第3話 【交渉】スキルってすごい。

「危っぶねぇ‼」


 ———ガチン‼


 間一髪。

 バックステップで何とかメアリの攻撃を躱し、彼女の牙は空中を噛む。


「念のため距離を取っといてよかった。レベル10の俺が、レベル40ぐらいのボスの吸血女王ヴァンパイアクイーンを食らったら一発アウトだからな……それよりもメアリ・ブラッドブルム! 話がある! ……って大丈夫か?」


 視線を下に向ける。

 とりあえず言葉で攻撃を止めてもらい、交渉をしようと思ったが、そうするまでもなくメアリは倒れて、地に這いつくばっている。


「……この私が……魔力が回復していたら、こんなカスみたいな人間八つ裂きにできたものを……!」


 左肩を押さえて苦しそうに呻き、顔にはびっしりとたまの汗を作っている。

 苦しそうだ。

 そして、


 グゥ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~……!


 大きな腹の音が鳴った。


「————ッ!」


 恥ずかしそうにメアリの顔が真っ赤に染まる。


「……無礼な態度を働いて悪かった。別にお前を侮辱して投げたわけじゃない。ただ、不用心に近づくのはマズいなと思っただけだ。ほら」


 別の袋から、また別の【ウサギ肉】を取り出して今度は丁寧に彼女の口元に近づける。


「食べろよ。腹が減ってるんだろ?」

「……人間からの施しなど受けない。私は誇り高い魔族で魔王軍の幹部だ」

「安心しろ。黙っといてやる。他の魔王軍の人間には言わない」

「本当に?」

「神に誓って」

「そうか、それならば……」


 ニヤリ……! とわかりやすい悪だくみを思いついた笑みを浮かべて、メアリは俺が差し伸ばす【ウサギ肉】をがつがつと食べ始めた。

 やがて全て食べ終わると———彼女の身体が発光し始める。


「馬鹿な人間。この程度でも魔の物の肉を食えば魔力は多少なりとも回復する!」


 立ち上がり、右腕に全身の光を集めると、炎の球が生まれる。


「貴様に黙ってもらわずとも! ここで命を断てばこの屈辱を知る同胞など存在しない!〝飛び弾けろ、炎よ〟————【炎の球フレイドル】!」


「を———俺に飛ばす前にちょっと考ようか、メアリ・ブラッドブルム」


「あ?」


 彼女が詠唱した炎の魔法は———結局俺へ向かって飛んできた。


 ヒュン……!


 だが、そちらも間一髪。俺の頭の横を掠めて、魔法の炎の球は後方へと飛び去り、洞穴の土壁に当たって弾けた。


「人間。貴様今なんと言った?」


 俺の言葉に気をとられて、狙いを外したメアリは戸惑いの表情を浮かべた。


「考えて欲しい。そう言ったんだよ、メアリ・ブラッドブルム。俺は【商人】だ。外れスキルの雑魚キャラだ。そんな俺を殺すのはお前にとって赤子の手を捻るよりも簡単だろう。いつでもできる。いつでもできるのなら、少し余興に付き合おうとは思わないか? 【交渉】という余興に。なぁ? 偉い魔王軍幹部、吸血女王ヴァンパイアクイーン様」

「……交渉?」

「———ああ、ここからは【交渉】の時間といこうか」


 両手を顔の前で合わせて、あくまで余裕の笑みを浮かべてメアリの眼を見る。


「俺とお前が協力することで発生する今後のメリットの話。上手くいけば勇者一行に復讐するどころか、この世界を支配できる。魔王軍幹部をやっていた時よりもいい暮らしができる。そして———お前のその左腕」


 彼女の痛々しい、隻腕と化した左腕を指さした。


左腕それはもう元には戻らない」

「…………ッ!」


 勇者に切り落とされたまま、彼女はずっとそのままの姿で生きのびる。

 本来の『ファイナルクエスト7』のシナリオでは、サブイベントで彼女は再登場する。魔王を倒した後の裏ボスとして。クリア後のおまけ要素として。


 そこでの描かれ方は———左腕を自分の血を固めた〝モノ〟でおぎなって戦う、彼女の姿だ。


 メアリは時間をかけてじっくりと魔力を回復させ、吸血女王ヴァンパイアクイーンらしく血液を自由自在に操り、物体を形作った。それで真っ赤な血で固めた腕を構成させて義手として使い、以前にボスとして立ちはだかったよりも強力な存在となって勇者一行に立ちはだかる。


