絶叫マシン克服計画

@kojikoji7g7g

第1話 大好きなあの子は絶叫系

カタカタカタカタ

空は信じられないくらい青く、雲一つない。陽を遮るものは、何もなく直射日光が肌を焼く。上半身を締め付ける安全レバーが蒸れて暑い。


カタカタカタカタ

そう僕は今、まるで天国へ登るレールの上を拷問器具に縛りつけられて進んでいる。向かう先は天国ではなく、地獄だと知っていながら。


カタカタカタカタ


絶叫マシーン克服計画

〜第一話 大好きなあの子は絶叫系〜

 キーンコーンカーンコーン、キーンコーンカーンコーン。

「しゃー、終わりー!」

「ねぇ、この後かき氷食べに行かない?ほら、あの鶴橋駅の2000円くらいするやつ!」

「ごめん、今日バイトだわ。まじ萎え萎え侍。」

「じゃあ、今日うちらで下見行くから美味しかったら……」


わからない。本当にわからない。

終業のチャイムと共に、学生たちが各々のグループで下校していく中、大元裕司は鞄に教科書を詰めながら考えていた。

なぜ、氷を食べるためだけに電車にのるのか。

なぜ、水を凍らせただけのものに2000円も支払えるのか。

そして、なぜ誰もその事実になぜと思わないのか。


裕司はその理由を知っていたし、その解を導き出すことはそこまで難しいことではない。ただ、何となくそれを口に出さないのが暗黙の了解であり、大人の節度というものなのかもしれない。

その理由は、SNSなどに投稿することが目的だと祐司は察している。食に対する価値観はもはや、身体にいいや美味しいではなくその食べ物が、いかに可愛いか、いかに写真映えするかにかかっている。

可愛い食べ物を可愛い自分と自分よりはちょいブスだけど、世間的に見れば可愛い部類に入る友達と写真が撮れればそれで良いのだ。

きっと、そのうち可愛いう○ことも写真を撮りかねない時代が来てもおかしくないだろうと裕司は本気で思っている。

祐司がわからないのは、そのような暗黙の了解を全員が抱えていながらも、それでもそれほど美味しくもないものを食べに行くその行動力である。

もちろん、裕司も食に全く興味がない訳ではないが彼の中で本当に大事にしていることは何を食べるかではなく、誰と食べるかなのである。



(今日も美麗ちゃんは綺麗だなぁ。)

祐司は同じクラスの高城美麗に恋をしていた。美麗は物静かな性格で綺麗に整えられた長髪の黒髪はまさに高嶺の花であった。男子生徒からはその外見と控えめな性格が神々しく写った。才色兼備。一部の生徒からはそのように呼ばれていた。

裕司も一応は高校2年生であり、それ相応の悩みもいくつかある。おかずがなかなか決まらず、夜更かしでした自慰行為のせいでニキビが増えれば洗面台に立つ時間が2分は増えるし、最近コンタクトに変えてみたりもした。

隣りの席のブスに

「イメチェンおもろ」

と言われた時には本気で殺してやろうと思った。ティーンエイジャーはそれくらい繊細だし、妄想の中でなら何人もの人を手にかけている。


しかし、それでも祐司の気持ちは浮き足だっていた。そう、彼の中で春は来ていたのだ。それは、この前の運動会でのクラスの打ち上げでの出来事である。



「えー、この度はー、えー、みなさんにお集まりいただきありがとうございます。楽しい2時間にしましょう。乾杯!」

「乾杯ー!!」

学級委員長の締まりの悪い挨拶と共に宴は開かれた。2時間3500円焼き肉食べ飲み放題。高校生にはこの上ない贅沢である。肉にしても、どれも薄くて硬い。しかし、そんな肉ですら誰と食べるかでA4、A5の肉にもなりうる可能性を秘めている。

何故なら、今座っている4人の座席には俺と健吾と森川さんと、み、み、美麗ちゃんが座っていらっしゃるのだからだ。森川さんもかなり可愛い部類には入るだろう。

しかし、み、み美麗ちゃんの美しさなんたるや、もはや月とスッポンの極みである。もちろん、森川さんのスッポンは格段に可愛い。

「そういえばさ、高城さんって好きなものでもあるの?」

と健吾。彼は特別勉強が出来る訳でも、顔がいい訳でもないがその物怖じしない性格と誰にでもフレンドリーに話しかけることが出来るため、男女問わず友達が多い。裕司もそんな健吾のことを好いているし、実際この時の質問も

(健吾!よく聞いてくれた!!)

