幼馴染寝取られASMRを作ろうと親友に持ち掛けられてブチギレたはいいものの、初詣の誘いにきた幼馴染にその台本が見つかりキレられて家族会議になってしまい、正月早々地獄です
くろねこどらごん
第1話
『あんっ♡ あんっ♡ 気持ちいいよぉ♡』
なんなんだ、これは。
とある土曜日。画面の向こうで行われてる行為に目を奪われながら、俺こと
「これ、路夏だよな……間違いなく……」
俺宛てに届けられた一本のUSBメモリ。
なんだろうと思いつつパソコンに差して再生してみると、そこには俺の幼馴染にして彼女である、
『へへっ、どうだ路夏? 俺のほうが、実のやつよりずっと気持ちいいだろ?』
いや、それだけじゃない。路夏を抱きながら熱烈な口付けを交わす男にも見覚えがある。
『うん♡ 津太郎くんのほうが、実よりずっとすごいよ♡ ねぇ、だからもっとぉ♡』
本来なら拒絶しなければいけないはずなのに、路夏の瞳にはハートマークが浮かんでおり、そこには俺など映っていない。
俺の恋人はもはや、親友だと思っていた男に陥落しきっている。
それが分かってしまった。同時に理解する。
俺は恋人を寝取られたのだ。それも、長年の親友に。
俺は恋人に裏切られたのだ。長年の幼馴染で、初恋の相手に。
『へへへっ、おい見てるか実? 路夏はお前より、俺のことを選んだみたいだぜ? 俺はお前のことが、ずっと嫌いだったんだ。俺の路夏を取りやがってよぉっ! お前から路夏を奪えて清々したぜ! ざまあみやがれ!』
「あ、ああああ……」
全身が震える。絶望が襲いかかる。
これが、これが寝取られ。これが、恋人を奪われるということなのか。
脳が破壊される感覚で、心が壊れそうになる。もうこれ以上、あの動画を見ていることなんて出来ない。
「うわああああああああああああ!!!!!」
俺の心はこの瞬間、粉々に砕けてしまった。きっともう、二度と立ち直ることは出来ないだろう。
激しい絶望感に襲われながら、絶叫とともに俺は家を飛び出そうと――――
「するって感じでいきたいんだけど、どうかな?」
「頭湧いてんのかお前」
元旦の早朝、変なことを言いだした親友に、俺は辛辣なツッコミを決めていた。
「おいおい、釣れないこと言うなよ実~。親友であるお前と路夏にしか頼めないことなんだからさぁ~」
「俺を本当に親友だと思っているなら決して頼まないことをお前は頼もうとしているんだが? 寝取られASMRってなんだよおい」
そう、コイツはいきなり家に来て台本を手渡してくると、「これで寝取られASMRを作ろうぜ!」などという、頭のおかしいことを言ってきたのだ。
思わず信じられないものを見る目で見てしまったのだが、そんな俺をよそにいきなり台本を朗読し始めた津太郎を、さらにやべーやつを見る目で見てしまったのは間違いではないと思う。
だが俺の困惑と軽蔑の入り混じった視線を気にもしていないのか、津太郎はフッと笑みを浮かべると、
「そのままの意味さ。実は新しくスマホ買い替えたら金がなくなってな。小遣い稼ぎと趣味を兼ねて、ASMRを作って売ろうと考えたのさ。勿論分け前はやるし、協力してくれないか? 親友」
「台詞だけを聞けば悪くない話なんだがな。俺がお前に彼女を寝取られる話であるってことさえ除けばだが」
カッコつけて誤魔化そうとしてるのかもしれんが、内容が寝取られでは話にならん。
だが俺に断られることを予測していたのか、津太郎は肩をすくめると、さらに別の本を取り出してくる。
「ま、そう来ると思ってたぜ。安心しろ、さっきのは冗談さ。こっちが本命だし、これならお前も気に入る内容なはずだ」
「冗談というのは皆が笑える内容のものであるはずなんだが……」
ツッコミどころがあり過ぎるが、まぁいい。なんかキリがなさそうだし、読むだけ読んでみるか。アレな内容だったら突っ返して蹴りだせばいいだけだし。
不快なものを見せられた口直しをしたいのもあって、俺は台本のページを軽くめくった。
『おっほおおおおおおおおおおおおおおおお♡ 気持ちいいよおおおおおおおおおおお♡』
