第4話 剣聖と盗賊王の物語

 休憩所の隅でスミレの話を聞く。報酬の分配や、貰った食糧費の精算など。相場は分からないけど、大丈夫だろう。騙そうとする意思は感じられない。

 そして話は今後の予定に移る。


「これからカナタはどうする?」

「金を稼ぎながら、王都にでも行こうかな」


 国と同じ名前というのも何かの縁だろう。いろいろ見て回りたい。


「なら一緒にどうかな? 旅は道連れって言うでしょ」

「構わないけど、まず旅費を稼ぐから時間が掛かるぞ」

「それは私も同じだから大丈夫! じゃあ、決まりね!」


 一人旅は危険だし助かる。


「あとは稼ぐ方法を考えるか」

「カナタは道化師でしょう。何ができるの?」

「得意なのはナイフ投げ。それからナイフジャグリング」

「二人でやろうよ。私、司会やるね」


 口上役がいたら芸の幅が広がるだろう。ぜひ手伝ってもらいたい。それから魔法の演出も頼めるかも。光魔法があると効果的だ。


「よし、頼んだ。じゃあ演目を決めるか。ナイフ投げとジャグリングは決定だな」

「最後に剣舞をやりましょう! 内容は五松橋ごまつばしの決闘で」

「この大陸で最初に掛かった魔導橋のことか?」


 詳しい話を聞いて驚いた。五松橋の竣工式が終わった翌日。剣聖と盗賊王が行った決闘のことらしい。というか一度も落ちることなく、当時の橋が現存しているのか。素直に凄いと思う。


