第6話 まずは測量
まずは測量をすることとなった。
というより、これをやらないとなんにも始まらないのだ。
ただ、ぞろぞろ大人数でいっても仕方ないので、測量士の資格を持っているアキラと、あとは手伝いのスタッフが四人だけ。
つまり五人チームなのだが、その中にマーリカが入っているのは、本人のたっての希望である。
残ったメンバーは、館の使用人たちを手伝う。
暇を持て余しているだけというのも不健康だと、茜の鶴の一声で決定した。
ちなみにもっとも重宝されたのは刈払機による草刈りである。
どこの世界でも雑草刈りは大変で、誰もやりたがらない作業らしい。
「ゆーてGPSが使えないんで、こいつの出番っすね」
ワゴン車の後部ハッチを開けてアキラが取り出したのは、なにやらゴツくて黄色い器械だ。
三脚にセットできるようになっている。
「これはなんだ? アキラ」
興味で瞳を輝かせたマーリカが訊ねた。
本当に、あしょろ組土木の連中は面白そうなモノを持っている。
「トータルステーションっていう測量機器なんすけど、うちではあんまり使ってないんすよ」
普段使っているのは最新型のGNSS測量機で、人工衛星からの支援を受けられるスグレモノだ。
「これだってすごく高かったんだけどね。あと二十年は使えるだろうに、アキラちゃんがどーしても新調したいってごねたんだよね」
「測量は土建屋の命っすよ。姐さん」
ちっちっちっと顔の前で人差し指を振るアキラだった。
「はいはい」
「そんなに重要なものなのか」
流す茜と食いつくマーリカ。
対照的である。
「距離とか高さとか角度が、こいつで判るんすよ」
試しにといって三脚にセッティングする。紅白のポールもって茜が距離を取った。
「倍率は三十倍で固定す。つまり三十メートル先の景色が目の前に見えてるってことっすね」
そういってマーリカを差し招く。
望遠鏡部分には茜が地面に刺したポールが映っている。
「この数字は?」
「垂直角と水平角っすね。で、こっちが距離っす」
「ふむ。メートルというのは便利だな。全員がきっちり同じ長さを想定できる」
「そこからっすか!」
紆余曲折はあったが、アキラがなんとか測量の仕組みを説明する。
「なるほどな。屋敷の庭は真っ平らだと思っていたが、茜が立っているところが少し高くなっているのだな」
「そういうことっすね。こんな感じで、まずは街道がどういう風に走っているのかを調べるっす」
そして地図に起こす。
現状ある地図は覚え書きというていどのもので、アキラにいわせると子供のラクガキレベルなのだ。
サリーズからモタルへは「西の方」に「一日くらい」とか書いてるのである。そして図は、一日とされる場所と四日とされる場所が同じくらいの距離感で配置されていたりする。
縮尺なんて概念すらない。
これを頼りに町を出た人間は、どうやって目的地に辿り着いているのだろうと深刻に考えたくらいである。
「いやあ、道沿いに行けば着くって」
「その道がちゃんと引かれてないって話なんすけどね……」
気楽なマーリカに頭を抱えるアキラだった。
そもそも、一日の距離ってのが曖昧すぎる。
人間の歩行速度が時速四から五キロくらいと想定して、さらに八時間から九時間歩くと考えたら、最短三十二キロから最長四十五キロの幅があるのだ。
真ん中くらいの数字をとって三十六キロくらいだろうか。
「四十キロちかくも彼方に、地図もアテにならない状態で、しかも徒歩で出かけようなんて、ちょっとした冒険だよね」
「いやあ、普通に冒険だぞ。だから行商人連中なんかは
運転席の茜の言葉にマーリカが笑った。
町の外なんていったら、
だから普通の人は、自分の住んでいる町からそんなに離れない。
せいぜい往復一時間の範囲くらいまで。
つまり走って町の中に逃げ込める距離ということだ。
街壁というのは、人々にとってそのくらい心のよりどころなのである。
そこを出て何日も旅をするなど、並の勇気でできることではない。
「隊商ならまだしも、個人で旅をするなど蛮勇といっても良いくらいだ。もっとも、それだけに旨味もあるんだけどな」
「そうなの?」
「モタルで揃う品物がサリーズに売っているとは限らない。つまりそういうことだ」
そこにないものを持ってきて売れば、それは高値になるに決まっている。
生活必需品であればなおさらだ。
冒険商人にとって、命を賭けるに値する行為なのだろう。
「こういう話を聞くと、やっぱりここは地球じゃないって実感するっすね。姐さん」
後部座席から身を乗り出してアキラが言う。
「そうね。けど地球にも水を汲むために何十キロも歩かないといけない場所があるっていうし」
ハンドルを握ったまま、茜が軽く肩をすくめた。
日本という国が、群を抜いて便利だというだけである。
蛇口をひねれば清潔な水が出てくる国ばかりではない。
「けど、モンスターはいないじゃないっすか」
「魔法もないしね」
くすくすと笑いあう。
いまさらながら、すごいところにきてしまったなと。
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