第3話 未知との遭遇、かも
馬に乗った騎士っぽい人と、灯りを持って先導する人。
軍隊ではなく、ふたりだけである。
「攻撃してくるつもりではない、ということかなぁ」
「なんともいえませんな。灯りをつけてるんだから奇襲する気はないだろうと思いますが」
肩をすくめる田島。
じっさい、確証にはほど遠いのだ。
ここが日本どころか、地球かどうかすら判らない。
向こうの行動がどういう意図によるモノか、推測のしようすらない。
「とりあえず、こっちに戦う意思はないってことを伝えよう」
いうが早いか、茜はライトをつけたスマートフォンで空中に大きく円を描く。
田島が止める暇もなかった。
「社長……もっと慎重に……」
「なんにもアクションしないで待ってるってのも芸がないし」
笑っている。
やれやれと中年男が肩をすくめた。
積極攻撃型というかなんというか。初めて会ったときから茜のタフネスとバイタリティには驚かされてばかりだ。
なんとこの娘は、給料なんかいらないから働かせてくれ、と、アルバイトの面接で宣言したのである。
そして、誰よりも早く出社して、誰よりも熱心に仕事を憶え、誰よりも積極的に資格の勉強もした。
そんな茜が、じっと状況が動くのを見極める、なんてするわけがない。
どう動くか判らないなら、自分から動かしにいくに決まっている。
視界の彼方、騎士と従者が顔を見合わせたように見えた。
それから、向こうも灯りを大きく丸く動かした。
「よーし。ファーストコンタクトは成功だね」
にやりと茜が笑う。
相手も同じ行動を取ったのだから敵意はないと。
まったく根拠なんかなにもないのに、彼女が言うとなんとなくそんな気がしてくるから不思議た。
「卿らは何者か。先刻の時空震となにか関係があるのか」
やがて、十メートルほどの距離まで接近した騎士が訊ねる。
「私たちはあしょろ組土木といいます。時空震、というものが何なのか、私たちには理解不能です」
面食らいながら田島が応えた。
驚きは二つだ。
まずは言葉が通じるということ。そして、騎士が女性だったということ。
「こちらは社長の足寄茜、私は田島アトムと申します」
田島が紹介し、茜とともに頭を下げる。
「小生はマーリカ。リリス子爵家の騎士である」
騎士は本当に堂々たる名乗りだ。
だが、灯りを持っている従卒っぽい人物の紹介はない。
これは、「名を告げる必要もない程度の小者」という意味だろうと田島は推測した。
現代の日本とは違い、かなり厳格な身分制度があるのだろうと。
「シシャクってことはお貴族様。貴族がいる世界ってことかぁ」
茜がひゅーっと下手な口笛を吹く。
下品ですよ社長とたしなめつつも、その態度に田島は安堵をおぼえた。ああ、いつも通りだ、と。
ただ、茜の態度は八割方が演技である。
じっさい心臓は早鐘を打っているし、脇や背中に冷や汗も感じているのだ。
びびったり、動揺したりしていると悟られたら不利になると判っているから、おくびにも出さないだけ。
「つまり卿らは貴族がいない世界からきたということか」
「世界全体のことは判りませんが、私の国にはもういませんね」
「ほう! 貴族とは消滅するものなのか!」
マーリカの青い目が興味に爛々と輝く。
まあ、日本だって七十年くらいまでは貴族(華族)がいたわけで、憲法によってすべての国民が平等だと謳われたから、制度上は消滅したというだけにすぎない。
代々政治家や高級官僚は輩出している家はあるし、上級国民なんて揶揄されるような人々が存在するのも事実だ。
法の下の平等なんて、まだまだ絵に描いた餅なのである。
「いや。それでも、そういうことが可能だということなのだよな」
肩をすくめながらの茜の解説に、マーリカが大きく頷いた。
卿らは進んだ時代からきたのだな、と。
「矛盾も問題も、一山いくらで売れるほどありましたけどね」
景気はいっこうに良くならないし、テレビから流れてくるニュースは胸が痛くなるようなものばかりだった。
なんだか少しずつ世の中は悪くなっているんじゃないかと、漠然とした不安を感じるほどに。
「それは仕方ないだろう。この世は天国でも楽園でもないからな。アカネ」
ぱちんとウインクしてマーリカが馬から飛び降りた。
それから右手を差し出す。
「卿らのことは、このマーリカが引き受けよう」
「ありがとうございます。マーリカさん」
握り返す茜。
「敬語は不要。呼び捨てにしてくれ」
マーリカがぐくっと手に力を込める。
「わかったよ。マーリカ」
にやりと笑った茜も、負けじと力を入れた。
めっぽう気が強くて好奇心旺盛、相手の懐にもぐいぐい踏み込んでいく。
まったく似たもの同士である。
ほっと胸を撫で下ろす田島。
ふと視線を動かすと、マーリカの従者と目が合った。
なんだか彼もほっとした顔をしている。
やばい、なんだか俺この人とうまい酒を飲めそうな気がする、などと、どうでも良いことを考える田島だった。
どうやら、一次接触は友好的におこなわれたようである。
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