【拡散希望】歳神様を探しています

遠野さつき

【拡散希望】歳神様を探しています

歳神としがみ様が行方不明になりました』

「は?」


 綺麗に掃き清められた拝殿の中に間抜けな声が響く。


 動揺を隠せない私に対し、スマホの向こうにいる相手は小憎らしいぐらいに冷静だった。


『ですから、行方不明になったのです。三槌みづち市に降りたところまでは確認できたのですが、その後ふっつりと神気が途絶えてしまいました。今どの辺りにいらっしゃるのか、全くわからない状況です』

「なんでそんなことになるのよ。初代様と歳神は契約で繋がってるんでしょ? GPSみたいなもんじゃない」

『高天原に召し上げられたとはいえ、元は人の身。神に本気の隠行おんぎょうを使われてしまっては、私とて流石に把握できません』


 咄嗟に頬をつねったが、ちゃんと痛い。残念ながら夢ではないようだ。


『前回の天降りで、あなたが何か粗相をしたのではないですか? 十二年前、こちらに戻られてからずっと落ち着かないご様子でしたよ。あなたが供物として捧げたスマホを見てニヤニヤしたり、顔を赤くしたり、ため息をついたり……』

「あっ、電波の調子が悪いみたい。一旦切るね! また後で連絡します!」


 強制的に通話を断ち切り、ため息をついて肩を落とす。


 心当たりは山のようにある。


 何故なら十二年前の今日、お勤めを終えて高天原に去り行く歳神様――ミヅキにプロポーズしたからだ。

 

『次の巳年に、私と結婚してください』と。

 

 それからの十二年、私はミヅキの心を繋ぎ止めるために努力してきた。


 何しろ相手は遠い高天原にいる。振り向いてもらうには圧倒的に触れ合いの時間が足りない。


 だから、必死に貯めたお小遣いとバイト代で中古のスマホを購入し、リモートを駆使して懇切丁寧に使い方を教え、毎日毎日、道端に猫がいただの、今日はこんないいことがあっただの、たわいのないやり取りを続けた。


 ミヅキからの返事はいつも遅かったけど、嫌々ではなかった――と思う。さっき初代様もニヤニヤしてたって言ってたし。


 たまに電話で話す時も、楽しそうに相手をしてくれていたのに。


「なんで来ないのよ……」


 二十四歳には少々キツイ巫女衣装を着て、少しでも綺麗だと思ってもらえるように入念に化粧もした。


 令和だというのに、髪も染めずに艶やかな状態を保ってきた。


 十二年かけて家族を説得し、全ての選択肢を蹴って國學院に進学した。

 

 もちろん、そんなのはミヅキの与り知らぬことだ。プロポーズの返事がOKかどうかもわからない。


 でも、やるだけのことはやったのだ。もしフラれたとしても、一晩だけ泣いたら前を向いて、これからも巫女として仕えていく。


 巫女の血を繋ぐために、意に沿わぬ相手とも結婚できる。

 

 こちらはそこまで覚悟を固めているというのに、ミヅキは私と向き合わずに逃げたのだ。


 そう思うと、沸々と怒りが湧いてきた。


「あのヘタレ神!」


 着替えている暇はない。巫女衣装の上からダウンコートを羽織って拝殿を飛び出す。


 さほど広くない境内の中には屋台が立ち並び、これから訪れる新年と参拝客のための準備を粛々と整えているところだった。


三槌磐座みづちいわくら神社』と書かれた白いテントの下で、年寄りばかりの氏子衆と話していた母親が目を丸くして近付いてくる。


「どうしたの、こよみちゃん。これから歳神様をお招きするんでしょう? 拝殿にお籠もりしなくていいの?」

「それどころじゃないのよ、お母さん。ちょっと出てくる!」


 愛車のママチャリに乗って、大晦日の街中へペダルを漕ぎ出す。


 十二年越しの想いに決着をつけるために。




 


