第3話 憤怒の魔導騎士

 少し歩くと、すぐに広い場所へ出た。この先から細い道が続くらしい。追い抜くとしたら今だ。

 休憩中みたいで、二台の牛車は並んで止まっている。両端は通れそうにないので、牛車の間を通ることにした。ゆっくりと歩いていく。


「誰だ!?」

「旅の者さ。先を急ぐ身ゆえ、失礼」


 兵士から掛けられた誰何の声に、淀みなく答えた。牛車に乗っている人物が、例の魔導騎士だな。もう一台の牛車は、しっかりと御簾が閉じられていた。車内の様子が分からない。


「む、そうか。道を外れると危険な魔獣の生息地。気を付けられよ」

「忠告、ありがとさん。アンタも頑張ってな。あ、そっちの騎士さんも」


 この兵士さん、いい人そうだ。一方の騎士は冷たい視線を向けている。まだ若い。俺より少し年下だな。煌びやかな服を着ているが、衣装に負けている感が凄い。


「ふん、下賤の者は口の利き方も知らんのか!」

「道化の前では皆、平等さ。ところで、その菓子うまそうだな。少しくれ」

「なんて図々しい!」


 牛車内に小型の机を置き、その上に食べ物が並んでいた。見たところ饅頭である。せっかくだから無心してみたのだ。


「まったく。おい、分けてやれ!」

「かしこまりました」


 兵士の人に命じて、本当にくれた。言ってみるものだな。俺に菓子を渡した兵士は持ち場に戻った。

 ふと気付くとスミレが道化服の袖を引っ張っている。先を急ごうと言いたいのか、進行方向を指差した。長居は無用だな。最後に挨拶だけしていこう。礼儀は大切だ。俺は憤怒のラッシュに軽く手を振った。