と心の中で小躍りしていた。

「確かにぃー、高城さんってぇー、本読んでるイメージしかないぃー」

森川さんは、にぃーとか、てぇーとか母音を伸ばす癖が鼻につく時があるが基本的には優しい子だと認識している。確かウサギを飼っている。

「好きなものか、そうだな〜」

と小首を傾げて考えるみ、み美麗ちゃんは、尊い存在だ。他の女子がきっとこの仕草をするときっと、あざとく感じて冷めてしまうだろう。

しかし、み、み美麗ちゃんの仕草は何とも自然であり、女性的であり、相手を癒す力を持っていることか。

「1つある。」

み、み美麗ちゃんは、右斜め上にあった視線を正面に座っている裕司の視線と重ねた。裕司はこの時のことを、この時の高城美麗の瞳の奥に映る炎を鮮明に覚えている。

それは単に、七輪の中にある備長炭が映っているのではなくもっと熱く、濃く、地獄に燃え広がる紅蓮の炎の如く勇ましい何かが垣間見えたのだ。裕司はただ、口の中の白米を飲み込み、次の言葉を待った。





「実は絶叫マシーンっていうのかな。ジェットコースターとか好きなんだ。」



「へー、意外ぃ〜。何か高城さんってぇー遊園地よりぃーおしゃれカフェって感じぃー。」

森川さんは勉強が出来る方ではないが、この考えには賛成できる。

「実は、言うのちょっと恥ずかしかった。でもね、あれできゃーって言ったら日常のストレスとか嫌なことがどうでもよくなるの。スッキリするんだよね。」

これも裕司には意外だった。み、み、美麗ちゃんにもストレスが溜まるのもそうだし、何より大声を出すのが意外だった。その白くて細い首、小さな口からどのように大きな声が発せられるのか想像もつかない。

「俺だったらカラオケで長渕だわ。」

健吾は、カラオケが大好きで特に最近の推しは長渕剛だ。Z世代といわれる今日では貴重な存在なのかもしれない。

「私、カラオケ苦手なんだよね。コンクールでもいつもピアノでしょ。」

「あれって、ピアノの弾けるの高城さんしかうちのクラスいないからじゃないの?」

「ワタシだって弾けるわぁーい」

「森川も、へー」

「へーってぇ」

「弾ける人結構いるんだけど、私歌自信ないから、いっつもピアノ立候補するんだ。」

急にみ、み、美麗ちゃんの人間味を知ってしまったせいか、

「へー、美麗ちゃんにも苦手なことってあるんだ。」

という独り言が無意識のうちに出てしまった。3人の視線で裕司はとんでもないことを口にしたことに気付く。

「裕司、さっきまで肉ガッついてるかと思ったら何を思い老けた様に言ってんの。」

健吾の一言により、その場は笑いに変わったものの赤面した顔をなかなか上がることができない。


コーラを流し込み冷静さを装って何とか難を逃れることが出来た。休息もつかの間、森川さんが僕に畳み掛ける。

「てかさぁー、美麗ちゃんってなにぃー?もしかしてぇー付き合ってんのぉー?」

急いで、否定しようとした。しかし、この時の裕司は冷静だった。仮にここで裕司が否定するとなると、み、み、美麗ちゃんはどう思うだろうか。付き合ってはいないが否定されることに良くは思わないだろう。

まして、本人が目の前にいるのに強く否定は出来ない。裕司は、コーラで得た糖分をふんだんに駆使しそんなことを考えている最中

「付き合ってないよ、そんな訳ないじゃん!」

と一刀両断。見事な切れ味で、半ば満身創痍ではあったが何とか踏ん張った。裕司は、たまに優しすぎるところがあるため身を削る思いを度々してきた。しかし、そんなそれでも思わぬ手柄を立てる。

