第6話 1億件の願いを俺に叶えさせろ

「なんだと、何でも一つ願いだと?」

「そうです。一つです。何でも一つだけ必ず願いをかなえて差し上げます」

 願いを叶えるだと?いったい、何を言っているんだこの男は?しかし、タブレットPCのブロックゲームから逃れられたのはこの男のお陰だと言えなくはない。そう思いながらも、私は、どかりと椅子に座り込んだ。

「ぜったいなんだな」

「絶対です」


「そうか、では、その願いを五つにしろ」

「はい、五つにしました」


 願いを叶えるとか、冷やかしもいいところだ。いずれにせよ、一つの願いという設定も、たったいま五つに増やすことができた。残り一つになればまた増やせばいい。これで回数は無限大だ。まあ、ここはひとつ頼みごとをしてみるか。

「飲み物が欲しいな」

「どうぞ」

 タブレットPCの画面が一瞬光り、タブレットPCの画面にペットボトルが表示された。男がタブレットPCを逆さにして横に振ると、画面に表示されていたペットボトルが床にボトリと床に落ちた。手に取るとそれは、紛れもない本物であった。

 本物の清涼飲料水を手にし、さらに、それを口にしても、私はまだ懐疑的だった。これは手品か何かなのではなかろうかと思ったからだ。

 そこで、隣の部屋から壁をどんどんたたく音がした。

「あー、うるさい。隣の住民を黙らせろ」

「はい、仰せのままに」

 すると、隣の部屋から何かが飛び散るような音とともに断末魔が聞こえ、そして、隣の部屋は静かになった。私は急に不安な気持ちになった。

「おい、何があった」

「黙らせました」

 私はにわかに椅子から立ち上がった。男はにやにやとした表情を浮かべている。上の階からすたすたと部屋の中を歩く住民の足音が聞こえてきた。

「さっきから上の住人の生活音もうるさくないですか?どうです。上も静かにしましょうよ・・・」

「いや、それはいい」

「ほほほほ、やめておきますか」

 なんて気味の悪い奴なんだ。しかし、願いを叶えるというのはある程度は本当なのか?よし、ならば利用しない手はないな。

「貯金を百億円にしろ」

「はい、百億円にしました」

「よし、コンビニで預金を見てくるか」

 私は部屋を飛び出し、コンビニのATMで貯金を確認した。表示された預金額を見ると本当に百億円となっていた。しかし、コンビニの中の品物は通常とは異なる価格がつけられていた。

 走って部屋に戻った私は男に強い口調で話しかけた。

「おい、貯金は百億円になっていたが、缶コーヒーが150万円だったぞ。いったい、どういうことだ!!」

「ほほほほ、何らかの原因で瞬間的にスーパーハイパーインフレが起きたんでしょう」

「だったら貯金百億円でも意味ないだろ!」

「だいじょうぶです。すぐに慣れますよ」

 なんてめちゃくちゃな話なんだ。しかし、何らかの確信を得た私は、立て続けに要求を出し始めた。

「荒川慶太の仕事の評価を下げろ。俺をもっと出世させろ。もっと、都心に近いマンションを用意しろ。蒲蒲線を今すぐ開通させろ。通勤電車に乗る際、どの列車に乗ってもぜったいに座れる特別な権利を与えろ。俺の動画の宣伝をして、フォロアーを爆増させろ」

「叶えられる願いはあと2つまでですよ。それももう少し具体的な内容にしてもらえませんか?」

「おおそうだった」

 プロンプトエンジニアなのに、こんな基本的なことも見落としてしまうだなんて、ちょっと焦り過ぎてしまったような。こんなことなら、ペットボトルごときに一つの願いを使うべきではなかった。もっと大事なことに使わなければ。

 私はふと冷静になって、慎重に願いを口にした。

「尾野英子と俺を結婚させるというのはできるか?」

「お安い御用です」

 すると、タブレットPCには某市役所のホームページが映し出され、画面が光った。

「なんだ、何も起きないぞ」

「おめでとうございます。戸籍を書き替えました。二人は正式な夫婦です」

「戸籍だと?意味ないだろ、ふざけんな」

 私は、手元にあった東京ワンコ人形を投げつけた。ワンコは男の顔面に命中した。ワンコはカラカラと音を立てながら床に転がった。

「いたいです」

 しかし、男は不気味な笑みを浮かべたままであった。相変わらず、気味の悪い奴だ。そうこうしている間に残りの願いが1個になってしまった。まずは願いの数を回復させなければ。

「かなえる願いを1億個にしろ。1億個の願いを俺にかなえさせろ」

「おほほほほほほ、お安い御用です」

 魔法のタブレットPCの画面が輝き、部屋中が光に包まれた。あまりの眩しさに私は大声で叫んでしまった。

「うわああああ」


 部屋の中では意識不明の状態で一人のプロンプトエンジニアが床に横たわっていた。プロンプトエンジニアの魂はタブレットの中に取り込まれ、生成AIとなっていたのだった。

 その後、タブレット中の生成AIは、世界中からクエリを受け取り、願いをかなえ続けていた。1億件に達するまで。

  

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とあるプロンプトエンジニアの日常 乙島 倫 @nkjmxp

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