猫おばちゃんの家

灯村秋夜(とうむら・しゅうや)

 

 俺、昔闇バイトやってまして。いや、アウトロー気取るつもりないっス。マジでクソヤバいことあったんで、もう足洗ったっつーか、お勤めも済ませてきたんで。警察に駆け込んでよかったって思ってまス。執行猶予で三年、そのあと保護観察で済んでマジで……ほんともう、真っ当な道に戻れてよかったっスね。

 それまでは、世の中でいちばんヤバいのって半グレだと思ってたんスよ。ルール無用でなんにも考えずに暴力沙汰起こす、いちおう取り決めとか拮抗する関係あるやくざとも違うって聞いて、やべーわあいつらって思ってたんスけど。でも、本質っつーか、なんで怖いのかの根っこっつーか。あいつらが怖いのって、ヤバいことするときに躊躇しないからだと思うんスよ。

 それでなんスけど、おんなじようなやつがいまして。いや、違うと思う……たぶん俺の妄想なんスけど、そうとしか思えないことが起きて。タイトルは考えてきました、ズバリ「猫おばちゃんの家」っス。いちおう実話のつもりなんスけど、半分くらい俺の妄想入ってるんで、そこんとこよろな感じで。


 あのころマジでお金なくて、仕事の探し方とかわかんなくて。ハローワーク行ってちゃんと仕事見つけられんの、ふつうのやつだと思いますよ。俺はその、平均以下ってのかな、頭悪いなりに、頭悪くても行ける高校で手に職付けりゃよかったのに、ふつうの高校行って底辺やってたんで、クソアホっスよね。

 まあでも金ねーわーって思ってたら、動画のCMとかでバイトアプリの広告流れてきて。これやれるかなって思って入れてみたら、けっこうやれそうなの見つかったんスよね。お、やっぱ大学行ける人って頭いいんスね、それが闇バイトの募集だったんスよ。二十歳なったとこのフリーターっつーと聞こえいいかもしれないっスけど、空き巣と強盗と、そこそこエグいことしてましたね。

 ケガってめっちゃ痛いんスよね。一回だけ、一緒にやってたやつが、押し入ったとこにいた爺さんザックリやったことあったんで……そんときは血ィやっば、とか言って笑ってたんスけど、棚から箱落ちてきて、こめかみから顔の皮ベリッて逝ったことあって、ガチで死ぬと思いました。これ。工場勤めってね、こういうのも聞かれないからラクなんスよね。因果応報だと思ってます。やっぱね、人さま傷つけるなんてマトモじゃねぇんスよ。

 雇い主の方で、盗みに入る家はピックアップしてあったんで、家が近いやつから何人かで行こうぜって話になってました。全体の規模がどうだったかとかは分かんないっスね。マジでただの末端で、車ン中で話すことも珍しいくらいだったんで。ただその、……「お前ここに近かったよな」って連絡が来た家、そこがちょっと問題あったっつーか。

 中学ンときつるんでた霊感ある女子がね、「気持ち悪い、なんかおかしい」って言ってる家。そんなに変なとこもない洋館って感じなんスけど、そういや家の人が何やってんのかぜんぜん知らないなってところがあって。あんまり見かけないんスけど、庭でネコにエサやってることが多くて、夜はすぐ寝るみたいで灯り点いてなくて。飼い猫なのか野良猫なのかは分かんないんスけど、近所の子が行ったらいっしょに撫でさせてくれるとかで、「猫おばちゃん」って呼ばれてます。

「働いてなさそうなのに家はデカくて余裕がある」ってことで、遺産かなんか隠し持ってるだろうってことになって、次はその家だってことになったんスよ。宝石とかあるんじゃないかってことで、雇い主からも二人、そっち専門の人が来ることになったらしくて、過去最大ってくらいチャットで志願者が揃いまくってて。

 俺は「風邪引いたんで薬飲んで寝ます」とか言ってバックレました。なんかこう……あの家にって思った瞬間に、なんかゾワッと来て。直感的に、絶対ダメだって思ったんスよ。顔の皮逝ったときの「やべぇ痛い死ぬ」って感じより、ぜんぜん上でしたね。もっと、もっと怖い何か。分かんないけどそういう何かがあるって、直感して。そのわりには普通に寝られたし、すっきり起きた朝にもチャットが動いてなかったんスよね……。


 思えば、あのとき全部終わってたんじゃねぇかなって。


 朝になってから、なんか通報とかされるだろうし、そうじゃなくてもなんかあるだろって思って、チャットに「終わりました?」って送ってみたんスけど、返事ありませんでした。けっこう人数いるはずだし、夜の間に強盗入ってんのに、朝に終わってなかったら引き上げらんないじゃないっスか? 雇い主だったら「今回けっこう入ったのにな、お前来なかったからな」くらい煽ってくっかなって思ったんスけど……マジでなんも来なくて。

 わりと近場なんで、歩いて行きました。歩いてるときからもう、なんか雰囲気がおかしいっつーか、やたらとカラスとか犬猫の鳴き声とかがうるさくて。野良猫はまあ、猫おばちゃんのせいでそこそこ多いだろうけど、野犬とか見たことなかったんで、リードついてない犬見て通報した方がいいかなって思いましたね。カラスもいつもの倍近いくらい見たかな。

 あの洋館が見えてきたとき、もう臭いがしてました。獣臭いにおいがツンと来て、きついなぁと思ってたら、猫の大合唱ですよ。なんだろうと思って早歩きで近付いてみたら、玄関のすぐ近くのところで、猫おばちゃんがエサやりしてまして。ほんとびっくりしたんスけど、あの人、デカいカエルぶん投げて猫に食わせてたんスよ。よくやるなぁと思ってたら、猫おばちゃんが手招きしてて。

 玄関から入って、昔にやってたみたいに、猫をかわいがってました。……いや、全然。そういうのじゃなかったっスね。ふつうのエサの皿用意したり、猫じゃらしで遊んでやったりして、そんなに時間経ってなかったくらいのときに――「はい、これ」って。鳥の羽をくるっと丸めたみたいな、ぶっといルビーの指輪。


 雇い主が、右手の中指にしてたやつでした。


 総毛だつって言うんでしたっけ、ひゃああとかぎゃああみたいな声出したのにニコニコ笑顔のままで、駅前の交番まで本気でダッシュして駆け込んで、洗いざらい全部言って、チャットグループも見せて、……まあ、逮捕されまして。さっきも言った通り、執行猶予で三年食らって、保護観察もしてもらって、今は工場勤めっスね。

 猫おばちゃん、たぶん全部知ってたんだと思います。俺があのグループの仲間だったことも、たまたま来なかったんじゃないってことも。それに、あの指輪……あれを渡すってことは、そういうことっスから。ただのおばちゃんが、二十人以上もいる強盗全員返り討ちにして、身につけてる品物奪い取るなんて、ぜったい無理っしょ。


 キルケー? ……


 すんません、ちょっとタバコ吸ってきます。

 いや、別にいいんで。

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猫おばちゃんの家 灯村秋夜(とうむら・しゅうや) @Nou8-Cal7a

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