道化のカナタと精霊のミコ
石上夢悟朗
第1話 過去からの来訪者
俺の周囲は暗闇に覆われていた。空間を支配する漆黒の闇。だけど不思議と恐怖は感じない。全身を包む浮遊感が心地よかった。
その空間に光が生まれる。白い輝きが広がって、身体を包み込む。光が収まると、そこは草原だった。見覚えのない景色、そして見覚えのない人間。
「そこの道化師!」
呼び掛けられているのは、俺みたいだ。道化服を着ているので、間違いない。目の前にいるのは若い女性。肩まで伸びた髪は艶やかな黒色。赤と白を基調とした服装。たしか巫女服だったか。また太刀を
「後ろ、後ろ!」
「え?」
視線を背後に向ける。そこには、巨大な鶏がいた。人の身長を超えるほど大きい。しかし不自然なほど動きがない。
「危ないわよ! すぐに
「魔獣か!」
距離を取ろうとして、身体が重いことに気付く。なんとか振り向いたけど、そこで片膝を突いてしまう。
その直後、鶏の周囲から青白い鎖が出現する。
「光の鎖、敵を縛って! ちょっと、どうしたの!?」
「……全身に力が入らない」
「大丈夫?」
女性が駆け寄ってきた。身軽な動作に驚く。間違いなく戦闘技術を学んだ者の動きである。彼女は俺の顔を覗き込むと、右手を肩口に置く。身体の様子を確認しているみたいだ。治療の心得でもあるのだろうか。
とはいえ目の前に魔獣がいる。悠長に検査を受けている余裕はない。なんとか立ち上がろうとするが、肩を抑えられた。細腕なのに凄い力だ。
「動かないで」
「どうするんだ?」
「このままだと逃げられないでしょ。魔獣が動き出す前に治療するわ」
やはり彼女は治癒術を使えるのか。邪魔をしないように全身から力を抜く。時間にして数秒ほど。
「なんだか身体が暖かくなってきた」
「私の魔力を送り込んだのよ。まず異常が無いか調べないとね」
それから、また数秒。魔獣を縛る鎖は消えていないため、多少の時間はあるかな。唐突に、彼女が刀を抜く。目の前に差し出してきたので、反射的に受け取った。ふと柄の先を見ると、小さな水晶が埋め込まれている。その中に赤色の三日月が浮かぶ。
「これは、なんだろう」
「ジーン・Мの結晶。あなたの身体は、魔力が極端に少ない状態よ。それを補うため上手く使って」
高等な魔道具の一種だろうか。手に持つだけで、なんとなく使い方が理解できた。これで魔力を回復するのだな。
「わかった、やってみる」
この場にいれば、間違いなく戦闘の邪魔だ。結晶の存在を、強く意識する。周囲の魔力を取り込んでいるのが分かった。刀を通して、魔力を身体に流し込む。
――よし、動けるぞ! 永眠鶏から距離を取るため、大きく後方に跳んだ。
「そのまま距離を取ってね。巻き込まれないでよ!」
「了解!」
俺は動きを止め、深呼吸を始めた。今は魔力の回復に専念しよう。下手に行動することは危険を招く。
女性と永眠鶏の戦闘を静かに見守る。
「焼き鳥に――なりなさい!」
炎の魔法が発動。しかし永眠鶏の目前で停止した。この現象、覚えがある。高度な魔法防御のはず。
「まさか時間凍結?」
「正解! 永眠鶏の十八番。対策なしで近付けば、あなたにも永遠の眠りが訪れる」
それは眠りじゃないだろ。気が付くと、俺は刀を強く握っていた。いざとなれば、参戦するつもりだ。身体の調子からして、おそらく一振りが限界。それでも、できることをする。
永眠鶏は炎の横から回り込み、女性に接近。彼女は武器を持っていない。俺に刀を渡してしまったからだ。魔法で迎撃するつもりだろうか。
「大地よ、奈落の底へ導け!」
つまり落とし穴だな。おそらく時間稼ぎだと思う。この場所からでも魔力を高めていることが分かる。しかし、永眠鶏は即座に穴から出てきた。宙に浮いている。空を飛ぶ魔獣は珍しくない。
「ひどい! 鶏が飛ぶのは駄目でしょ!」
「魔獣相手に何を言っているんだ!」
このままでは危険である。時間稼ぎに協力しよう。
「
俺は刀を振るって、魔力を込めた衝撃波を放つ。せっかく回復してきたのだけど、仕方ない。不可視の衝撃に襲われ、永眠鶏は動きを止める。狙い通りだ。その代償に大きく魔力を消費した。
