第9話 分断
慎は冷静だった。続いて襲い掛かってきたマネキンの腰車を斬って落とし、返す刀でもう一体のマネキンを袈裟斬りにする。更に襲い掛かってきたマネキンの胸をハライの切っ先で突き刺し、そのまま後ろの二体もまとめて串刺しにした。
刀を引き抜き、黒い血を掃う。ひと呼吸だけ息を整える。
それからすぐに、飛び掛かってきたマネキンを頭から尻まで縦に両断し、その間に目の前まで迫ってきていたマネキンの首根っこを掴んで地面に引き倒す。倒したマネキンの頭を、ミソギで強化された肉体をフルに活かしたストンピングで踏み砕き、背後に控えていたマネキンの頭をハライで刺し貫く。
この間、僅か十秒足らず。
フッ、と息をつく慎の背後で残る一体のマネキンが腕を振り上げた。慎が咄嗟に振り向くのと同時に、そのラルヴァの頭がパラベラムの弾丸を受けて弾け飛んだ。
慎が弾丸の飛んできた方に目をやると、銃口から煙を立ち昇らせるパラベラムを構えた春が、ホッとしたようにこちらへ笑いかけてきていた。
「やった! これであたしも減刑一日、かな?」
美織と坂東が追いついた頃にはもう、立っているマネキンは一体もいなかった。
「さっすがねー。わかった! あんた、元殺し屋か何かでしょ」
美織の問いに、慎は息を整えながら首を横に振った。
*
慎の戦いを後ろで見ていた石田たちは、彼の新人離れした動きを見て唖然としていた。
「あれが、バランサー……」
凪紗が慎の背中を見て、そっと呟いた。一方で春は、ラルヴァの返り血に塗れた慎を眉を寄せながら見つめている。先ほどは慎に笑いかけたが、その実彼女の胸中は複雑だった。
「加賀君……」
恐れも躊躇もなく、ただ眼前の敵を処理するだけの、まるで戦闘機械。誰の命にも興味がない人間だからこそできる動きだった。とても心強いのに、どこか哀しいその背中を見て、春はぐっと拳を握った。
今回は、少しだけだけど助けになれた。だけどこんなものじゃ、まだまだ二人で解放されるには程遠いだろう。あの屋上で交わした約束を、春の独りよがりにしないように。
「あたしも、頑張んなきゃ……!」
そう呟き、春はまず慎をねぎらうべく駆けだした。
*
「やるやん、加賀! お前、うちの組に来んか? ええ仕事できると思うで!」
「遠慮しとく」
肩を組んでくる坂東をすげなくあしらいつつ、慎はやってきた石田たちを出迎えた。
だが、石田から飛んできたのは労いの言葉ではなく、胸倉を掴むための腕だった。
「なんで命令を無視した。うまくいったから良かったようなものの、お前が敵の強さを見誤っていたら瀬戸たちも危なかったかもしれねえんだぞ!」
石田の糾弾に慎は無表情を崩さなかった。
「うまくいったんだからいいだろ。あのまま人が死ぬのを黙って見てた方が良かった?」
慎の返事を聞いた石田は、ぐっと何かをこらえるように奥歯を噛みしめた。それから慎の胸倉を突き飛ばすように離すと、背を向けつつ言った。
「次から勝手な動きはすんな。ラルヴァには特殊な力を持ってるような奴もいる。その種が割れてねえうちに仕掛けるのは死にに行くようなもんなんだよ。減刑を受けてえのはわかるが、仲間を危険にさらすことは許さねえ」
別に減刑を受けたいわけじゃない、と慎は思ったが、それを口に出すことはなかった。
流石に疲れた。運動神経は悪くない方だが、刀を振るのにはまだ慣れない。
「…………」
凪紗が何か言いたげに慎の方を見ていた。だが、眉根を寄せて唇を引き結んだまま実際に言葉を紡ぎ出すことはない。その眼に宿っているのは、先ほどヤシロで坂東に向けられていたものと同じ、怯えの感情で。
向こうに何か言いたいことがあるのならこちらから声をかけに行くべきか、慎は迷う。
「はい、デレデレしない」
と思ったら横から春に耳を引っ張られた。
「デレデレなんてしてない」
「嘘つき。鼻の下伸びてたよ」
「伸びてない」
戦いの後とは思えない気の抜けたやり取りを見て、美織が呆れたように笑った。
「仲いいねー、あんたら」
「別に仲良くはない」
「え? あたしらはもう仲良しでしょ? 腹割って話した仲じゃん!」
「割ってない」
「じゃあ割らせたる!」
そんなことをわちゃわちゃやっているうち、慎は妙なことに気づいた。
地面に転がった十数体のマネキンの頭が、一斉にちかちかと点滅を始めていたのだ。
「……なんだ?」
石田も異変に気付く。慎は辺りを見回しながら、何故だか猛烈に嫌な予感を覚えていた。
「なんにせよ嫌な予感がする。まるで、警告みたいな……」
そうこうしているうちに点滅の速度は上がり、やがてマネキンたちの頭がマグマのような紅い光を帯び始めた。これは。
「……ッ、石田さん、皆を連れて離れろ!」
慎の怜悧な頭脳は、すぐに結論を導き出す。
突然の慎の叫びにも石田は即座に反応した。近くにいた美織と新人の佐紀の手を引き、踵を返して走り出す。慎も自分の傍の凪紗と春を咄嗟に突き飛ばし、マネキンたちから無理やり引き離した。美織は流石の判断の速さで、自分から飛び退いていた。
微妙に距離の空いていた坂東を引き離すのは間に合わない。慎は「なんなんや?」と首をひねっている坂東に向かって叫んだ。
「坂東さん、逃げろ! これは多分――」
しかし、間に合わなかった。次の瞬間、点滅していたマネキンの頭が、一斉に眩い光を放ちながら爆発し――慎の身体は凄まじい爆風により宙空へ投げ出された。
*
マネキンラルヴァ十数体の自爆は、慎たちを吹き飛ばすのみならず、脇のビルの支柱を破壊して倒壊させるには十分な威力があった。
歌舞伎町にある大きな映画館の屋上に腰かけ、地響きを上げて倒れるビルを眺めながら、銀髪の女――エリーザはにこやかに笑う。
「あはははっ! うまくいった、うまくいったわぁ! んっふふふ、慎君、どうする? どうする? どうするのォイ!」
「やかましいですねぇ」
テンション高く拳を突き上げるエリーザの隣で、黒いパーカーを着た青年が苛立たし気に吐き捨てた。エリーザはムッとした顔で青年の方に向き直る。
「何よぉ。新入りの癖に生意気なのね」
「ワタシは慎君とやらには興味ないんで。ワタシの目的は、ただ一つ……」
「あの新人の女の子、でしょ? まったく、重い男って嫌よねぇ」
「アナタにだけは言われたくないですよ」
「わたしは恋する乙女だもの。そそられた相手には猛アタック。なりふりなんて構わない」
熱に浮かされたような様子のエリーザの相手をするのは疲れたのか、新入りと呼ばれた青年はため息をついて粉塵に包まれていく大通りを見下ろした。
「ふふ、待っててくださいね、凪紗ちゃん……。今度こそ、身も心も魂も全部吞み込んで一緒になりましょう。ワタシの、この力で――」
次の更新予定
2025年1月10日 18:00
贖罪デスゲーム -生への執着を捨てたはずの青年が、亡霊狩りとして戦う理由を見つけるまで- 色空上野介 @Irosora
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。贖罪デスゲーム -生への執着を捨てたはずの青年が、亡霊狩りとして戦う理由を見つけるまで-の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます