動機もダメということになってしまう。
そうなったら電子機器の充電もできない。
ほぼ詰みだ。
「複製というか、こんなもん普通に作れるだろ」
そういって、瓶から汲んだ水にとんと杖で触れる。
するとそれは、ガソリンそっくりの臭いになった。
色は透明なままだったが。
「ほら、これでやや弱めの精霊力が宿った」
「こんな簡単に……」
びっくりである。
もしこの魔法使いが地球に行ったら、あっという間に石油王だ。
むしろ命を狙われちゃうかもしれない。
石油の価格を下げたくない人たちの手によって。
「君たちの世界は、ずいぶんと精霊力が弱いようだね。魔法を使う者も少なかったんじゃないかな?」
「魔法使いなんて、フィクションの中にしかいませんよ」
信じられないという表情のまま首を振る茜。
最大の懸案事項が、秒で解決してしまった。
狐につままれたとは、こういう気分のことをいうのだろう、と、どうでも良いことが頭に浮かぶ。
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