「ナイスアシスト! 精霊マシンリュウ、召喚!」
「あれは機械魔獣!? 召喚だと!?」
無機質な身体を持つ竜。見紛う事なき機械魔獣だ。かつて仲間と共に戦った存在。しかし俺が見たときより遥かに小さい。以前は建物を簡単に踏み潰すくらいの大きさだった。今は永眠鶏と同じくらいか。
「やっちゃって!」
ざっくばらんな指示に機械魔獣――マシンリュウは応えるようだ。口元から強力な電撃を放つ。電撃が命中するものの、まだ永眠鶏は生存していた。
そしてマシンリュウの姿が消えていく。
「しまった! この場所、精霊力が少ないわ!」
もしかして危険な状況か。永眠鶏は低空を飛翔し、女性に迫る。魔力不足などと、言っていられない。最善を尽くすのみ。
「秘刀術・
刀を構え、一気に距離を詰める。永眠鶏の側面から一突き。手応えあり――いや、ありすぎる。結晶から力が流れ込む感覚。それから突いたと同時に、流れが変わる。魔力が結晶に吸収されていく。
永眠鶏の身体は光に変わり、やがて姿を消す。残ったのは一つの魔石のみ。それを見届けて、俺は崩れ落ちた。まずい、眠い。
――目が覚めたら、毛布の上で横になっていた。周囲は木々に囲まれているけど、動物の気配は感じられない。近くには見覚えのある人間。
改めて姿を確認する。巫女服と呼ばれる衣装を着た女性だ。
「あ、気が付いたようね」
「君は……さっきの。ありがとう、介抱してくれたのか」
「お礼を言うのは、こちらも同じよ。助かったわ」
役に立ったなら良かった。しかし今は何よりも確認したいことがある。
「精霊マシンリュウとは?」
「機械魔獣が破壊衝動から解放された存在よ。契約を結ぶことで、人間に力を貸してくれるの」
そうだったのか。よく分からないけど、危険が無ければいいのだが。しかし彼女の言葉を鵜呑みにはできない。参考程度に聞いておこう。
「私からも質問――その前に名乗っておくわね。私はスミレ、ムゲン王国の出身よ。今後ともよろしく」
「俺はカナタだ」
「身体の調子はどう? 簡単に診察した結果だと問題なかったけど、しっかり意識はあるかな?」
意識か。……大丈夫だよな。
「問題なさそう」
「よかった。もう少し質問するわ。今、どこにいるか分かる?」
「飛空世界、下層、
「この国の名前は?」
今の質問は頭に異常がないか、確認するためのものだろう。強い衝撃を受けると、記憶を失うことがあるらしい。
「知らない」
俺は首を横に振った。そう、国名は知らない。だけど記憶に問題はない。単純に、知らないのだ。俺の知る限り、この地に国は存在しない。まだ開拓が始まったばかりだったから。一応、記憶や知識に異常が無いことを伝える。スミレは頷いた。
「やっぱり、だと思ったわ。でもカナタが国名を聞いたら、きっと忘れないはずよ。超大国カナタ、この国の名前ね」
「俺と同じ名か……」
「あなたは時間を越えてきたタイムトラベラーでしょ。それも国が興る、二千年より前から」
本気で驚いた。
「自分と同じ名前の国があるとは。びっくりしたよ」
「あれ、そっち? 時間移動の件は?」
「間違っていないよ。二千年も経っているとは思わなかったけど」
でも今の話だけなら、根拠としては弱いかな。きっと他に理由があるのだと思う。彼女から見ると、唐突に人が出現したわけだ。時空魔法の痕跡でもあったのか。
「カナタは元の時代に戻るつもり?」
「それは駄目だ。俺は自らを触媒にして、機械魔獣を時空の果てへと送った。もしも過去に戻ったら、どんな影響が出るか分からない」
機械魔獣を送った事実が変わる恐れもある。
「というか過去への移動は不可能と言われていた。今の時代だと違うのか?」
「現代でも無理よ」
「まあ、そうだよな」
ならば考えるのは止めよう。家族――姉や仲間と会えないのは残念だけど、これは仕方ない。この時代でも、楽しいことはあるさ。
「さて、喫緊の課題を聞いてほしい」
「ずいぶんと真剣な顔ね。聞きましょう」
「腹が減った」
まずい、本気で空腹を感じる。時間転移の影響かもしれない。
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