「でも、美麗ちゃんって下の名前で呼ばれるの何か新鮮でいいな。私、高校では高城さんとか呼ばれないから。」

「だったらさぁー、今日からぁー、美麗ちゃんって呼ぶのはどぉー?」

何だかこれは、いい流れになってきたんじゃないだろうか。怪我の功名とはこのことかと裕司はことわざと肉を噛み締めた。

「いいじゃん、よっしゃ!今日から俺たちの中では美麗ちゃんだ!いいよな、美麗ちゃん?」

「うん。」

「そしたら、美麗ちゃん生誕祭だ!カンパーイ!」

「カンパーイ!!」


み、み美麗ちゃん生誕祭も無事に終わり2年A組の運動会の打ち上げも無事に終えた。学級委員長の締まりの悪い挨拶も2時間の中で打ち解けたのか、温かなガヤの中、笑いに包まれてのお開きとなった。

帰りの電車に揺られながら裕司は今日の成果を振り返っていた。み、み美麗ちゃん公認の、み、み美麗ちゃん呼びだ。他の2人も同じように呼ぶのは少し面白くなかったが、カモフラージュと思えば悪くないだろう。み、み美麗ちゃんとお近づきになれた訳だし晴れて明日から堂々と

「おはよう!美麗ちゃん!」

「美麗ちゃん、昨日の金ダウ見た?」

「美麗ちゃん、お弁当のおかず交換しない?」

と話かけられる。それからの帰路は、早かった。家の前に着いた時、途中気掛かりな約束があったことを思い出した。

「今度さぁー、みんなでぇー、ぜぇったいに行こうねぇー、ひらパー」

森川さんがこんなことを言っていた気がする。

「うん、行こうね!私、学校帰りに制服で遊園地行くの夢だったの!」

いちいち夢が可愛いな。み、み美麗ちゃん。

「よっしゃ、バイト代貯まるぞ!裕司もちゃんとバイト代貯めとけよ。」

健吾は、いい奴だ。みんなで遊びに行く予定は誰かを出し抜いたりしない。あの時のみんなの顔、楽しそうだったな。風呂も上がり自分のベッドに入った瞬間、睡魔が一気に裕司を襲った。

ま、遊園地の約束もその場の社交辞令だろ。俺絶叫とか、マジでダメ出し、高所恐怖症だし。あんな悍ましい乗り物のために、何時間も並んで待つなんて考えれないね。ちょっとずつ4人どっか遊びに行って、それで今より仲良くなれたら2人でデートだ。あぁ、何て幸せ何だろう。

おやすみ、今日はありがとう。森川さん、健吾、み、み美麗ちゃん。



カタカタカタカタ

「裕司くん、もうすぐだよ!」

地獄へと向かう拷問器具は間も無く頂点へと到着しようとしている。

カタカタカタカタ

「すっごいドキドキするね!」

この声は、み、み美麗ちゃんなのかい。安全バーで顔が見えないよ。

カタカタカタカタ

「見て、さっき乗ったメリーゴーランド!あんなに小さいよ!」

み、み美麗ちゃん。君は僕にとっての天使なのかい。それとも地獄へと導く、死神かな。


カタカタッガッチャン!

「来るよっ!来るよっ!」


拝啓 お母さんへ

 お家の中は快適ですか?今日は休みの日なのに、朝からご飯を作らせてごめんなさい。お母さんの料理はどれも美味しくて、すごいなといつも思います。その中でもやっぱり鳥の唐揚げは格段に美味しいです。小学校1年生の遠足を覚えていますか。小学校に上がって初めての遠足、場所は鶴見緑地公園だったと思います。この日もお母さんは、僕のために大好きなからあげをおべんんんんんんんっっっ!!!


けぇぇぇぇぃぃぃいいいいいいいぐぇええあああぁぁー!!

裕司


絶叫マシーン克服計画

〜第一話 大好きなあの子は絶叫系〜

                         完

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