なんなの、これは。
とある土曜日。画面の向こうで行われてる行為とオホ声に目と耳を奪われながら、私こと瀬谷路夏は驚愕していた。
「これ、実だよね……間違いなく……」
私宛てに届けられた一本のUSBメモリ。
なんだろうと思いつつパソコンに差して再生してみると、そこには私の幼馴染にして彼氏である、初小岩実の姿があったのだ。
『へへっ、どうだ実? 俺のほうが、路夏のやつよりずっと気持ちいいだろ?』(←超カッコいい声で)
『うん♡ 津太郎のほうが、路夏よりずっと気持ちいいよ♡ ねぇ、だからもっとぉ♡』(←出来るだけ媚びた感じで)
『そうかそうか。俺の方がいいか。当然だがな、フフフフフ』(←超イケボで)
いえ、それだけじゃない。実を抱きながら熱烈な口付けを交わす男にも見覚えがある。
宇場津太郎。私のもうひとりの幼馴染であるはずの男の子が、画面の向こうで私を蔑みつつ、裸で私の恋人を抱きしめていた。
「なにこれ……どういうことなの……?」
まるで理解出来ないけど、分かることはひとつだけあった。
私の恋人は、津太郎くんに陥落しきっている。同時に理解する。
私は恋人を寝取られたのだ。それも男の子に。
私は恋人に裏切られたのだ。女の子である私より、実は津太郎くんのことを選んだんだ。
『へへへっ、おい見てるか路夏? 実はお前より、俺のことを選んだみたいだぜ?』(←超勝ち誇ったイケボで)
「そ、そんな……」
『俺はお前のことが、ずっと嫌いだったんだ。俺の実を取りやがってよぉっ! お前から実を奪えて清々したぜ! ざまあみやがれ!』(←超イケボで勝利宣言)
「あ、ああああ……」
全身が震える。絶望が襲いかかる。
『ホラ、実もなにか言ってやれよ。元カノに別れくらい言ってやらないと可哀想だろ?』(←超優しい慈愛の声で)
『ああ♡ そうだな♡ 津太郎がそう言うなら……♡』(←俺にめっちゃ媚びた感じで)
これが、これが寝取られ。これが、恋人を奪われるということなの?
『路夏……♡ ごめん……♡ 俺、もうお前のこと好きじゃないんだ♡ 気付いちゃったんだよ♡ 俺が本当に好きなのは、津太郎のほうだって……♡』(←意識はあくまで俺に向けて)
実がなにを言ってるのか分からない。
脳が破壊される感覚で、心が壊れそうになる。もうこれ以上、あの動画を見ていることなんて出来ない。
「あ、あああああああああああ…………!」
私の心はこの瞬間、粉々に砕けてしまった。きっともう、二度と立ち直ることは出来ないだろう。
それだけ心に深い傷を負ったんだ。男の子に、津太郎くんに実を奪われるなんて、夢にも思っていなかった。
『ハハハハハハ! 絶望しろ、路夏! お前には実は相応しくない! 実の恋人に相応しいのはこの俺だあああああああああああああああああああ!!!!!』(←最強超絶イケボで)
「いやあああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
激しい絶望感に襲われながら、絶叫とともに私は家を飛び出し――――
「ざっけんなこらああああああああああああああああああああ!!!!!」
そこまで読んで、俺は台本を床に叩きつけた。
「あ、おい! 台本粗末にすんなよ! せっかくの力作だったのに!」
「なーにが力作だボケッッッ! さっきのやつと配役入れ替えただけじゃねーか! しかもなんで俺がお前に寝取られた感じになってんだよ! 意味わかんねーんですけどぉっ!」
俺はキレていた。そりゃあもう盛大にブチギレていた。
というか、キレないほうがおかしい。なんで俺がコイツに寝取られないといけないのか。
「大体なんだよこの注釈は!? 必要ねーだろ! イチイチイケボ書いててうぜーし俺がお前に媚びるとかキモいしで、ツッコミどころ多すぎんだよ!」
「だってホラ、書いてたほうが気分が盛り上がるかなって……」
「盛り上がんない! ぜってー盛り上がるわけがねぇ! これで盛り上がるのお前だけ! 俺のテンション超下がるわ! こんなクソみたいな台詞を言う俺の気持ち、お前考えたことある!?」