「激しい剣戟の中、盗賊王の投げた袋を切り裂く剣聖。でも、それは罠。袋の中身は目潰しの魔導砂。剣聖はギリギリで避けると華麗に一閃。遂に盗賊王を降すのよ!」

「その戦い見てたけど、目潰しの袋を投げたのは剣聖だったぞ。そして途中で武器を弾き飛ばされた。最後は拳を叩きこんで剣聖の勝ち。華麗な一閃で決着じゃない」


 スミレの表情が固い。悪いことを言ったかもしれないか。人の好きな物語にケチをつけてしまったみたいだ。


「あなた、剣聖に会ったことある?」

「何度か手合わせしているよ。勝ったり負けたりだったな」

「どんな人? 性格は? 容姿は? 決闘で負けた盗賊王が改心したんだよね?」


 ずいぶん気になっているようだ。彼女にとっては遥か遠い伝説かな。俺の感覚だと一年ほど前の出来事である。


「勝つためなら、手段を選ばない人。汚名を被ってでも勝利に拘り、魔獣から仲間を守ってきた。助けられた人たちが剣聖と呼び始めたはず。外見は絶世の美女」

「待って。剣聖は女性だったの?」

「そうだよ。あ、来るときに見た豪族の姫さんに似ていると思う」


 遠くからでも綺麗なことは分かった。思い返すと本当に似ている。もしかしたら、血縁者かも。


「な、なるほど」

「盗賊王については、改心とか以前に悪事ができる男じゃない。呼び名も自称だな。お人好しで、何か頼まれたら必ず引き受ける奴だった」

「あれ? じゃあ決闘の理由は? 盗賊王を懲らしめるための戦いと聞いたけど」


 さすがに細かい内容までは伝わっていないか。当時は誰でも知っているほど有名な話である。話題に上りやすい二人だったからな。


「その日は二人で出掛ける約束をしていた。しかし時間になっても盗賊王が来ない。三時間後に到着したけど、待たされすぎた剣聖が怒って決闘騒動に」

「なんで、そんなに遅刻したのよ。寝坊?」

「途中で困った人を見掛けたので、助けていたらしい」


 剣聖が思い切り殴った後に、助けられた人が来て仲裁に入った。その他、ちょっとした補足をスミレに伝える。思ったよりも真剣に話を聞いていた。


「……それ、再現しましょう。『剣聖と盗賊王、愛と勇気の物語』を!」

「本気?」


 物語を元にする剣舞は、専門家がいないと難しいのだけどな。というか、今の話を元にして面白いのだろうか。

 あと知人の話を許可なく利用するのは問題だと思う。それから精神面だけでなく、もっと現実に即した問題もある。


「ちょっと待ってくれ。人手が足りない。せめて進行役が一人いなければ」

「私が一人二役で……ごめん、無理ね」

「慣れたら大丈夫だと思うけど今回は見送ろう。そのうち人が増えることもあるさ」


 そもそも稽古時間だって必要である。一朝一夕で始めたら雑な剣舞になるだろう。とうてい人に見せられるものではない。

 結局、ナイフ投げを基軸に据えると決まった。しかし普通に投げるだけでは、盛り上がりに欠ける。同業者も多いし。明日は打ち合わせと練習で終わりそうだな。


「申請は私に任せて。カナタは訓練しててよ」

「悪い、助かる」


 通りでの興行には許可が必要だ。これが毎回、苦労している。流れ者の芸人一座は信用に欠けるからな。


「報酬は折半だからね!」

「わかった」


 方針決定。さっそく行動しよう。




 二日後の早朝。指定された場所に着いた。午前と午後で一回ずつ。しっかり時間も決められている。それまでは準備だ。


「ねえ、カナタ。ここ、人が来ると思う?」

「……そうそう来ないだろうな」


 なんせ町の外れで、大通りからも遠い。前日に申請して許可が下りる場所である。良い場所は抑えられていたのだ。


「せめて二日前に申請できていたらね」

「受付時間が過ぎていたのだから仕方ない。それに結果は変わらなかったと思う」


 スミレが昨日の朝一番で許可を取りに行ってくれた。二日前の夕方に申請しても、同じ状況だろう。許可が取れただけでも、本当にありがたい。

 それより準備しないとな。自分の着ている道化服を確認。ぱっと見、問題は無い。スミレは巫女服ではなく、占い師の姿だ。


「とにかく支度しましょうか。メイクするよ!」

「よろしく」


 彼女には道化の化粧を頼んだ。仮面よりも雰囲気が出るはず。使用するのは特殊な化粧品で、激しく動き回っても落ちにくい。さらに魔力強化も可能とか。通常品でも構わないと言ったら、そんなの持ってないと返された。実家の近くに栽培所があり、原料が手に入りやすいらしい。


 そんな話を思い出していると化粧が終わった。手鏡を借りて確認。顔全体が白く、口の周りは赤い。目の周辺は黒で強調されている。


「いい感じだ、専属で雇われないか?」

「報酬次第ね」


 スミレは片目を閉じて、親指と人差し指で輪を作っている。それはともかく、もうナイフ投げの的を用意する時間だ。人通りが多くなる前に、全ての準備を終わらせるつもりである。……人通り、多くなるかな。

 すぐに準備は終わった。いくつか人型の的を設置し、他には座れる場所も用意してある。立ち見に慣れていない客のためだ。よし問題なし。あとは人が来るのを待つ。




 ――人が、いない。まったく、いない。本当に、いない。


「なあ、スミレ。朝から一人の姿も見かけないのは変じゃないか」

「そうね。いくら町外れでも、ここまで人の気配が無いのは不自然。それと大通りの方で魔力の乱れを感じる」


 もしかして何かあったのか。というか大通りまでは、かなり遠いはず。よく魔力の動きを把握できるな。


「ちょっと俺が見てこようか」

「カナタは待ってて。お客さん、来るかもしれないし。私が行くわ」

「すまん、任せた」


 スミレが足早に去っていく。いい動きだ。本職の猟師や斥候でも通用するかもな。うまく情報が入ることを祈ろう。

 待つこと約一時間。あいかわらず誰も訪れない。賑やかな音楽でもあれば、注意を引けるのに。そんなことを考えていたら、スミレが戻ってきた。


「お待たせ。ちょっと、よくないことが起きているわ」

「何があった?」


 どうやら悪い知らせみたいだ。身構えて話を聞こう。


「豪族の姫ティアリス様が山道の崖から転落。行方が分からない」

「場所は?」

「山頂付近の休憩所を出て、少し歩いたところ。私たちも通った道よ」


 そうなると崖の下は深い森である。危険な魔獣も多数いる。危険な森を避けるため山道を通っているとも言えるのだ。


「救出の状況は?」

「護衛に就いていた憤怒のラッシュが留まって捜索に当たっているわ。この宿場町に応援要請らしき手紙がきた。だけど内容がメチャクチャ、手紙の中で矛盾も多い」


 なんでも人員をよこせと書いた直後に、救援は不要とも書かれている。必要な人の数や物資量も、手紙内で統一されていない。他にも細々とした問題があるとか。

 とりわけ救援不要の一文がまずい。これで町から救出部隊を出すと、あとで難癖を付けられる恐れもあった。個人で救出に向かう場合も同様だ。


「それで今は確認の伝令を出しているところか」

「ただ実際に救援へ向かうのは、時間が掛かるでしょうね」


 そりゃ、そうだ。確認して、町に伝える。それから出発の準備だ。ある程度は先に始めるとしても、限度があるだろう。

 さて、どうするか。本来ならば個人の独断で動くのは危険である。しかし状況にもよるはず。


「ちょっと行ってくるよ」

「助けに? 理由を聞いても?」


 改まって問われると、ちょっと困る。明確な理由は無い。


「手を振ったら、振り返してくれたからな。もう友人だろ。友達は助ける」

「あとで問題になるかもよ」

「道化は縛られないさ」


 決断、即行動だ。急ごう。

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道化のカナタと精霊のミコ 石上夢悟朗 @yume4696kaku

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