コトダマ


 そう聞くと、葵は圭の方に走ってきて、圭を強く抱きしめた。


 「圭、圭っ!」


 葵は完全に泣いているようだった。

 葵の体温が圭に伝わる。

 状況が把握できず、頭が回らないが、心地よいことは確かだった。


 張り詰めた緊張と、蝕む絶望から、解放された気分だった。

 ひとしきり抱き合って、お互いに泣いたあと、葵は圭をゆっくりと離し、二人は向き合った。

 周りは、静寂に包まれており、空を見ると、あと少しで夜が明けそうだった。

 夜が碧かった。


 「圭、全部私のせいなの」


 葵は下を向きながら、ポツリと言った。


 「圭をいじめてたヤツは、私に二ヶ月前、告白してきて、それで私は振ったの。私が圭と一緒にいたから、圭のことを恨んでたみたいなの。私のせい」


 実は、圭はわかっていた。

 今日、鬼沢が葵の名前を出した時、それを悟った。


 「ア、アオイは何にも悪くないよ」


 圭が葵の方を見ながら、かぶりを振る。

 「それだけじゃない、なんで私がコトダマの力を使えるのか」


 葵はコトダマの力を使った。

 あれは紛れもなく、コトダマの力だった。


 「よく聞いて、圭。もともとコトダマの力は私の力だった」


 「ア、アオイの力?」


 「小学生の頃、私の友達が急に亡くなったことがあったでしょう。あれは私がコトダマの力を使って、殺したの」


 小学六年生の時、葵の友達は確かに三人事故死している。

 葵はその後、元気がしばらくなかった。


 「ア、アオイ?な、何言ってるんだよ」


 葵は相変わらず下を向いたままだ。

 言葉に覇気がなかった。

 「本当にちょっとしたことで、喧嘩してしまって、私は大激怒した。

 そして、言ったの。


 『君たち全員死ぬ!死んじゃえばいいんだ!』


 って。それが私の初めてのコトダマの力の発動だったんだ。

 それまではその力に気づいていなかったか、もしくはそもそも持っていなかったか。

 どちらにせよ、私はこの力で友達を殺した」


 「も、もしその話が本当だとしても、な、なんで僕が力を使えるの?」


 「私は、その後色々試して、この力が絶対であることを知った。

 そして、この力を恐れた。

 もう言葉に言い表せないほどに怖かった。

 自分とこの力が怖かった。


 本当に私が友達を殺したんだ、って。


 私はすぐに、この力を消そうとした。でもだめだった。

 コトダマの力を使って、コトダマの力を消すことはできなかったの。


 そんな時、圭に言っちゃったの、


 『この力は圭に移る』って」


 「で、でも僕はそんなの覚えてないよ」


 圭は葵が再び喋りだすのが怖かった。

 葵の言葉には真実を感じさせる重さがあった。

 「そう、圭は覚えてない。かくいう私も覚えていなかった。

 力が移るとは思っていなくて、私が力を使えないことを知ったときは、驚いた。

 また、自分が悪いことをしたんだって。


 でも、私は圭に全部を話すことはできなかった。

 圭に押し付けた自分がほんとに嫌いだった。


 もう、ほんとに嫌いだった」


 圭は静かに、葵の言葉一つ一つを聞き漏らさないように耳を傾けた。


 「そこで、悪い私はさらに一つ悪いことを思いついた。

 圭に、何も話さず、ただ『この力は葵に戻る』って、言わせた。


 圭は戸惑っていたけれど、私がふざけていると思ったみたいで、言葉を発してくれた。


 私に力が戻ると、私は力を圭に使い始めた。



 『『この力のこと全てと、これから言うことを圭と私は忘れる。この力は圭に戻る』』



 コトダマが細かい条件指定ができることは知っていたから、これで二人とも力のことや、この会話を忘れたの。


 それで、昨日、圭がコトダマを初めて私に使ったじゃん?


 それから長い夢のようなものを見て、私は記憶を取り戻した。

 なんで、私にコトダマの力は適応されず、私も力を取り戻したのかはわからない。


 でも、そのおかげで圭を助けることができた」

 圭の頭はぐるぐると回っていた。

 理解するにはあまりに唐突で、残酷だった。


 「私は、本当に生きる価値なんてないよ。

 圭に全部全部押し付けて、自分は責任から逃れるために記憶を消した。こんなに最低なことある?」

 葵はようやく、顔を上げた。


 葵の目は死んでいた。

 涙はもう流れていなかった。

 これまでの葵で一番可愛くない顔をしていた。

 圭は葵と目を合わせるが、吸い込まれていってしまいそうで、思わず目をそらした。


 「私はもう、死のうと思う。コトダマの力で、簡単に死ねる。」


 「そんなの嫌だよ!葵がいない世界なんて、嫌だよ!」


 「「圭はコトダマの力を失う」」


 葵はそう呟いた。

 圭は力で、葵を止めることができなくなった。

 「葵、やめてよ!嫌だよ!葵はいつも、僕を助けてくれた。

 葵がいたから、葵のお陰で、毎日生きれた!勝手に死ぬなんてさせない」


 「圭、愛してるよ」


 葵が圭に笑いかける。

 葵の後ろに朝日が登っていた。

 光が圭たちを照らす。


 「葵、まって、まって!」

 「「私は、今、ここで、、、」」

 葵は息を吸う。

 圭はどうすることもできなかった。



 「「「死ぬ」」」



 圭はおもむろに目を閉じた。

 最後に見た葵の顔はいつも通りきれいだった。

 葵は本当に太陽が似合う子だったと、目を閉じながらそんなことを思っていた。


 「え」


 前から、声が聞こえる。

 目を開けると、葵が先ほどと同じ様子で、暗い顔をしていた。


 「な、なんで、私は死ぬ!今ここで死ぬ!」


 そう言っても、葵が倒れる様子はなかった。 完全に太陽が顔を出した。


 圭はあることを思い出した。

 そして、笑い出した。

 葵がこちらを見ている。

 圭は思わず、葵を抱きしめた。

 葵はちゃんと温かかった。

 そのことは圭を安堵させた。


 「葵、覚えてる?君が、約束してくれたこと」


 圭は葵に語りかける。

 葵は思い出した様子だった。


 小さいときの葵の一言。



 『圭と私はずっとずっと一緒に生きるっ!』



 葵は吹き出して、笑い出した。


 「そうだったね、私と圭はずっと一緒だよね」


 「うんっ!」


 山の上の頂上で、朝日が圭たちを照らす。

 今までで一番気持ちがいい朝だった。


 「葵、僕も愛してる」


 「圭、ありがとっ!」


 葵はいつもの笑顔を輝かせる。



 ーああ、ほんとにかわいいな。



 下に広がる町を見下ろしながら、二人で喉が枯れるまで笑いあった。



 圭と葵だけのかけがえのない時間だった。







 「圭、おはよー!」


 後ろから、葵が突っ込んでくる。

 新しい葵の制服はいつも通り華やかだった。


 「葵、おはよ」


 葵が二カッと笑う。

 満天の青空の下、葵は特別だった。


 「葵」

 

 圭が呼びかける。

 なに?と葵が返事する。


 「ずっとずっと一緒だからね」


 二人は今日も、言霊に愛を込める。

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コトダマに愛を込める。 深瀬マコト @shoki-books

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