「フッ……青いな、実。寝取られっていうのはな、相手の気持ちを無視して強引に自分のモノにするからこそ、寝取られって言うんだぜ?」
「なにキメ顔してんのお前!? 全然いいこと言ってないからな!? むしろ最低だからなお前!? それカスの言い分だぞ!?」
「カスでもクズでも構わない。愛する者を手に入れるのに犠牲は必要なんだよ、実」
「だからカッコよくねーって!? 人の話を聞けよお前!?」
駄目だこいつ。完全に自分の世界に入ってやがる。早くなんとかしないと……。
「言っとくが、これ絶対売れねーからな! 誰が聞きたいと思うんだよ! 男のオホ声なんて聞いたらトラウマになること間違いナシだぞ!?」
「知らないのか? 逆寝取られって案外需要あるんだぜ? コイツが表に出れば爆売れ間違いナシだぜ!」
「ねーよ! 逆寝取られって彼女が別の女に寝取られるヤツだろ!? これは違う! ぜんっぜん別物! 男が男に寝取られるのは、それただのホモ堕ちだから!? 俺は彼女がいるノンケ! 男と付き合うわけねーんだよ!」
「いいだろ? 俺はノンケだって食っちまう男なんだぜ?」
「それ言われたヤツは元々男に興味あってホイホイついていったヤツじゃねーか! 俺は違うの! ノーマル! 男に興味なんて微塵もねーわ!」
キレるポイントが多すぎて、もはやキレ散らかすことしか俺には出来ない。
津太郎の言い分の言ってることを理解出来ないししたくもない。
「えー! それってつまり……協力してくれない……ってコト!?」
「しねーよ! するわけねーよ! ちい〇わみたいな言い方すんじゃねーよ! 死ねよお前よぉっ!」
ねーよを四段活用してしまうが、いい加減限界だ。
これ以上津太郎に付き合っていたら、本当に頭がおかしくなりそうだ。
「オラッ! もう帰れや! 正月からてめーのツラはもう見たくねぇんだよ! さっさと帰らねーとそのケツにタイキックぶちかますからな!」
「あんっ♡ 実ってば強引♡ だけど俺、お前のそういうところも……♡」
「かえれええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!!」
キモい声を出す津太郎を文字通り蹴り飛ばし、我が家から追い出した。
「お袋! 塩撒いといてくれ! 二度とアイツをこの家に入れちゃいけねぇ!」
フーフーと荒い息を吐きながらお袋にそう頼むと、俺は大きく息を吸った。
やつのせいで、とんだ元旦になったもんだ。とりあえず一度深呼吸して精神を整えようとしたのだが、
「実―! 大きい声出してどうしたの?」
「ん? あ、路夏か?」
ガチャリと音がしたかと思うと、部屋のドアが勢いよく開き、路夏が姿を見せたのだ。
「明けましておめでとう。で、いきなり家に来てどうしたよ?」
「あけおめことよろー。元旦だし一緒に初詣いこっかなって思って。てか玄関で津太郎とすれ違ったんだけどどうしたの? もしかしてふたりでもう行ってきちゃった?」
とんでもないことを路夏は言い出す。アイツの本性を知った今となっては、ふたりで行動するとか断じてあり得ないことである。
「ないない! それは絶対ない! ないったらない!」
「そ、そう? そこまで否定しなくてもいい気がするけど……」
「いいの! 初詣だな、よし行こう! すぐ着替えるから待っててくれ!」
「あ、うん。部屋の外に出てたほういい?」
「大丈夫! ダウン羽織るだけだから!」
言いながら俺はクローゼットへ足を向ける。
元々津太郎が来ていたのもあり、既に外出用の服は着ていた。
路夏に行ったように、後はダウンジャケットを羽織るだけですぐ終わるのだ。
「そ、なら待つねー。あれ? これは……」
だから路夏がなにをしているのかに注意を払うことはなかった。
ダウンジャケットを引っ張り出して腕を通す。それだけであとは部屋から出るだけだったからだ。
時間にして一分かかるかどうかだったし、その間近くから聞こえてるペラペラとなにかをめくる音も耳に入ってこなかった。