 歳神、または年神。


 毎年お正月に降りてくる来訪神で、ざっくりいうと五穀豊穣をもたらしてくれる神様だ。


 古来より日本人は歳神様を迎え入れることで新年の始まりを祝っていた。


 今はイベント感を高めるインテリアと化している鏡餅だって、元は歳神様へのお供物なのだ。

 

 けれど、我が岩倉家の歳神様は他と少し違う。


 千年前、女の身でありながら陰陽師としてブイブイ言わせていた初代ご当主様が契約した十二柱の獣神――それが岩倉家の歳神様だ。


 本家の鼠神を筆頭に、牛神、虎神……と十二支に対応した歳神様を祀り、十二年に一度、人間界に天降りされる歳神様を迎え入れるのが巫女の役目だ。


 私の担当は蛇神の水月夜刀神ミヅキヤツノカミ。つまり巳年。


 初めてミヅキと顔合わせしたゼロ歳――の時は記憶がないのでノーカンとして、十二歳のお正月に迎え入れた姿は今も瞼に焼き付いている。


 腰まで垂らした長い白髪に、水面に映る月のような青い瞳。


 身に纏った白い着流しと浅葱色の羽織からは白檀のいい香りがして、近くにいるだけで神々しい気配を感じたものだ。


 百九十センチ越えの身長を差し引けば、見た目は儚げな美青年だったが、『明けましておめでとう。わしの巫女殿』と優しく微笑む口元から覗く牙と、肌に生えた鱗は確かに蛇だと物語っていた。


「ああ、もう! ダイエットのためとか言ってないで、さっさとアシスト自転車にすればよかった!」


 商店街のど真ん中でママチャリを止め、荒い息を整える。


 三槌市は市の名前の由来になった三槌山の山間を切り開いた街なので坂が多い。


 若い頃は一息で駆け上がれたものだけど……歳は取りたくないものね。

 

 買い物客からジロジロ見られながら、道端のお稲荷さんの祠の脇に寄り、スマホを取り出す。


 さっきから何度もミヅキに電話をしているのに一向に出ない。


 聞こえるのはコール音ばかり。『この電話はお繋ぎできません……』という無情なアナウンスは流れないので、電源は切っていないはずだ。

 

『ミヅキ! あなた、どこにいるのよ? 今すぐ連絡ちょうだい!』


 同じ文言が並んだメッセージアプリには既読の文字。しかし、返事はない。


 悲しいから既読スルーだけはしないでねとあれほど言ったのに。こんなことなら位置がわかるアプリを入れておくんだった。


「くっそう。絶対に年を越す前に見つけてやる。ミヅキの馬鹿!」


 不敬な言葉を吐いてスマホをポケットに入れようとした時、通知音が鳴った。


 素早くアプリをチェックする。


 届いていたのは巫女仲間からのメッセージだった。


『暦ちん、ミヅキ様に逃げられたって本当? まじうけるw』

「笑うところじゃないっつーの!」


 激怒しながら『そうだよ(怒)。今、探してるとこ(怒)。何か知ってたら教えて(怒)』と返信する。


 すると、すぐに『わかるわけないじゃ〜んw アタシはミヅキ様の巫女じゃないもんw』と返ってきた。ムカつく。


『それより、これ見てみ。バズってるよ』

 

 添付されていたURLをクリックすると、チャリで風を切る私の写真が晒されていた。かろうじて後ろ姿なものの、『爆走巫女』と不名誉なあだ名がつけられている。


 晒した張本人は有名なインフルエンサーのようで、神社の宣伝のために作った私の貧弱なアカウントとは桁違いのフォロワーがいた。いいねも拡散数も山の如しだ。大晦日なのに暇人が多いらしい。


