解説
大学時代の恩師(専門:大衆文芸、時代小説、戦後文学など)に「放っておいてもきみはいつか世に出るから」と預言された僕が、山内マリコ「昔の話を聴かせてよ」にインスパイアされて書いた時代劇。かつて苦楽を共にしたデザイナーさんが、20世紀・日本の少女物語をテーマに合同誌をつくろうと誘ってくれて、僕が「明治→大正」担当として書いた短編でもある。
古本屋でたまたま見つけた『郵便創業120年の歴史』(1991)を下敷きに、「少女」概念が郵便ネットワークを通じて日本全国に普及する「前」の物語をつくって、字が読めるだけでうれしかった頃のことを忘れないようにしようと決めた。もちろん、当事者の気持ちは代弁できないし、報われなかった人びとの声を盗んだ負い目もあって、クライマックスにはやしゃご世代なりの「落とし前」をつけた。この態度もまた、後世に批判されるべきだろう。
ぎこちない会話文は、嵯峨の屋おむろ「くされたまご」(1889)のパスティーシュ(文体模写)。丸ごと借用したくだりもある。言文一致運動の最中に「西欧式の自由恋愛にかぶれた女教師の不倫」を描き、当時のソーシャルメディア(新聞・雑誌)で大論争を巻き起こした作品だ。紳士諸君はこぞって「女徳の退廃」を嘆き、「女学校の腐敗」は「汚職議員」と並ぶ「濁世」のシンボルだと騒いだんだって(参考:屋木瑞穂、1997)。笑っちゃうよね。皮肉のひとつも言いたくなる。「いいご身分ですこと」なんて。(2013.07.13)
出所:笠井康平『さみしがりな恋人たちの履歴と送信』(いぬのせなか座)
https://inunosenakaza.com/lonelyloverslongletters
※2025年3月1日より順次全国書店にて発売予定。公式ECサイトで予約受付中です。
参考文献:
山内マリコ『さみしくなったら名前を呼んで』(幻冬舎)
郵政省郵務局郵便事業史編纂室『郵便創業120年の歴史』(ぎょうせい)
紅野敏郎・他(編)『日本近代短篇小説選 明治篇1』(岩波書店)
屋木瑞穂「『女学雑誌』を視座とした明治二二年の文学論争 : 女子教育界のモラル腐敗をめぐる同時代言説との交錯」(広島大学近代文学研究会、近代文学試論 35 号)
漢字が苦手なその子の宿泊と郵便 笠井康平 @kasaikouhei
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