またもあなたは置いていくのか?パートタイマー・霜下

釣ール

切り取られた空

 離婚してから一人暮らしをはじめ、四十代も終わりにさしかかる日々を痛む手のあかぎれで実感する。


 思えば一人暮らしになって働くまで大事にされていたなあ。

 学歴もなくて旦那の実家に帰ればいつものように誰かが何かをしたとかそんな話。


 子どももいなかったから旦那だんなや私の兄弟や姉妹と比較ひかくされて。


 日本は令和。

 世界は2020年代。


 そして2020年代も2025年。

もう半分。


 離婚したきっかけはあまり誰にも話したくない。


 副業をいくつかいれてパートタイマーとして私は働いている。


 四十代終わりにさしかかる女に世間はいまだ厳しい。

 でも誰かとの関係なんてせきを入れても長続きしない。


 離れるか亡くなるか。


 最初は労働のストレスで離婚した旦那だんなを憎んでいたけど一人は一人で誰かと必要のない比較ひかくさえしなければむしろ自由になれた気さえする。


 初めての物件選びもたった一人でできた。

 経験がなかった仕事探しもハローワークにたよらなくてすんだ。


 こんな誰にも再現性さいげんせいのない暮らしも長続きしないと覚悟もできたし、かといってやりたいことも誰かのために何かしたいと考える特技もないから独立している女性を見るとうらやましかった。


『また置いていくの?』


 離婚する前に何度か旦那だんなに言っていた。

 一人で生きる覚悟がなかったから。


 でも覚悟なんてすぐに消えていく。

 なぜなら人間はエゴと感情の動物だから。


 パートを通して仲良くなった二十代や三十代の主婦たちは子育てやパートナーとの関係に悩みつつ情報交換している。


霜下しもしたさんは子育て経験ないんでしたっけ? 私たちもう少し気を使った方がいいですか?』


 よくそう言われるので誤解ごかいがないように返事をしている。


 その時に使う話は『友人からある程度聞いていたけど今は時代がちがうかもしれないし、私の意見は絶対じゃないから聞くだけでよければ大丈夫』と伝えてなるべくかどがたたないようにしている。




 仕事が終わったあとは老後について考えてしまう。


 そして都合の悪い時だけ旦那に『また置いていくの?』と責任転嫁せきにんてんかしてしまう。


 近い場所に友人が飲み屋をやっていてコロナ禍で経営に忙しくしていたから連絡をとらないようしていたらむこうから連絡があって


『離婚してひとりで抱えるならいい物件紹介してあげる』


 そんな彼女の気づかいでこの街へやってきた。

 上京ってやつだ。


「あきのやっときてくれた」


「離婚する前は飲み屋もよく言ってたけど三十代から健康について考えてひかえていて。全部今さらなんだけど」


「酒だけじゃ解決できないから飲み屋は楽しい。おたがい五十代をむかえるわけだしパート掛け持ちしながら生きるあきのを私は祝うよ」


 久しぶりに目が熱くなる。

 結婚した時の記憶や旦那だんなとの生活もそれほど覚えていない。


 流されるまま、誰にも馬鹿にされたくなくて一人が嫌で恋愛をがんばって結婚した。


 仮に続いてもおたがい話し合って熟年離婚じゅくねんりこんをしていた。


 円満に解決していたら旦那だんなのつてで職も場所ももらっていたらさぞ楽だったと呪ったこともあったけど何事も経験。


 一人でできることは自分でやろうと彼女からの手伝いは最小限でこの街を自分で選んでやってきた。


「社会経験で学んだことってあった?」


「若くないからそれほど。ただ先がない世界で空に手をのばすと切り取られた空が見えて安心した……ぐらいかな」


「あきのの話って飲み屋の常連客じょうれんきゃくでもなかなか聞かないむじゃきな表現で私は好き」


「少しだけ二十代の気持ちを忘れたくないだけかも。でもちゃんと今のニュースやお笑いは観てる。やっぱり先入観せんにゅうかん固定概念こていがいねんを切りひらいてこその人生だから」


 彼女はグラスをふいたあと、何かドリンクを私にわたす。


「高校時代からほんと変わったね。とくにやりたいこともないから生きるために恋愛と勉強をがんばっていた女の子が五十代まぢかで社会と戦おうとする。あきの。私でよければ力になるから」


 離婚した時もまっさきに連絡をくれた友人も彼女だけだった。


 もともと人生になんの意味も感じなくて最低限さいていげんは努力していただけだったのに。


 自立しようと彼女があがいていた姿についていけなかった私を忖度そんたくなく大切に思ってくれてぶつかってくれた彼女はたのもしい。


「また。社会へ戻ると疲れしかないかもしれない。必要のない優劣ゆうれつとかつけたり。だから色紙に二人で目標を書こう」


「なんだか若返ったみたい。たしか老夫婦が若返るアニメがあって少しだけ観たことあるけど。いい。その案に私はのる」


 そして二人で用意した色紙しきしに丁寧な字で書いた。



〝まだまだ老いぼれないぞ 変な社会〟


 私たちはまだまだ生きている。

 飲んだことのないドリンクを片手に私たちはストレスをあたえくる社会と残りの人生を使って戦って生きることを決めたのだった。



【了】

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