ヤスリのような声が、圭の心を心を削り取る。


 圭は咄嗟に走り出そうとしたが、鬼沢にパーカーの部分を引っ張られて、首が締まる。


 「どこに行くのかな?」


 圭は引っ張られ、がんじがらめにされた。鬼沢は右腕で、圭を抑えながら、左手で電話を使って仲間を呼んでいるようだ。


 「歩き出せ。声出したり、逃げようとしたら、コイツで刺すからな」


 鬼沢の右手にはナイフが光っていた。

 ただ、圭には逃げる気力などなかった。


 しばらく歩き、山の麓まで来ると、鬼沢の仲間というより、下僕に近い存在たちが合流し、圭を引っ張って歩いた。


 暑苦しい山の中を登って、山の頂上に着いた。

 ここは広場のようで、整備がされている場所だった。

 町の風景が一望できるほど、高い山の頂上だった。


 「ねぇー、圭くん。また昨日、村瀬と話してたよねー?」


 「ア、アオイ?」


 ぼそっと、驚いて返答をした瞬間、頬を思いっきり殴られた。

 鬼沢の息は荒かった。


 「お前ごときが、村瀬を下の名前で呼んでんじゃねーよ。なに、お前、殺されたいの?」


 次は足で顔を蹴られ、圭は倒れた。

 感じたことのない痛みだった。

 身も心もボロボロだった。

 鬼沢が、下僕に圭を蹴り続けるように指示をした。

 下僕らは躊躇なく、圭を蹴る。


 鬼沢は、その様子を写真で取り続けているようだ。

 シャッター音が鳴り響き、フラッシュが光る。


 何分たっただろうか。


 丸まっている圭は蹴られ続け、感覚が麻痺していた。

 それでも、コトダマの力は使わなかった。

 葵にコトダマの力を使い、この力が非常に脅威であることを再認識した。

 たとえ、死ぬほど憎んでいるヤツらでさえも、使う勇気はなかった。


 使って、自己嫌悪になるくらいだったら、今この痛みに耐えていたほうがマシだと思った。



 蹴られ続け、下僕も疲れてきたところで、鬼沢が圭を再び蹴り始めた。

 とうとう、意識がなくなってくるのを感じた、その瞬間だった。



 「圭っっ!」



 高い声とともに、鬼沢の蹴りが止まった。誰かが、助けに来てくれたのだと悟った。


 なんとかして顔を上げると、そこにいたのは葵だった。


 「圭、しっかりして!あんたたち、いい加減にしなさいよ!」


 圭は声を絞り出して言った。


 「な、なんで僕に話しかけられるの」


 葵が振り向いて、顔に雫を垂らしながら、言う。



 「だって、圭だもん!」



 「何言ってんのか、わかんねぇけどよぉー」

 鬼沢のヤスリの声が再び、闇を創り出す。

 鬼沢は葵の蹴りを食らったようだったが、ほとんど無傷だった。


 「やっと、来たか、村瀬」

 「やっぱり、あんただったのね、あのメッセージを送ってきたのは」

 「コイツの姿があまりに滑稽だったもんで、仲良しさんに見せてあげようかと思って」


 圭を指さしながら、鬼沢が言う。

 鬼沢の口角が気持ち悪い角度で上がっていた。

 葵はもう一度、蹴りこんだが、簡単に止められた。

 そして、投げられる。

 葵の体が宙を舞い、地面に叩きつけられる。 ドスッと鈍い音がした。

 日常が壊れてしまう予感がした。


 「アオイッ!」


 鬼沢が葵の上にまたがり、顔を殴り始めた。

 助けに行こうとするが、体全体が軋むように痛む。

 這いずりまわることもできない。

 動こうとする圭の気配を感じたのだろう、下僕が振り返り、再び一発圭を蹴り上げる。


 「ほんとに、てめぇーはいい女だなぁ」


 鬼沢が葵にまたがりながら、顔を撫でる。葵は必死に嫌がるが、鬼沢はその反応でさえも、楽しんでいる様子だった。

 見ていられなかった。


 「まぁ、もう夜が明けそうだし、お遊びは終えようか」

 鬼沢は空の様子を眺めながらそう言うと、後ろから、先程のナイフを取り出した。


 圭の体に戦慄が走る。


 今から起こることを止めるには、もう選択肢は一つしかなかった。

 自己嫌悪なんて言っている暇はなかった。


 ー殺す。


 殺意に体が乗っ取られる。


 なんで、葵が、なんで自分が。

 コイツらさえいなければ。


 葵のそんな顔は見たくなかった。


 葵が圭の殺気を感じ取ったのだろう、圭に向かって叫ぶ。


 「圭、それだけは、それだけはだめだよっ!」

 「葵、ごめんね」

 圭は思いっきり息を吸った。

 下僕も、鬼沢も圭を見ていた。

 鬼沢はこの状況を面白がっていた。



 「葵以外、お前ら全員、今、ここで、、!」



 あと一息のところ、高い声が圭を止めた。


 「「圭は、人を傷つけないっっ!!」」


 葵が涙を流しながら、こちらを見ている。そして、葵の顔が引き締まる。


 「傷つけるのは、私一人で十分だから」


 「ア、アオイ?」


 圭は唖然として呟く。


 「「圭以外、お前ら全員、気絶する」」


 葵が低い声でそういった瞬間、鬼沢と下僕が倒れた。

 バタバタっと、一瞬にして。


 ー何が起きてる。


 「「お前らは、気絶したまま、山を下る」」


 葵が立ち上がり、もう一度同じ声で、そう発すると、鬼沢らが目をつぶったまま、立ち上がり歩き出した。 


 「ア、アオイ?そ、その力は?コトダマの力?」


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