「人の不幸をネタにするんじゃないわよ。呪うわよ!」


 腹立ち紛れにSNSの画面を消そうとして、指をぴたりと止めた。


「……待てよ」


 思い立って、SNSに文字を打ち込む。


『拡散希望。巫女です。うちの歳神様を探しています。三槌市に降りた時点で行方がわからなくなりました。身長は百九十センチ以上。白髪に青い瞳で、肌に鱗が生えています。蛇神なので白蛇の姿でいるかもしれません。見鬼の方、どうか協力してください』


 見鬼とは人ならざるものを見ることができる人間のことだ。


 ネットの世界は広い。たとえ初代様ほどの力がなくとも、ミヅキが移動した残滓が見える人がいる可能性がある。


 憑坐よりましのいない神は人間界では力を消耗するから、隠行の範囲を岩倉の血筋だけに絞っているはずだし。


 送信ボタンを押した次の瞬間、一斉に反応がきた。


『なんのネタ?』『不思議ちゃんってやつ?』『ふざけるのはやめてください』……九割方が批判的な内容だ。


 中にはうちの神社について有ること無いこと書き込んでいる人もいる。


 巫女仲間からも『暦っち、何やってんの?(汗)』とひっきりなしにメッセージが届いている。

 

 炎上なんて知ったことか。今は形振り構っている場合じゃない。


 周囲の人が写り込まないように注意しながら、商店街や道端に転がっている猫など、思いつくところの写真を撮って投稿する。


 続いての燃料投下に、『意味不明』『普通の田舎街じゃん』『猫かわいい。十二支に入れるべき』などと返信がつく。


 その中で一件だけ、待ち望んでいた投稿があった。

 

『なんか、道に沿って筋みたいなものが見えるんだけど……。俺だけ?』

「よっしゃ!」


 思わずガッツポーズする。素早く『どっちの方向に向かってるか分かりますか? 直感でいいので教えてください』と打ち込んだ。

 

『猫で一回蛇行して、まっすぐ坂の上に行ってるっぽい』

「坂の上……」


 片手で自転車を押しながら、道の写真を撮っては投稿していく。人の良い見鬼さんは周りの嘲笑の声にも負けず、逐一ミヅキの残滓について教えてくれた。その間もSNSの書き込みは増えていく。


『そういえば、三槌山って山頂に古い神社あったよな』

『あったあった。お化けが出るから日が暮れたら行くなよって婆ちゃんによく言われたなあ』

『地元民多いなw』

 

 スマホから顔を上げて真正面に聳える山を見上げる。


 さっきまでオレンジ色だった空は、すっかり藍色に染まり、山影をより一層黒々と見せていた。

 

 冬だというのに好き放題伸びた雑草に埋もれた階段の脇には、『三槌山登山道』とレトロな文字で書かれた看板が立っている。


 山頂まではおよそ五時間。今から登れば深夜になるかもしれないが、万に一つでも可能性があるなら行くしかない。


 そうしないと、この恋心は行き場を失ったままだ。


『これが最後の写真です。何か見えますか?』

『暗くて見えづらいけど、階段の奥まで筋が伸びてる気がする』

『ありがとうございます! 後はこちらでなんとかします。良いお年をお迎えください』


 感謝の言葉を打ち込み、SNSを閉じる。こんな時間に山に登るお馬鹿さんは私の他にいないだろうが、自転車は念のために茂みの中に隠した。


 スマホのライトで足元を照らしながら、古びた階段を一歩一歩上っていく。


 突然の侵入者に驚いたイタチらしき動物が脇の茂みの中に逃げていった。


 登山道とは名ばかりの道には明かりがなく、鬱蒼とした森が広がるばかりだが、怖くはない。十二年前も通った道だ。

 

 太ももに疲労が蓄積されていくごとに、過去を思い出していく。


 十二年前の元旦。私は家を飛び出した。


 初めて目にしたミヅキが怖かったから。

 

 そう。私は恐ろしかったのだ。人智を超えた美しさを持つ神が。口元から覗く牙が。鱗の生えた肌が。人とは違う縦長の瞳孔が。


 見てはいけない世界を覗き見たみたいで。

 