「よし、オッケー。じゃ行こうぜ路夏」
「実。これはなに?」
だから死ぬほど冷めた目をした路夏が唐突に突きつけてきた台本を見た時、俺はなにがあったか理解出来なかった。
ただ、さっきは気付かなかった表紙のタイトルがハッキリと目に入った。
彼女敗北逆NTR~好きだった男を奪った幼馴染の目の前で彼を奪い返す超絶イケメンに敗北し、尊厳破壊されて鬱濡れに目覚める負け犬美少女の惨めな記憶~
「oh……」
ひどい。ひどすぎる。
なんちゅータイトルつけてんだアイツ。
「説明してくれるよね?」
タイトルを見て青ざめた俺は、ドスの効いた低音ボイスで俺を見つめる路夏に、ただコクコクと頷くことしか出来なかった。
♢♢♢
「それではこれより、両家を交えての家族会議を行いたいと思います」
「 」
どうしてこうなったんだろう。
俺は正月早々我が家のリビングに集まった両親と路夏の家族を見ながら、両手で頭を抱えていた。
「司会はこの家の家長であり、実の父親である私が務めさせて頂きますが、よろしいですか?」
「オッケー♪」
「はい、異論ありません」
「ええ。よろしくお願いします……ふむ、なるほど……」
「…………」
親父の言葉に、お袋と路夏の両親であるおじさんとおばさんが頷きを返す。
お袋は空気を読まずに笑顔だし、おじさんは神妙な顔つきをしていたが、おばさんのほうは何故か手に持った台本を真剣な眼差しで見ており、どこか上の空といった感じだ。
時折頷いているが、なんでかは知らないし考えたくもない。
ちなみに路夏は一言も発していなかったがキレていた。そりゃあもうキレていた。
どのくらいキレているかというと、俺の釈明に耳を貸さず家を飛び出したかと思うと、コンビニで両家全員分の台本をコピーした後、自分の両親を俺の家に呼びつけ家族会議を開催するくらいキレている。
もうキレッキレのキレまくりである。今の路夏は触れただけで全てを傷つけることが可能なのではないだろうか。
「ヒ、ヒィィィ……」
ちなみに俺は顔を青くして震えてたりする。
というか、こうなるだろ普通。俺が書いたわけではないのだが、俺と津太郎がアンアンしている描写を事細かに記された台本がテーブルに配られているのだ。
羞恥心が天元突破しているし、今すぐ部屋に閉じこもって布団にもぐりたくて仕方ない。
寝たら最悪の初夢を見ることになりそうだが、現在進行形で起こっている黒歴史よりはよほどマシなはずである。
「コホン。えー、では早速ですが、本題に入らせて頂きます。うちの息子とお宅の路夏ちゃんは付き合っていたわけですが、その路夏ちゃんが本日我が家に来た際、実の部屋でこの台本を発見した。これは事実で間違いないでしょうか? ……ないよね?」
「間違いないです。この目で見ました、実のベッドにこの津太郎と浮気して私が寝取られ食らって絶望する最低最悪の台本があったのを。タイトルから内容までホント最悪でした。ええもう本当にクソかとアホかと死ねと。出来る事なら、今すぐ実のチ〇コもぎたいです。ていうか、もいでもいいですかいいですよね? 息子さん去勢してもいいですか? ねぇ?」
「あ、うん。見たならいいんだ。ただ、もぐのは勘弁して。キュッてなるから。おじさんのアソコも、ほんと勘弁してお願い」
股間を押さえながら青ざめた顔で答える親父。
情けないことこのうえないが、今の俺に親父を馬鹿にする余裕はない。
なんなら俺も股間を押さえているし、路夏のおじさんだって押さえてる。
今この場にいる男たちの心はひとつになっていることだろう。嬉しくともなんともない。
「えっと、とりあえず私も台本に目を通させて頂きました。いやあ、感想としては中々やるな実! というか、そういうのもあるのか! みたいな。孤〇のグルメみたいな感想ですが、逆寝取られも中々。私自身に男色の趣味はありませんが、路夏ちゃんが脳破壊されていく過程が実に綿密に描写されており、路夏ちゃんの視点から話を紐解いていくと男に彼氏を寝取られるという滅多にないシチュエーションの寝取られを味わうことが出来てこれ以上の尊厳破壊は早々ない……」