「ありがと! お勤め、頑張れよ!」

「さっさと行け!」


 わめいているのは照れ隠しだろう。とりあえず先を急ぐか。




 一団から離れたところでスミレの横に並んだ。彼女の様子を見ると、なぜか呆れた視線を向けられる。


「無茶をするわね」

「自分に悪意が無ければ、そうそう相手も敵対しないさ」


 なんとなく悪い人間には見えなかった。ただスミレの話だと評判最悪らしい。


「そんなに酷い噂が流れているのか?」

「確認できた範囲だけでも相当よ」


 なんでも町を歩いているだけで難癖つける人物とのこと。気に入らない店の看板を壊そうとした。気に入った店には貢物を要求。断られたら怒鳴り散らす。


「……わがまま放題に育った子供だな」

「祖父の代では、豪族の中でも群を抜いた家だったみたい。両親を早くに亡くして、また祖父も帰らぬ人に。それから諫める人間がいなくなったらしいわ」

「結果、自制の利かない人間の誕生か」


 そして苦言を呈する家臣を遠ざける。辛抱強く諫めた人たちも、やがて愛想を尽かしたとさ。


「やっていることは完全に小物。迷惑を掛けられた人は多数いるけど、実害は大きくないの。だけど塵も積もれば山となる。とうとう国が動いたわ」

「お家取り潰しとか?」

「最終的にそうなるかも。期限内に治安維持の部隊を組織。それで一定以上の成果を出さないと終わりよ」


 さすがに危機感を持ったのだろう。以前よりは、おとなしいみたいだ。今は貴人の護衛任務をしている。牛車に乗っていたのは豪族の姫、そうスミレが言っていた。

 ひとしきり話を聞いたところで、貰った菓子を思い出す。かなりの距離を歩いたし小腹も減った。菓子を包みから取り出す。


「ほい、スミレ」

「お饅頭ね。一口サイズで食べやすそう」


 ちょうど座りやすい岩が二つ。彼女にも渡して、軽食の時間とした。


「だいぶ歩いたけど、まだ町は遠いのか?」

「今のペースなら、明日の夜ごろに到着すると思うわ」


 わりと急いだからな。ジーン・Мの結晶を使い、体力や魔力は充分である。今なら数日間は休まず歩き続けそうだ。


「じゃあ今日は野営だな」

「そうね。ただ宿泊しやすい場所はあるわよ」


 ここまで来る途中にも休憩所があった。先人たちが用意してくれたのだろう。顔も知らぬ者たちに感謝したい。

 菓子を食べたら、すぐに出発。一ヶ所に留まると、魔獣に襲われやすくなる。




 翌日の夜。ようやく町に到着した。道中に強い魔獣と遭遇しなかったのは助かる。俺とスミレで対処できるほどの相手だけだった。


「永眠鶏の魔石を換金しましょう、と言いたいけど取引所は閉まっているかな」


 もう夜も遅い。スミレの言う通りだと思う。


「なら寝床を探すか」

「近くに宿があるわ。泊まれるか、店の人に聞いてみましょう」


 話をしたら無事に宿泊できるようだ。一室を借りて、費用は折半。借りが増えた。相場の通りなら、道中に入手した魔石で賄えるらしい。

 まあ難しいことは明日から考えよう。とりあえず浴場に行く。この宿は風呂に力を入れているとか。


 ――翌日、女将さんに礼を言って宿を出た。朝も早いのに、通行人がそこかしこにいる。そして気になることが一つ。


「大道芸人が多くないか?」

「カナタ王国は規制が緩いからね。大陸中から集まっているのよ」


 それで同業者が多数いるのだな。


「なるほど、とりあえず移動しよう。しばらく別行動だよな?」

「私は依頼の報告があるからね」


 おそらく永眠鶏のことだ。依頼だったのか。かなり危険な魔獣だから、金額は高いだろう。スミレは手続きで時間が掛かるらしい。それが終わるまで訓練をしたいな。身体の調子を確かめる必要がある。

 スミレに相談したら、良い場所を教えてくれた。無料で使える訓練場があるとか。そして専門の教官に教えを乞うとも可能。ただ、そちらは有料である。路銀に余裕は無い。今日は一人で訓練をする。


「それじゃ、俺は行く。また後で」

「あ、待って。このカバン、持っていくといいわ」


 スミレは突然、カバンを取り出した。いつ見ても不思議である。どこからともなく物が現れるからな。とりあえず受け取る。手に持ったら魔法のカバンだと理解した。空間を拡張して、大量の物が運べる。


「何が入っているんだ?」

「訓練用の武器や道具よ。使い終わったら整備してね」

「ありがと、助かる」


 感謝して借りよう。挨拶したら、すぐに訓練場に向かう。




 街を歩くこと十数分、目的地に到着。意外と近かったな。訓練場は大型の建物内にあるようだ。訓練内容により、複数の部屋や運動場を使い分けられる。主な利用者は戦闘や狩猟を生業にする人。それと大道芸人だ。

 訓練を開始する。まずは秘刀術だな。体の動かし方、刀の振り方を確認していく。それが終われば軽業の復習だ。道化師に必須の技能である。思ったより身体の調子がいい。ジーン・Мの力だろう。――おおむね確認を終えて、一息つく。


「……疲れた。けど次だ」


 場所を変えよう。これから行うのはナイフ投げ、つまり投擲訓練である。ここには専門の施設もあり、金額に応じて内容も変わる。動く的や一定時間で消える的などもあるらしい。俺は木に藁を巻いた物――巻き藁を使う。これは無料で使用可能。だが準備と片付けは自分で行う。


 ナイフ投げを始めて一時間ほど。ひたすらに投擲と回収を繰り返した。スミレから借りたカバンには大量の短刀があったので、存分に活用している。

 ふと人が近付く気配を感じた。巫女服を着たスミレだ。町の中では、占い師の姿をしないらしい。


「やっほ~、調子どう?」

「怖いくらい良いな」


 投げる手を止めずに、軽く返事をした。これで終わりにしよう。スミレの話も聞きたい。

 最後の一投。狙いを外すことなく、巻き藁に突き刺さる。二十本を越えるナイフが全て命中していた。


「わ、当たり! うん、いい感じだね。ところで報酬を貰ったけど、後にする?」

「もう訓練は終わるよ。すぐ片付けるから、待っててほしい」

「オッケー。あ、私も手伝うよ」


 俺は礼を言って、遠慮なく手を貸してもらう。使ったナイフも手入れしないとな。二人で手分けしてたら、すぐに終わった。さて、話を聞こう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る