 そもそも、巫女になるつもりも毛頭なかった。歳神様を迎えるのは光栄なこと。千年続く大切なお役目。本家の人間からそう言い含められるたび、古臭い風習に縛りつけるなと反発心を抱いたものだ。

 

 家を飛び出したのは、重い荷物から逃げたい気持ちもあったのかもしれない。


 何故この山を選んだのか、それは今もわからない。けれど、怒りと恐怖でぐちゃぐちゃになりながら階段を上ったのはハッキリと覚えている。


 徐々に暮れていく街の景色も、頬を伝う涙の冷たさも。

 

 カラスがしきりに鳴き叫ぶ中、寒さに震える私を迎えに来たのはミヅキだった。


 私が飛び出した理由に気づいているはずなのに、ミヅキは何も言わず、着物が汚れるのも厭わずに地面に膝をつき、鋭く伸びた爪で私を傷つけぬよう優しく抱きしめて、ただ寂しげに微笑んだ。 


 その時ようやく気づいたのだ。


『ああ、神様も私と同じなんだ』と。


 その日から私は、ミヅキの巫女として侍るようになった。何も知らないのに怖がるのは良くないと思ったからだ。

 

 次の年を迎えるまでの間、ミヅキとはたくさんの思い出を作ったと思う。


 春になれば桜の名所に赴き、夏になればセミ取りに興じ、秋になれば風に揺れる稲穂の数を数え、冬になれば降り積もる雪でお互いの雪像を作った。


 ずっとそばにいてくれる優しい存在に恋をするのは、自然の流れだったのかもしれない。


 閉じていた蕾が花開き、世界が一気に色づいた感覚は、十二年経っても私の中を巡り続けている。


「ようやく着いた……。こんなに長かったっけ?」


 階段を上り切った先には、とても鳥居とは言えない朽ち果てた木の枠組みがあった。


 かろうじて引っかかっている額には、『御左口……神……』と筆文字が書かれている。おそらく、この神社の名前だろう。

 

 荒い息を整えながら一礼し、中に足を踏み入れる。


 敷地の中はそんなに広くない。右手には水が枯れた御手水。正面には拝殿。左側は少し開けた地形になっていて、木々の隙間から年越しの熱気に湧き立つ街の様子が見下ろせた。


 時刻は二十三時五十分。ギリギリ間に合ったようだ。


「迎えに来たわよ、ミヅキ。あの時と逆ね」


 返事はない。けれど、ここにいるのはわかる。隠行なんて関係ない。私はミヅキの巫女だもの。


「あと十分で新しい年が始まる。約束の年よ。あなたの返事を聞かせて」

「……気持ちは変わっておらぬのか」

「変わってないわ。私はあなたが好き。お嫁さんにしてほしいの」


 強く風が吹き、周囲の木がざわめいた。愚かな考えを嘲笑うように。


 同時にスマホの電源が切れ、辺りが完全な闇に包まれた。しっとりと絡みつくような重苦しい空気の中から、蛇の威嚇音が聞こえてくる。

 

「神の嫁になるのが、どういうことかわかっておるのか? 人の理から外れ、高天原に縛り付けられる。永遠の牢獄じゃぞ」


 闇に浮かぶ二つの青い瞳がまっすぐに私を見据えている。その下の体が人を模したものなのか、それとも蛇なのかはわからない。けれど、十二年前に感じた恐れはどこにもなかった。


「牢獄上等よ。それであなたの花嫁になれるなら構わないわ」

「わしは歳神。十二年に一度しか人間界に降りられぬ。その孤独にお主は耐えられるのか?」

「単身赴任と一緒でしょ。今のご時世、テレビ電話もあるし、なんとかやっていけるわよ。今までだって、電話とメッセージで絆を繋いできたじゃない?」


 ミヅキが一瞬怯んだ気配がした。本人もそうだと思っているのだろう。「こ、子ができたらどうする」と続けた声は微かに震えていた。

 

