語部部 泉子さんのちょっとだけ怖い話「垂れ下がり続ける」
鳥辺野九
第3話 垂れ下がり続ける
「天井にぽつっと一つの染みがあるのよ」
イメージしてみ。泉子先輩はお布団にゴロンと寝転んで天井を指差した。私も真夜もそれに倣う。ゴロン、ゴロンと川の字だ。
我ら語部部(仮)の温泉合宿の夜。当然、怪談百物語って展開になるわけで。顧問のキミッチ先生は怖いの苦手だからって露天風呂に逃げた。これで泉子先輩の独壇場だ。
「何の染みだろう? って見ていると、瞬きした隙に染みが二つに増えている」
私は泉子先輩の低いかすれ声を耳にしながら部屋の天井を仰ぎ見る。木目がきれい。まるで波打つ波紋。でもその波紋は粘性がある水に歪められて乱れている。あちらの木目はゾウリムシ。こちらの波紋はムンクの叫び。シミュラクラ全開である。
「何で染みが増えるんだろう。不思議に思って見ていると三つ、四つ。横一列、等間隔に五つ目、六つ目が現れる」
お布団に仰向けになって、ちらっと真夜を見やるととろんとした目で天井に目線をさまよわせている。眠そうだ。まだ百物語も第三話目。先は長い。
「染みは二つのグループのようだ。等間隔に七つ、八つと現れるが、四つずつ、二つのグループに分けられる」
天井を眺めていると、泉子先輩の低い声の通りにシミュラクラがぐにゃりと変化するからおもしろい。ゾウリムシはモゾモゾ動き出し、ムンクの叫びはひゃっほうと喚き散らし、染みは九個目と十個目が滲み出てきた。
そうか。わかった。五つ横に並んだ等間隔の染み、その染み集団が二つ。つま先だ。
「染みはついに九、十個目と出現する。大きさが微妙に違う。天井から突き出てる長さも違う」
私の想像力が泉子先輩の声を追い抜いてイメージを作り上げる。怪談話のおもしろさ。それは想像力の暴走と、それ裏切られる緊張感である。私は思う。つま先は、何故天井からぶら下がっている?
「それはつま先だ。それがわかれば後の展開は早い」
私の想像力よ、もうちょっと待て。オチはお預け。言葉を待とう。
「3Dプリンターがモデルを構築するように、天井からどんどんつま先が飛び出て来る。そして、足の裏が完全に見えるくらい飛び出てきて、A子さんは気付いたんだ」
私のイメージでは、すでに力無い足首までだらりとぶら下がっている。そうだ。吊り下げられて、それはどんどん下に伸びてきているのだ。
「上の階の住人、ぶら下がっているんだ……。でも何故どんどん伸びてきているんだ? A子さんは知らなかった」
温泉旅館の部屋の天井はとてもきれいな木目が散りばめられていて、もちろん足首なんてぶら下がっていない。でも、イメージしちゃったら、怪談話にどっぷり浸かってしまったら、もう引き返せない。
「吊るされた肉体は、力を失ってどんどんと伸びて──」
泉子先輩の怪談もいよいよオチに差し掛かった時、半分眠りの世界に落ちていた真夜が突っ込んだ。
「足の裏が見えたらくすぐりたくなるのが人情っすよね。泉子先輩の足の裏、きれいっすよ」
艶っぽく言い放つツーブロックベリーショートがボーイッシュな真夜。泉子先輩も思わず怯む。
「おい。オチまであと少しだろ」
はだけかかった浴衣の裾を正して、泉子先輩はきゅうっと恥ずかしがった。ああん、惜しいっ。
女子高生の温泉合宿なんて、そんなものだ。
私は天井からぶら下がるふくらはぎを、なかなか色っぽいなと思いながら泉子先輩をお布団に包める真夜を囃し立てた。もう膝まで垂れ下がってるし。想像力の暴走が止まんない。やめてやめて。止まってってば。
語部部 泉子さんのちょっとだけ怖い話「垂れ下がり続ける」 鳥辺野九 @toribeno9
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