ep.019 学園のエミル、回りだす運命(3)

一度寮にオカリナを取りにいった後、僕は街に繰り出した。


楽器店に向かい、手入れしてもらうためだ。


故郷が襲撃にあってからは、ずっとこれを吹く気になれずにいたけれど。

今日は、自然と吹きたいと思えた。



懐かしかったからかな。


久々にあの夢を見て。


マリーと師匠に会いたくなってしまった。


マリーは同じ学園にいる事が分かっているからいい。

師匠はいま、どこで何をしているんだろうか。



あの襲撃以降、師匠は姿を見せなくなった。


あの師匠が、死んだ、なんてことは考えられない。


両親を失った僕とマリーは、同じ孤児院に引き取られた。

でも師匠は、一度も顔を見せに来なかった。



なんて思案しながら街を歩いていると。

とん、と人に肩をぶつけてしまう。


「あ、ごめんなさい」


慌てて避けた拍子で、カバンからオカリナが転げ落ちてしまう。



しまった!



拾おうと向き直ったところで。


ぶつかってしまったその男性が、わざわざ屈んでオカリナを拾ってくれた。



「あ、ありがとうございます」


「気を付けて。大事なものでしょう?」



その人は、大事そうに僕の手のひらの上に置いてくれる。


目が合う。

広いつばのハットが似合う、優しそうな紳士だ。


でも、なんだろう。

ほんの少し、居心地の悪さを感じる。


僕を見ているようで、見ていないような。



「君の演奏、楽しみにしているよ」


男性は踵を返すと立ち去っていく。



総白髪だけど、そこまでの歳のようには見えなかった。

清潔に整った身なりからは、貴族とも商会の人とも取れる。



まじまじ見たら失礼だ。


早くお店にいこう。




---




楽器店でオカリナを診てもらったあと。


正午を回る少し前には、学園に戻ってきた。


手入れはしていたものの、随分吹いていなかったから心配だったけど。

大きな補修はいらずに数刻で終わった。


はやく試してみたい。

どこがいいかな。


屋外訓練場の裏手あたりなら、演奏しても目立たないかもな。



構内を移動する。


休講になったこともあり、いつもよりは人が少ない。

3組、4組が実戦訓練に出ているのもあるか。


教官陣も見ない。



屋外訓練場の裏手に入り、花壇の傍に備えられたベンチに陣取る。


「ここなら人に聴かれなさそう」


訓練場内から届く喧騒が、いいカモフラージュだ。



オカリナを吹く強さ、指の押さえ方。


少しずつ昔を思い出しながら、吹いていく。

マリーによく聴いてもらっていた曲だ。


うん、大丈夫そうだ。



「ごめんよ、放っておいて」



オカリナを目の前に掲げ、謝っておく。

喜んでくれている気もする。


なんてね。



あれから7年。

勿体なかったな、と今更ながら思う。


思い浮かぶのは、マリーの顔だ。

彼女は、僕の演奏をもう一度聴いてくれるだろうか――



いやいや、未練がましすぎる。


首を振って甘い妄想を振り払う。



彼女の『1組』は、学園筆頭の特待生が集うクラスだ。

すでに最前線で、重要な任務に就いていると聞いた。


少しでも追いつけるよう頑張らないと。




「エミルくんじゃない」



僕がオカリナを吹いていると、後ろから声をかけられた。


「ヴァイモンドさん」



彼女は汗ばんだ顔をタオルで拭っている。

訓練場から聞こえていた爆発音は、彼女だったか。


いまは制服ではなく、動きやすそうな練習着姿だ。


汗で肌に張り付いた服は、身体のラインが分かりやすく……


いや何を見ているんだ僕は。



「家の名前で呼ばれるの、嫌いだって言ったと思うけど」


「あ……ごめん」


そうはいってもなぁ……

学内では身分による優劣をつけない、という不文律があるけど。


孤児院出身の自分からすると、いまだに恐れ多い。



「じゃあ……アーチェットさん」


「よし。次は丸焦げにするからね」


満足した顔で、彼女はベンチの隣に座る。


……ん? 居座るの?



「楽器の演奏できるのね」


手元のオカリナを珍しそうに見ながら、そんなことを言う。


「うん、昔だけどね。久々にやってみようと思って」


「もう一度聴かせてみてよ」


ええー……


勘を完全には取り戻せていないし……

彼女に聴かせるとなると、恥ずかしい気持ちが勝る。


「いやぁ、聴かせられるようなものじゃないし」


「ふぅん、そう……」


興味を失ってくれたかな。



「そっちのほうが、似合ってると思うけど」


う……

相変わらずキツい。


でも、普通はそう思うよね。


戦闘においては、足手まといも足手まといだ。

よく入学できたものだと自分でも思う。



彼女は僕の表情に気づいたのか。


「あ、違うのよ! そんな意味で言ったんじゃなくて」


なんて、フォローしてくれる。



彼女は少し逡巡するような表情を見せると。


「……朝のこと、ごめん」


「朝……? 何かあったっけ?」


あの爆音のことか?