「わしは神。人の世の戸籍というものはない。ててなし子にするつもりかえ?」

「シングルマザーだってたくさんいるわよ。千年前と違って色々と制度もあるの。お母さんたちだってまだ元気なんだし、ミヅキは心配しなくていいわよ」

「その家族はわしのことをどう思うとるんじゃ。家の行事に不参加の婿なんてのうさんきゅうじゃないのか」


 話の内容がどんどん現実的になってきた。結婚情報誌でも読んだのだろうか。


 これ以上、不毛な会話を続けていても埒が明かないので、言葉を遮るように吠える。


「つべこべうるさいわね! 私にはもう今しかないの! 嫁にしたいのか、したくないのか、どっち? この機会を逃せばお見合い結婚しなきゃならないのよ。私が他の男とつがってもいいの?」


 ぐう、と苦しげな声が聞こえた。


 それだけでミヅキの気持ちは十分伝わったが、どうしても言葉で返してほしい。


 ダウンコートを脱ぎ捨て、その場に跪いて首を垂れる。


「掛けまくも畏き水月夜刀神ミヅキヤツノカミ。岩倉暦が伏してお願い申し上げます。わたくしをあなた様の妻にしてくださいませ」


 少しの間をおいて、闇の中から現れたのは一匹の小さな白蛇だった。


 神力を使っているのだろう。周囲を青白い光で照らしつつ、恐る恐るこちらに近づき、青い瞳に困惑の色を浮かべて私を見上げる。


「わしは蛇じゃぞ」

「存じております」

「虎神や犬神みたいに格好良くはない。西洋じゃと文字通り蛇蝎の如く嫌われとるし」

「存じております」

「こう見えても千歳越えのジジイじゃし、龍神には馬鹿にされるヘタレ神じゃし……」

「だから知ってるって」


 ミヅキの体を両手で掬い上げ、大きく裂けた口に唇を寄せる。


 ひやりとした感触が生暖かくて柔らかいものに変わった時、目の前にいたのは十二年前と変わらぬ姿をした青年だった。


 青白い光に照らされた頬が赤く染まっている。十二年前にプロポーズした時も同じ表情をしていたっけ。


「で? 答えは?」


 ニヤニヤ笑いながら問う私に、ミヅキが「接吻までされてはのう……」と乙女みたいなことを言う。

 

「お主の願いを聞き入れよう。この瞬間から、お主はわしの妻じゃ。未来永劫愛すると誓おう」


 その瞬間、左側から花火が上がった。


 赤に黄色に白――色とりどりの光が闇夜を照らしていく。市が主催する年越しの花火だ。


 いつの間にか復活したスマホの画面にはゼロが三つ並び、新しい年の始まりを示していた。

 

「明けましておめでとう、ミヅキ」

「明けましておめでとう、わしの巫女殿」


 どちらともなく寄り添い、次々に打ち上がる花火を眺める。


 ミヅキはしばし黙って光の洪水に見惚れていたが、やがてふっと息を漏らした。


「どうしたの?」

「いや、千年前を思い出してしもうてな。ちょうど千年前の今日、ここで『千年後に私の子孫が嫁になってやるから契約しろ』と迫ってきた奴がおってのう。その時はただの戯言かと思うておったが、まさか本当になるとはな」


 それって初代様では?


