第2話 美しき令嬢

「ごちそうさま! 悪いね。食い物、もらっちゃって」

「大丈夫、食費は後で貰うから」


 永眠鶏の討伐から約三十分。二人で腹を満たす。食べ物はスミレが出してくれた。アイテムボックスと言っていたが、時空魔法の一種らしい。異空間倉庫との違いは、よく分からない。

 俺も簡単な魔法を使えるが、時空系は専門外だからな。得意な仲間はいたけど。


「しっかりしているな。さて、それでは腹ごなしの散歩といこうか」

「散歩じゃないでしょ。近くの宿場町に行くわよ」


 俺とスミレは、二人で町を目指すことにした。そして協力の対価で、報酬の一部を渡してくれるらしい。時間転移には、質量が重要。荷物は持ってこれなかったので、無一文だからな。ちなみに報酬の割合は、後ほど相談する予定である。

 また刀も鞘ごと貸してもらっている。道中には危険な魔獣も出るし、身を守る術が必要だ。永眠鶏の縄張りから出たら、要注意とのこと。――警戒しながら数時間ほど歩いた。


「これだけ歩いて、一度も魔獣を見なかったか」

「まだ永眠鶏の縄張り内だからね。でも油断しないで」


 いつ魔獣が現れるか分からない。雑談をしながらも、周りに注意を払う。この日は町まで着かず、野宿することになった。

 テントや毛布は貸してくれるらしい――有料で。魔獣がいたら狩りができたのに。安全な旅も一長一短か。とにかく野営の準備を整えよう。


「個人用のテントだけど、かなり強力な結界が張れるみたいだ」

「特別製よ。鎧ゾウが踏んでも大丈夫」


 やたらと重いゾウ型の魔獣だったと思う。本当に大丈夫なのか。魔力の量からして冗談とも言い切れない。価格は聞かない方がよさそうだ。

 今日は疲れた。食事が終わったら、すぐ寝ることにする。道化服の予備はないから借りた服だ。見た目は地味だけど、生地はしっかりしている。道化服は洗濯をして、テント内に干しておく。




「朝だよ、おはよう!」


 テントの外から、やたらと元気な声が聞こえた。そういえば時間を確認できる物がない。まあ、とりあえず起きよう。乾いている道化服に着替えて外に出た。


「すぐ出発するのか?」

「その前に、しっかり準備を整えましょう」


 今日は夜まで歩き続けることになる。準備は大切だ。そして一時間後に出発した。昼過ぎまでは順調な旅路が続く。

 しかし前方から魔獣の気配を感じた。前方の大木で死角ができており、魔獣の姿は見えない。


「カナタ、止まって」

「敵だな」


 前を歩いていたスミレが立ち止まった。彼女も魔獣の気配に気付いていたようだ。


「今更だけど、その道化服で戦うの?」

「仕方ないだろ。戦闘用の装備は持ってこれなかったのだから」


 魔力が強すぎて、時間転移に干渉する恐れがあった。専用の退魔刀も預けている。まだ借りた刀に慣れていないのは心許ない。慎重にいこう。


「まあ、そうね。ところで前と後ろ、どちらがいい?」

「前衛を希望するよ」

「古流秘刀術の使い手だったわね。腕も立ちそうだし、任せましょう」


 ……この時代から見れば、俺の使う技は古流になるようだ。二千年の間に廃れたのだろうか。ちょっと気になるけど、質問は後回しだな。

 魔獣が動いた。俺はスミレと視線を交わして、頷きあう。刀を抜くと駆けだした。敵も俺たちの動きに気付いたな。大木の裏から姿を現した。


「見たことない魔獣だ!」

「あれは風イタチよ! 魔法を使うからね!」

「使われる前に終わらせる、秘刀術・散!」


 大気に含まれる魔力を乱す。短時間だけど、魔法が扱いにくくなる。


「退路を塞ぐわ。大地の壁よ!」


 風イタチの背後に土壁が出現した。この距離だと魔法の制御が難しいはずだけど、お構いなしに使っているな。間違いなく達人級の魔導師だろう。そのうえ精霊召喚という術もあるのか。怒らせないようにしたい。