彼女は明後日の方向を向いて続ける。


「聞かせるつもりはなかったんだけど」

「ひどいことを言ってしまったと思って」


ああ。


朝、こっそり言っていたあの言葉だろうか。

“無駄だって気づけ”……みたいな。


僕は人より耳がいいみたいで、この類のことは割とよくある。


「まぁ……事実だしね。気にしないで」


手巾を取り出して、オカリナを拭く。

アーチェットさんの邪魔をしないように、離れるか。



そんな僕を見て、彼女は何かに迷って。


意を決したように聞いてくる。



「どうしてあなたは、そんなに頑張れるの?」



……どうだろうか。


頑張れているんだろうか。


あの時の、村を、マリーを守れる力を身に付けたい。

その一心で学園に来たわけだけど。


時が過ぎるほど、周りとの差を痛感する。



「アーチェットさんの方が、もっと頑張ってるじゃない」


素直に伝えるのが恥ずかしくて。

ごまかし気味な回答をしてしまった。



だけど意外にも、彼女は悩む様子を見せて。


「ううん、わたしは……」


何かを言おうとして、言い淀む。


……なんだろう。

気にはなるけど、どこまで深入りしていいのか。



……ん?


何か、校内が騒がしい気がする。

僕は辺りを見回す。


「……? どうかした?」


彼女はきょとんとした顔だ。



「何かあったみたいだ」


構内にいる生徒たちが、全員移動し始める気配。

行き先は、教室棟か?


「……エミルくん、ほんと耳良いわよね」


アーチェットさんも立ち上がり、辺りの様子を伺う。



そこにちょうど、うちのクラス『5組』の教官が走ってくる。


「アーチェット、エミル」

「ここにいたか。悪いが今すぐ教室に集合してくれ」


そういうや否や、すぐに教官は走り去っていってしまう。



僕らは顔を見合わせる。



「……ただごとじゃ、なさそうだね」


「ええ、教室に戻りましょう」




---




制服に着替え直したアーチェットさんと、一緒に教室に戻る。

『5組』の面々は既に全員揃っていた。



「よし、これで全員だな」


僕らが席に着くのを見届けて、教官は口を開く。



「——王国軍本部から、君たちに正式な“要請”が出た」


「“アルヴァレ”への救出作戦だ」



きゅっ、救出作戦?



実戦訓練だとしたら、予定よりも早い。


クラス全員、まだ状況が飲み込めていない。



「3組が本日、実戦訓練中に“遊魔の大量発生”に遭った」


――遊魔。

クラスの空気が引き締まるのが分かる。


たしかに3組と4組は、先日から実戦訓練に出ていた。


「彼らは退路を完全に断たれ、谷の狭間で孤立している格好だ」



鉱山都市アルヴァレ。


鉱石資源が豊かな、長い谷間に作られた街だ。

フェルデンなどの、北方都市への玄関口でもある。


谷の壁面を利用した独特の町並みは、観光名所として有名だけど……


谷間を通した“一本の街道”でしか行き来ができない。


そこに閉じ込められたってことか。



教官は続ける。


「当初、正規軍と教官陣での救出作戦を検討していたが……」

「国境近辺を中心に、同様に大量発生が群発していることが先ほど分かった」


「正規軍は今、そちらの対応に火の車だ」



……なんてことだ。


記憶の蓋が開いて、胸がずきりとする。

否応なく、7年前を思い出してしまう。



ハイムが手を挙げる。


「救出作戦には、俺ら5組以外のクラスも?」


教官は首を振って答える。


「2組には、万一に備えた王都守備に参加してもらう」

「我々教官陣は二手に分かれ、一方は救出作戦にも加わる想定だ」


「傭兵への要請も行っているが……望みは薄いだろう」



正規軍のバックアップがない。

そして、ほぼ5組単独の作戦。



クラスが静まりかえる。



教官はひとつため息をつくと。


クラスを見回しながら、ゆっくりと話す。


「学園生と名がつくが——君たちは実質、王国軍のエリートだ」

「こういった局面に対応すべく組織された、特務部隊といってもいい」


そうだ。


だからこそ、僕も入学を目指したんだ。



教官は一度瞑目し、言い聞かせるように告げる。


「大丈夫だ、いつもの訓練通りにやればいい」

「私は、君たちなら乗り越えられると信じている」




僕に何ができるかは分からない。


だけど、もう二度とあの気持ちは味わいたくなかった。

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終わりに響くRe:sonance 円伝一夜 @KYOSIN

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