第4話 女社長と女騎士


 あしょろ組土木の安全に関しては、マーリカが責任を持ってくれることになった。

 茜と同年配だが、騎士というのはかなりの権力を持っているらしい。


「爵位をもってる貴族が大名で、その大名がもってるたくさんの町を治めてるのが騎士ってニュアンスだね」

「なるほど。お代官様ってやつですかい」


 トラックの荷台、田島の説明に佐伯が頷く。

 マーリカの城館へと向かう道すがら、田島から社員への状況説明だ。


 トラックの荷台に人を乗せたまま走るのは思いっきり道路交通法違反だが、そんな法律のない世界へきてしまったのである。

 社員たちの動揺は大きかったが、そこまで深刻なものではなかった。


 一つには、すでに佐伯が落ち着かせてくれている、というのもある。

 彼の人格的な求心力カリスマは、下手をしたら社長の茜以上なのだ。佐伯のアニキがカタギになるなら俺たちも、といってあしょろ組土木に残った組員もいるほどに。


 そしてもう一つは、皆がまだ若くて柔軟だというのもあるだろう。

 タイムスリップや異世界転移は、映画やマンガ、小説などで何度も何度も扱われてきた題材である。

 我が身に起こったとおもえば納得はできないが、それでも受け入れるだけの下地はあるのかもしれない。


 とは、田島の勝手な解釈である。


 むしろこの中年男が最も柔軟に受け入れており、若い連中は、田島のオヤッサンがなんとかしてくれるだろ、などと考えているのだが、本人はまったく判っていない。


 ともあれ、茜、田島、佐伯というあしょろ組土木のトップスリーは、社員たちから全幅の信頼を寄せられている。

 イマドキの会社とは思えないくらい結束が強いのだ。




 その信頼される社長は、助手席にマーリカをのせてワゴン車で先導中だ。

 元々は騎乗したマーリカが先導してくれるという話だったのだが、八トントラックとワゴン車のエンジン音にすっかり怯えてしまったため、予定変更となったのである。


 馬は従者に委ね、マーリカは怯えもせずワゴン車に乗り込み、茜は単身で迎え入れた。


 怯えては茜に失礼だろうというマーリカの配慮であり、狭い車内に他に人が乗っていたらマーリカが不安だろうという茜の配慮である。

 どちらも自分の身の安全のことなど、一グラムも考慮に入れていない。


 大度なのか、向こう見ずなのか。


 これあるかなお嬢、と、あしょろ組土木の連中は思ったものだし、これあるかな我が主人と、従者は考えたものだ。


「中にいると、それほど苦になるものではないな。エンジン音というのは」

「この車は今年新調したばっかりだからね。昔はそれなりにうるさかったらしいよ」


 笑いなから茜はカーラジオを操作する。

 残念ながら、どのバンドも雑音しか流さない。

 ナビゲーションに表示されているのも、NODATEという素っ気ない文字だけだ。


「味気なさすぎるね。音楽でもかけようか」


 ホルダーに自分のスマートフォンをセットして、入れてある音楽を再生させる。会話を邪魔しない程度の音量で。


「アカネの国の音楽か? 面白い」

「そのうち、マーリカたちの音楽も聴かせてよ」


 そんな枕詞を入れてから会話が始まる。

 もちろん互いの情報を交換するためのものだ。

 城館までは、ゆっくり歩いて一時間程度(時間感覚のすりあわせも大変だった)だということらしいから、車ならあっという間、というわけにはいかない。


 まず外灯がないから暗いし、舗装されているわけでもないし、まっすぐじゃないし、なにより道幅が狭すぎる!

 八トントラックやワゴン車は完全にはみ出しちゃってるし、車幅が二メートルしかないロードローラーがかろうじてはまっている程度なのだ。


 こんな状態でスピードなんか出せるわけがない。

 ゆっくりのんびり進むしかないのである。


「つまり、アカネたちは道を造る仕事をしているのか」


 ふーむとマーリカが腕を組む。

 いまひとつ理解できない、という顔だ。


 これは仕方がない。この国……ルマイト王国には、まだ測量という概念すらないのである。

 日本に測量という概念が伝わったのは七世紀ごろで、検地などがおこなわれるようになったのが戦国時代。

 つまり、それより前の考え方が標準だということだ。


 道なんてわざわざ造るものではなく、人々の往来で勝手にできていくものという発想である。

 それもまた、仕方のないことだったりする。


 じっさい、茜だってちゃんと勉強するまでは、道を造るということがどれほど難しいのかまったく知らなかった。

 ぶっちゃけ、道路工事のおっちゃんができるような仕事だもん、と、舐めきっていた。


「たとえばさ、マーリカ。ある町から隣の町まで、道はまっすく伸びていると思う?」

「そりゃあ伸びているだろう。ぐにゃぐにゃ曲げる理由がない」

「と、思うじゃん?」


 くすくすと茜が笑う。

 まったくマーリカの言う通りなのだ。

 しかし、実際にはぐにゃぐにゃなのである。


 というより、きちんと機械を使って計測しながらやらなかったら、何キロも先までまっすぐの線なんて引けない。


「目視できる範囲ですら、けっこう難しいんだよ」

「そういうものなのか」


 やっぱり、いまひとつ納得できないマーリカだった。

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