第5話 異世界に道路を!


 マーリカの館で歓待を受け、ぐっすり眠って翌日である。


 館の外の広大な敷地を使って、「石をまっすぐに置けるかな実験」が執り行われていた。

 もちろん昨夜、線をまっすぐに引くのは存外に難しいよという茜の言葉に、マーリカが納得しなかったからである。


 茜がマーリカに渡したのは小さな赤いカラーコーンが十個。

 これを、だいたい百メートルくらい先のゴール地点まで、まっすぐに並べられるかという、単純なゲームだ。

 ゴール地点には同じ大きさの黄色いコーンが置いてある。


「ぐぬぬぬ……」


 答え合わせとばかりに昇った館の屋根から、並んだコーンを眺めたマーリカが唸った。


「ね? けっこう難しいっしょ」


 屋根にかけた伸縮式のロング梯子を昇ってきた茜が笑う。


「目の良さには自信があったんだけどな」

「人間って、自分はまっすぐ歩いているように思えても、右か左のどっちかに曲がっていってるんだって。利き手とか利き足とかの方に」


 屋根に腰かけているマーリカの横に茜も座った。


「得心したよ。そしてこれは面白いから、屋敷のものや町の衆にもやらせてみよう」


 実験から大会に移行するらしい。

 しかも賞金までだすとか言い出してるし。


「どんだけ娯楽に飢えてるのよ。マーリカは」


 茜は苦笑いである。

 好奇心旺盛なのか、昨夜も彼女は社員たちに質問攻めだった。むしろ彼女だけでなく、館の使用人たちも似たような状態だった。

 異世界からの迷い人が珍しくて仕方がないのだろう。


 余所者を見たら泥棒と思え、という気質ではなかったことを田島あたりはかなり喜んでいた。

 道路工事の仕事でも、周辺住民に挨拶にいくのは彼の仕事だったから。


「娯楽というか、アカネたちの有用性を皆に見せてやりたくてな」

「有用性て。あ、でも、それはあるかも」


 ぽんと手を拍つ。

 いつまでもマーリカの世話になるというのも心苦しい。

 自活する手段はあった方が良いのだ。


「手始めに、サリーズとモタルの街道整備の依頼をしたいと思っているんだ」

「はっや! もうそんなところまで考えてるの!?」


 サリーズというのはマーリカが治める町で、二千人くらいの人が暮らしているという。

 モタルというのは、きっと隣町なのだろうと茜は推測した。


「ううーん。けどなぁ」


 腕を組む。

 街道整備は町の発展に繋がるし、マーリカが厚意で仕事を振ってくれるのは理解できる。

 しかし簡単には頷けない事情があるのだ。


「引き受けてくれないのか?」

「引き受けたいのはやまやまなんだけどさ」


 燃料に限りがあるのだ。


 八人乗りワゴン車も、ユニック付き八トントラックも、タイヤ式ロードローラーも、すべて動かすには軽油が必要だ。

 現場に入る前には燃料を満タンに、という茜の方針のため、どの車も充分に燃料は残っているし、多少は予備もある。


 しかし、いずれ枯渇するのは間違いない。

 この世界には、たぶんガソリンスタンドも燃料販売店も存在しないだろうから。


 そして、重機が使えないとなれば整地も満足にできない。


「現状でもブルとかユンボとかないし」


 そりゃあ剣先やツルハシ、刈払機くらいはワゴン車に積んであるけれど、手掘りで、しかも茜を入れてたった十五人では、やれることなんてたかが知れている。


「ディーゼルエンジンは最悪灯油でも動くけど、ほんとにそれは最終手段だし、この世界じゃ灯油も手に入らないだろうし」

「ふむ。そのジューキとやらが動けば問題ないのか?」

「最低限ね。他にも問題はたくさんあるけど」


 ロードローラーさえ使えれば転圧はできる。草を刈って道幅を広げ、邪魔な岩などはワイヤーをかけてユニックでどかせば、なんとか道らしくはできるだろう。

 車が走るわけではないからアスコン舗装は必要ない。


「魔法で動かせないかな?」

「魔法て」

「アカネの国にはなかったか? こういうやつだ」


 むにゃむにゃとなにやらマーリカが口を動かすと、手のひらの上に火の玉が現れた。

 人間の頭くらいの大きさの。


「うわぁ!」


 びっくりしてのけぞった茜が、そのままひっくり返ってしまう。

 傾斜のきつい屋根の上で。


「うわわわわわわっ!?」

「なにをやっているのだ」


 火球を上空に放ったマーリカが、すいと腕を伸ばして茜の手を掴んだ。

 どーんと花火のような炸裂音が響き渡る。


「し、死ぬかと思った」

「魔法にそこまで驚くやつがいるということに、私は驚いたよ」


 よいしょと引っ張り上げられた。

 なかなかの剛力である。


「ファンタジーだなぁ」

「私に言わせれば、アカネたちの知識やアイテムの方が幻想的で不条理だけどな」


 お互い様というやつだ。


「ともあれ、私の知人に複製魔法の使い手がいる。そのケーユとやらを複製できるかもしれないし、あるいは魔法で動くジューキを作ることもできるかもしれない」

「そんな上手くいくじゃろうか?」


 首を捻る茜だが、思考時間はごく短かった。

 悩んでいて状況が良くなるわけではない。


「……やってみるかぁ!」


 ぐっと拳を握る。

 どの道、この世界で食い扶持を得る方法は探さなくてはならないのだ。

 それならば慣れ親しんだ土木の仕事が良い。


 モンスターを狩れ、とかいわれるよりずっと。


「アカネならそう言ってくれると思っていたよ」


 笑いながら、マーリカが下を指さす。

 先ほどの爆音に驚いたのか、わらわらと人が集まってきていた。


「このまま石並べ大会としゃれ込もうではないか」


 

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