「もぎますよ、おじさん」
何故か寝取られ台本の感想を早口で喋り出した親父だったが、路夏の一言であっさりと黙りこくった。
弱い。弱すぎる。だが言えない。男とは所詮、女に逆らえないように出来ている生き物なのかもしれない。
「路夏ちゃん、ごめんチャイナ。このギャグでせめて許して欲しい。今年はヘビーな年になりそうだ、へび年だけに……」
「………………」
すまん、訂正する。親父がアホなだけだった。
その後の路夏の行動は語るまでもないだろう。ただ椅子から転げ落ち、冷や汗を流しながら股間を押さえて悶絶する親父がそこにいるだけだ。
早くも議長が脱落したが、そのことに触れる者はいなかった。
強いて言えば、「股間を握り潰されて悶絶するパパ可愛い♡」なんてのたまいながら写真を撮りまくってるお袋がいるくらいか。どいつもこいつも狂ってやがる。
「まさか実が浮気するなんて……将来は結婚するまでしてたのに、男に走るなんて……許せない、絶対許せない。殺す……」
「ろ、路夏。落ち着こう? 確かにこの台本は色々問題があるが、実際に浮気されたわけではないんだろ? ホラ、創作は自由だっていうし、多少性癖がねじ曲がってるくらいは大目に見て……」
「パパ、黙ってて。パパももぐよ?」
路夏の説得にあたったおじさんだったが、これまた路夏の一言であっさりと撃沈した。
出来ればなんとかして欲しかったが、流石にこれは責められない。
ナニを握り潰されたのに、お袋にいいとこ見せようとして床でブレイクダンスをかましながら泡を吹き始めた親父を見れば尚更だ。
「実くん」
「あ、はい!?」
次第に動きが弱まり、ピクピクと痙攣し始めた親父を見てこれはヤバいんじゃないかと思い始めたが、唐突に口を開いた路夏のおばさんに名前を呼ばれ、意識がそっちに向いてしまう。
「あの、この台本なんだけどね」
「おばさん聞いてください! それは俺が書いたやつじゃないんです! 津太郎がおいていったやつで、俺は断じてホモなんかでは」
「いいから聞いて。これ、中々いい出来ではあるけど、作り込みが甘いわ。もっと両者の心情を忠実に書き出すべきよ」
「へ?」
なんかおばさんが変なことを言いだしたんだが。
「まずね。この冒頭のオホ声。確かにインパクトはあるわ。掴みとしては悪くないけど、声がちょっと大きすぎてその後の会話が聞き取りづらくなる可能性があります。オホ声を小さくするか、もしくは別の台詞に差し替えるべきね」
「え、あの」
「とりあえず赤ペンで代替出来そうな台詞は書いておくから、参考にして頂戴。あと、路夏の台詞量は増やすべきだわ。小説なら心理描写からくみ取ってもらえるでしょうけど、ASMRみたいな台詞中心の話ではそれは悪手よ」
「だからそれ、俺が書いたわけでは」
「もっと分かりやすく路夏が絶望している台詞を増やすことで寝取られに重みが増すし、男同士の固い絆が断じて壊れることがない事実をより強調出来るはずよ。全体のバランスはいいし、いくつかの修正箇所を直せば、この作品は傑作になる。BL歴30年の私が言うのだから間違いないわ! いくつもの同人誌を描いては買い漁ってきた、この私の目を信じなさい!」
いやいや。
いやいやいやいや。
いやいやいやいやいやいやいやいや。
駄目だこの人。
腐ってやがる。早すぎたんだ……。
「か、母さん!? 人様の家でなにを言っているんだ!? それは言わないって約束したじゃないか!?」
「ハァッ!? うっさいわね! 創作のことをなにも分かってない貴方は黙っていて頂戴! 実くんはいい同人作家になれるの! この文章の中に、私は確かな才能の煌めきを見た! いずれ天下を取れるかもしれない逸材を育成するのは先輩としての使命なのよ! 彼なら間違いなく頂点に立つことが出来るわ! 私の目に狂いはないもの!」
いや、狂いっぱなしだと思いますおばさん。
それ書いたの俺じゃねーし。作者からして間違ってるんだから、節穴にもほどがある。