「秘刀術・斬!」


 素早く接近し、斬りつける。一刀両断すると同時に、柄に埋め込まれた結晶へ力が流れ込む。ただ永眠鶏ほどの力は吸収できない。とにかく戦いは終わった。

 ふとスミレの様子を窺うと、真剣にジーン・Мの結晶を見つめていた。何か考えているのかもしれない。


「どうした?」

「いえ、ごめんなさい。今は先を急ぎましょう。明日までに宿場町へ着きたいわ」


 スミレは首を横に振ると、歩き始めた。俺も続こう。無理に聞き出すのも悪い。




 草原を進むと、やがて山のふもとに到着した。山を大きく迂回するか、峠を越える必要があるみたいだ。

 一つ気になるのは、山を登ろうとする集団がいること。数は多くないけど、二台の牛車を使用しており進みが遅い。高貴な人物でも乗っているのだろうか。左右は壁に囲まれ、後方は御簾で隠れている。姿は見えない。


「厄介ね。牛車の一台に、憤怒のラッシュが乗っているわ。評判最悪の人間よ」

「有名なのか?」

七罪ななざい魔導騎士の一人だから。ここの国民は当然として、旅人でも知っているはず」


 スミレは牛車に飾られた家紋らしき印章を指差す。人の手を崩した形に見えるが、どんな意味があるかは分からない。


「憤怒の鉄拳をかたどって作られた家紋。元祖七つの大罪、その力を秘めた魔道具を代々継承する一族なの」

「元祖?」

「私の故郷では、現代文明版七つの大罪が広まっているのよ。区別するために元祖と呼んでいるわ」


 なんとなく理解した。


「カナタに渡したジーン・Мの刀は、元祖七罪魔道具を参考にして作られた。適性が無ければ扱えないし、場合によっては負の感情に支配される。気を付けてね」

「そんな危険物を渡したのか」

「緊急事態だったから。ジーン・Мの結晶で魔力を集めていなければ、困ったことになったわ」


 それは事実だろう。時間転移の反動が大きくて、まともに身体が動かせなかった。あのままでは、永眠鶏の餌食になっていた恐れがある。


「わかった、気を付ける。早めに代わりを探すとするよ」

「そんなに急がないわ。じっくり探してちょうだい」


 今の話を聞いたら、使い続けようとは思いにくい。町に着いたら武器屋を探そう。あ、その前に資金を確保しないと。道化服が役に立ちそうだ。でも仲間がいないな。一人で大道芸は、できることが限られるだろう。


「ところで前が詰まっているみたいだけど、どうしよう?」

「少し先に進むと、広い場所があるの。そこで追い抜くしかないかな。絡まれないといいけど」

「騎士って変に威張ってる奴いるよな。姉が何度も問題を起こして大変だった」

「お姉さんの方に原因は無かったの?」


 そういえば、あったかもしれない。


「……半々くらいだったかな。話は変わるけど、道化の仮面を持ってない?」

「あるわよ」


 まさか持っているとは。スミレが虚空から仮面を取り出す。顔の上半分だけを隠すタイプだな。


「なら俺たちは旅の大道芸人として、さっさと通り過ぎよう。問題が起きても、顔を見せなければ大丈夫だろ」

「いいわね。私は占い師の恰好をしましょう」


 そんな服も持っているのか。


「自然に顔を隠せるからだな」

「ということで木陰もあるし、さっそく着替えるわ」


 スミレは一団から見えない場所に立つ。離れた方がいいよな、そう思ったとき彼女から強い魔力を感じた。


「我が身に纏いし衣装、望みの姿に変われ!」


 眩い光。姿を直視できない。光が収まると、スミレは黒い衣装を着ていた。これが占い師の姿だな。

 それより気になるのは、今の魔法である。


「なんか便利そう」

「いいでしょ。この着替え魔法」


 直球な名称だ。まあ、いい。俺も仮面を着けたら、準備完了。まずは適度な距離を取って峠道を進もう。


 そのとき牛車の御簾が外された。綺麗な銀髪が目立つ、妙齢の女性が乗っている。遠目でも分かるほど美人である。あれ、目が合った。わりと距離があるのに気付いたのか。髪と同じ色の目が神秘的に感じる。ちょっと手を振ると、振り返してくれた。だけど従者らしき人が御簾を掛け直してしまう。残念。

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