 そんなキャラなのだが、結局彼女の美しい肌色の左腕は元に戻ることはなかった。


「左腕は元には戻らない。だが、それはあくまでお前が一人孤独に居続けた場合だ。お前が俺の仲間になれば、その腕を元に戻すことができる。強力な蘇生・復元魔法を使える【僧侶】との繋がりコネクションを作り上げることができる。俺は人間で、【商人】だ」

「……馬鹿が! 魔力を回復させることができれば、貴様の助けなど借りずとも! 仲間の元に戻り、腕の復元を……!」

「仲間が協力してくれると思うか? 魔王軍なんて仲間意識なんて欠片もないだろ? 一度失敗して地位も全て失った高慢こーまんちきな女を誰が助けるよ? 他の六天将軍だっけ? どうせお前はそいつらのこといつか蹴落としたいライバルとしか思ってなかったんだろ? そんなライバル達の方は都合よく好意をお前に向けていたと思うかよ? あっちも同じように蹴落としたいライバルと思ってるよ」

「う……! ウゥ……!」


 しまった正論を言い過ぎた。

 図星を付かれたメアリは涙目になってしまった。

 だが、裏ボスキャラをここまで言い込めることができるとは、【交渉】スキルってやっぱり、転生してこの世界をリアルに生きるとなると———チートになる。

 『ファイナルクエスト7』はあくまでRPGゲームだ。テキストも選択肢もゲームクリエイターが用意したもので、交渉ごとの成否もランダムである。乱数によって決まる。


 だが、この世界で生きて、言葉を自由に紡げるとなると———スキルである【交渉】はチートになる。


 おそらく魔力でブーストされている俺の言葉は、例え本編クリア後に立ちはだかる裏ボスである最強吸血鬼ヴァンパイアクイーン———メアリ・ブラッドブルムでも心を動かされ、やがて———、


「……本当? 本当に、あなたに協力したらこの腕、元に戻る?」


 うるうると———「仲間になりたそうにこちらを見る」。


「ああ、元に戻せる。俺は【交渉】でいろんな奴を仲間に出来るし、この『ファイナルクエスト7』せかいの情報もある程度は頭に入っている。それに科学技術の進んだ日本という国も知っている。回復魔法が魔族だから効かない可能性も考慮して、その場合は義手でも作ればいいだろとも考えている。素材シリコンを掘り当てたり魔法で作ったりすれば、何とかなるだろ」

「……途中から何言ってるかわかんなくなったけど。確かにあんたに協力したら私にとって得な気がするワ」


 涙を指で拭いながら、手をメアリは差し伸ばす。


「———仲間になってくれるか? 吸血女王ヴァンパイアクイーンメアリ・ブラッドブルム」

「わかったわ。なる。私は今日からあんたの仲間よ」


 彼女の伸びた手を俺はがっしりと握りしめた。

 固い握手を結んだ瞬間———また彼女の全身から魔力の光が沸き始めた。


「油断したな馬鹿な人間め———!」


「女の子なんだから。ちゃんと綺麗な腕は取り戻したいものなぁ」


「———え?」


「どうせ魔王軍幹部とか六天将軍とか、親から押し付けられただけど本当はやりたくなかったんだろ? 女の子なんだものな。それで腕まで失ってるんだから世話はないよ。辛かったな。だけど、もうそんな日々は終わりだ。これからはもっと気楽に生きていこうや。一人の女の子として」

「え……えぇ……⁉」

「な?」


 なんか思いついたことを適当に言ったら、彼女から立ち上った魔力の光が何故だか消え始めた。


「は、はいぃ……そ、そうしようと、思います……」


 そして顔を真っ赤にして、なんだか肩を縮こまらせて俯いてしまった。


 あれ? またなんか言い過ぎちゃいました?


 やっぱこの【交渉】スキルって、チートだわ……。

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外れジョブの【商人】の悪役貴族に転生したが、何か【交渉】スキルがチートだったので、何か無双する。 あおき りゅうま @hardness10

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