「いや、だからって! これ、路夏を題材にしているんだぞ!? 母さんは娘の恥部を世に放つつもりなのか!? それでいいのか、母親として!」
「それを言うんなら、まず家族全員を養えるくらい稼いでから言って頂戴! 貴方の稼ぎじゃ、あの家だって買えなかったでしょうが! あの家も路夏の養育費も、全部私がBLで稼いだお金で払ってるのよ! いわば路夏はBLで育ったようなもの! なら、業界に恩返しするのは当然のことでしょうが!」
「え」
なんかとんでもないこと言い出したよおばさん。
「あの、私。同人誌で育ったの……?」
「そうよ! 貴女の身体はBLで出来ている! 血潮はオタクで心はコミケ! 幾たびの戦場を越えて壁サー! ただの一度も落とすことなく、ただの一度も落選もない! 彼女は常に独り、SNSで完売に酔う! 故に生涯にBLありまくり! その身体は、きっとBLで出来ていた! それが私の子である貴女なのよ、路夏!!!」
いや、そんな無限の〇製の詠唱コピペみたいなノリで言われても。
見ろよ路夏。めっちゃ戸惑ってますやん。あとこれ、怒られないかな? 主に投稿サイトの偉い人に。
「ちなみに私の最推しは弓×槍よ。異論は認めないわ」
いや、おばさん聞いてないッス。
もうそれでいいッス。完全におばさんの空気になっちゃってるし。
花道オンステージッス。鎧〇ッス。そういや脚本はF〇teZERO書いた人だったな。
そんな脱線しまくりなことを考えてしまうくらいには、今の俺は話についていけそうにない。
「そ、そんな……私って、私って……」
あ、路夏が灰になった。
よほどショックだったんだろうな……俺としては助かるというのが本音ではあるが、それはそれとして可哀想すぎる。
「さて、実くん。これからのことをゆっくり語り合いましょうか。大丈夫、お正月休みはまだあるもの。私がBLについて手ほどきしてあげるわ。じっくりとね……」
台詞だけならへび年に相応しいねっとり加減だったが、内容があまりにも嫌すぎる。
「実ぅ。救急車を、たまが、おとうさんのきんのたまがピンチなんだ。おとうさんのきんのたまだからね……!」
「キャー! ポ〇モンにまで喧嘩を売っていくスタイル! 素敵よパパ! 大丈夫、女の人になってもママはパパを愛しているわ! ら〇まもリメイクされたことだし、いざとなったら呪泉郷を探しに行きましょう! 私、豚さんになってみたかったの! パパ好みの雌豚にきっとなれるわ! ブヒブヒ!」
「私の稼ぎが足りない……それはそうなんだが、だけど私だって頑張ってるんだよぉ……上司に怒られながらも、家族のために必死で……う、うぅぅ……」
周りを見渡すと大人たちが盛大に騒いでネタに走ったり泣いたりしてたが、それを気に掛ける余裕はもはやない。
「寝取られって、誰も幸せにならないんだなぁ……」
とりあえず誤解を解くべく、俺はいやいやながらも津太郎に電話をかけるのだった。
…………最初からこうしておけば良かったなぁ、うん。
♢♢♢
ちなみに後日。
「実! 今はね、学〇スとブ〇アカと負けヒ〇インが熱いのよ! 次のコミケではバニー〇キのコスプレするし負けヒ〇インの同人を出すから、実も手伝って! ちなみに最推しはブ〇ロでカプは潔×凛だからよろしくね!」
「 」
なにがあったのか、すっかり母親に毒されてオタク兼腐女子と化した路夏にコミケの手伝いをやらされることになったのは別の話である。
あと、津太郎のASMRは普通に売れた。
♢♢♢
元旦に投稿したかったのですが間に合いませんでしたすみません……
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幼馴染寝取られASMRを作ろうと親友に持ち掛けられてブチギレたはいいものの、初詣の誘いにきた幼馴染にその台本が見つかりキレられて家族会議になってしまい、正月早々地獄です くろねこどらごん @dragon1250
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