狭間の世界
風馬
第1話
もう歩きたくない。耳を塞ぎたい。
歩くたびに、ミシミシ、プチプチと耳障りな音が響く。嫌な音だ。
この音は、奴を踏み潰す音。潰されて死んでいく音。
ここには僕と奴しかいない。
狭間の世界――現世でもなく、天国でも地獄でもない、どこか別の場所。
どうしてこんなことになったのだろうか。
僕は「虫も殺せない」と評されるほど穏やかな性格だった。けれど、大嫌いな虫が一つだけいた。
そう、「ゴキブリ」だ。
見るだけで寒気がする。触るなんて絶対に無理。あの艶やかな身体、素早い動き、嫌悪感を掻き立てるすべてが憎かった。
だから僕は、奴の存在を消すために悪魔と契約した。
最初の願いは単純だった。「僕の目の前から奴を消してくれ」。
その願いが叶い、それからしばらく、僕の生活は平穏だった。
だが、それはほんの一時の安寧に過ぎなかった。
事故で命を落とし、閻魔様の裁きを受けることになった僕は、意外にも天国行きを言い渡された。
「虫も殺せない心優しい性格」が評価されたらしい。
けれど、天国に着いた僕が見たのは……奴だった。
天国にも奴がいるなんて、誰が想像しただろう?
嫌になった僕は再び悪魔を呼んだ。二度目の願いは「天国から奴を消してくれ」。
その願いも叶えられ、再び平穏が訪れた――そう思った矢先だった。
些細な不注意で、僕は足を滑らせ、天国から地獄へと真っ逆さまに落ちていったのだ。
そこは、言葉通りの地獄だった。
奴が無数に這い回り、目の前をパサパサと飛び交う。逃げ場もなく、耐えられる状況ではなかった。
僕は三度目の悪魔を呼び、「地獄から奴を消してくれ」と願った。
その願いもすぐに叶えられ、奴の姿は消えた。
だが、代償は大きかった。悪魔は僕の魂を抜き取り、地獄からもこの世からも僕を消し去ったのだ。
そうして僕は、狭間の世界へと追放された――ここには僕一人と、奴しかいない。
ミシミシ、プチプチと続く音。耳を塞いでも聞こえてくる、あの音。
ここで僕は、永遠に奴と共に過ごすのだろう。
光のない世界で、ただその音に怯えながら。
狭間の世界 風馬 @pervect0731
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