 ということは、最初から全部知っていたということで、電話の内容はただの演技……。


 頭を抱える私を尻目に、ミヅキが懐かしそうに目を細める。

 

「この神社はわしが祟り神の頃にいた場所じゃ。思えば、十二年前のお主もここに無意識に惹きつけられとったのかもしれんの」 

「そんな話初めて聞いた。祟り神……だったの?」

「信仰が薄れてしもうて寂しゅうてな。だから岩倉には感謝しとるよ。お主と共に過ごした一年も、その後の十二年も、本当に楽しかった。わしを神でなく只人として扱うた巫女はお主が初めてじゃ」


 今までの十二年は無駄ではなかったのだ。


 黙って微笑み、私はミヅキの肩に頭を預けた。新しい年の始まりを噛みしめながら。 


 初代様、見鬼の人、ありがとう。


 私、歳神様を見つけました。





 

『まあ、おめでとうございます。神の嫁取りは何百年ぶりでしょう』


 スピーカーにしたスマホから、弾んだ声で初代様がお祝いの言葉をくれる。


 ものすごく白々しいと思ったが、大人なので「ありがとう」と返しておく。


「炎上したのは痛かったけど、おかげでミヅキを迎えに行けてよかったよ。報告が遅くなってごめんね。下山した後、疲れて寝ちゃって……」


 今は元旦の午後。もうすぐ日が暮れようかという時だ。


 寝て起きた頃にはSNSの話題も年明けのテレビ番組に移っていて、心配し過ぎて食べ物が喉を通らなかった家族も落ち着きを取り戻していた。

 

『構いませんよ。私も神々にお願いした甲斐がありました。まさか三槌市の氏神様が手を貸してくださるとは……。縁を引き寄せるのも巫女の能力のうち。成長しましたね』

「えっ?」

 

 ということは、あの見鬼は神様?


 スマホを見下ろしたまま固まる私に、コタツでぬくぬくしていたミヅキが近づいてきた。

 

「なんじゃ、気づいておらんかったのか。お主の写真を晒したいんふるえんさーとやらも稲荷神じゃったぞ。お主が撮った猫も猫神じゃ。『猫かわいい』って自画自賛しとった奴がおったじゃろ」

「SNS見てたの? なら、連絡くれてもよかったじゃん! なんで既読スルー決め込んでたの?」

「お主と向き合うのが怖かったんじゃ。わしにとっては十二年などあっという間。ついこないだぷろぽうずされたようなものじゃ。まだ心の準備ができておらんでの……」


 頬を染めて着物の両袖で顔を隠す。なんという乙女。人間でもここまで初心なのはいないかもしれない。


 このヘタレ神と付き合っていくのはなかなか大変そうだ。でも、離れるつもりは毛頭ない。


 三千世界の果てまでも侍ると決めたのだから。


「まあ、いいわよ。こうして結婚できたんだから。今年一年で十二年分の思い出作ろうね」

「そうじゃな。今年は何をする? 雪像作りか? 高天原で練習したんでな。セミ取りも上手くなったぞ」

「もう子供じゃないんだから……」


 唇を重ね合わせようとした時、『仲がよろしくて結構ですね』と初代様の声が響いた。しまった。通話切るの忘れてた。

 

『十二年後まで待たなくとも、巳の日には降りられますよ。高天原も最近わーくらいふばらんすが浸透していますから』

「は?」


 巳の日とは十二日に一度やってくる日だ。つまり一ヶ月に二回は会えるということで……完全に単身赴任と変わらないじゃん。


「知ってた?」と問うと、ミヅキは激しく首を横に振った。千年生きていると世情には疎くなるらしい。


『本当におめでとう、暦。幸せにね』


 最後にご先祖様らしいことを言って、初代様は通話を切った。

 

 その場に残ったのは沈黙だ。


「お、怒っとるかの……?」

 

 おずおずと見上げてくるミヅキの前で、私はお腹を抱えて笑った。初笑いだ。


 拝殿に響き渡る笑い声に、ミヅキも釣られて笑う。


「今年もいい一年になりそう!」

 

 見た目よりも逞しい胸の中に飛び込み、白檀の香りを思いっきり吸い込む。


 優しく頭を撫でてくれる手のひらの感触を感じながら、そっと目を閉じた。

 

 私は歳神様の巫女。世界の安寧と五穀豊穣を祈るのが務めだ。

 

 全世界に幸あれ!


 ハッピーニューイヤー!

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