第10話 試練

 闘技場についてから、まず連絡したのは騎士団長を務めるレイヴィン。


 (「レイ、今いいかしら?」)

 (「ミア様!どうかされましたか!」)


 レイの元気な声が、念話で返ってくる。私が事情を話すと、レイは快諾してすぐに向かうと返事をくれた。


「スフェン、レイが相手をしてくれることになったわ。審判の方はよろしくね」

「レイヴィン様ですか…!かしこまりました」


 スフェンがレイの名前を聞き、少し驚いた表情をする。確かに、人間の少年のために騎士団長であるレイヴィンが相手をするのは異常といえる。ただ、レイとシドルクの相性は良いような気がするのよね。

 

「シドルクも剣は選び終わったかしら?」

「は、はい。こちらの剣をお借りします」


 スフェンから紹介されていた剣から、一本を選び終わったシドルクは剣を鞘に納めながらそう返す。うんうんと、ちょうどいい剣が見つかって良かったわ、と心の中で頷いていると闘技場の入り口から大きな声がかけられた。


「ミア様!お呼びにより、参上したぜ!」


 一本に縛った紅い髪を靡かせながら、悠々と歩いてくる姿は貫禄がある。顔は野性的に整っている偉丈夫だ。隣でシドルクが息を飲むのが分かった。


「随分早かったわね」

「ダンジョンからミア様が拾って帰ってきた坊主だろう?俺も気になっていたからな!」


 そう言って、シドルクに視線を移すレイ。少年と目が合うと、レイヴィンは豪快な笑顔を作り話しかける。


「おう、坊主!そんな緊張するこたぁないぜ。俺がお前の試験官を務めるレイヴィンだ。よろしく頼む」

「は、はい!俺はシドルクと言います!この度は、よろしくお願いいたします!」


 勢いよく頭を下げるシドルクを楽しそうに見つめるレイヴィン。粗野で豪快なところがあるレイヴィンだが、その中身は長い時を生きる竜王であり、曲者ぞろいの騎士を束ねる騎士団長だ。人を育てる事には一日の長があることは間違いがない。


「よし、元気なやつは好きだぜ!それじゃあ、早速だが試験を始める。試験内容は、俺相手に一合い切り結ぶこと。続行不可能な状態に陥るか、一合い切り結んだら試合終了だ。ちなみに、俺は最初の位置から一歩も動かない。できるか?」

「一合い切り結ぶですか?」

「あぁ。お前さんの根性があれば、問題ない話だ。それじゃあ、スフェン。開始の合図を頼む」

「かしこまりました。それではシドルク様、闘技場の真ん中へ移動いたしましょうか」


 スフェンに促され、レイヴィンたちが闘技場の真ん中に移動する。シドルクは、警戒するような顔をしているけれど、厳しい戦いになるでしょうね。レイは決して甘い男ではない。

 この闘技場は、ほとんどの現象を元に戻せる特別な領域でありダンジョンの一部だ。ここでなら、致死量の怪我を負っても死ぬことはなく、回復し入って来た時と同じ状態に戻ることができる。逆に言えば、死ねない部屋でもあるから、他にも応用してたりするけど、それは今は置いておこう。


「それでは、ただいまよりレイヴィン様対シドルク様の試合を始めます」


 手を目の前に出したスフェンの声が闘技場内に響く。


 

「用意、……始め‼」



 最初に辺りを覆ったのは、圧倒的な重圧。これは、第5位階まで解放しているわね。

 生物には、生まれながらにして魂の位階が存在する。基本的に英雄と呼ばれるような一部の者以外は、自身の位階が生涯を通して上がることはない。そして、位階とは強さの指針の一つでもある。普通のヒューマン種であれば、第2位階。貴種であれば、第3位階。1つ位階が離れれば、威圧感を感じるようになり、二つも離れれば生物として格が違う。気の弱い者であれば、意識を保つことすらできないだろう。

 魂識眼で視たところシドルクは、第3位階。けれど、ダンジョンでは、経験値を搾取されていたこともありレベルは低い。位階差を埋めるには、レベルが高く相手よりもステータスが高い必要があるが……


 (けど、レイヴィンもレベルをシドルクと同じ値まで落としているわね)


 つまり、死にそうなほど強い圧に曝されているが、気を強く持てばなんとか気絶しないでいられる圧。けれど、シドルクは生きた心地がしないうえ、一歩を動かすことも困難だろう。


「っ……!」


 その証拠に、最初は正眼に構えていた剣を杖の代わりにして、立っているのもやっとな状態な事がわかる。脂汗が地面にシミをつくり、手や膝は遠目で分かるほど震えている。


 そうして、何分経っただろうか。シドルクが不意に大きく深呼吸をして、ゆっくりと剣を前に構える。

 驚異的な適応能力ね。ヒューマン種は他の種族に比べて高い適応性を持つ。それでも、種族位階差をこの短時間で慣れるとは、異常な適応能力といえる。


「っいきます!!はぁぁああああ!!」


 自分に活を入れるように、宣言し、一歩踏み出す。近づくほど、放たれている圧が強くなる。それでも、ここで止まったら後はないと鬼気迫る表情で、レイヴィンへと向かっていく。


 一歩、強く踏み込む。

 

 構えていた剣を真正面から振り下ろす。小細工も何もない、愚直な剣だ。

 

 正面から剣を打ち合う。これで、試練は達成……だが、 同時に、シドルクが剣を離し、足を振り上げレイヴィンに蹴りを放った。


「甘い!」


 剣を横に打ち払った剣の柄で、そのままシドルクの蹴りを利用して足を下から掬い上げる。重心の変化に着いていけなかったシドルクが、バランスを崩し仰向けに倒れる。


「これで、詰みだ」


 そのまま、最初から一歩も動かずに剣を喉元に突きつけると、レイヴィンがそう宣言する。


「そこまで!!」


 スフェンの声で、重圧と剣先が解かれる。その解放感からか、シドルクは大きく息を吐くと、荒い呼吸のまま大の字で体の力を緩めた。

 レイヴィンが剣を鞘に納めると、にやりと口角を上げながら声をかける。


「がはははっ!坊主、随分頑張ったじゃねぇか!威勢のいい奴は嫌いじゃない!」

「あ、ありがとう、ござ、います」


 息も絶え絶えになりながら、返事を返すシドルク達に近づく。

 

「それならレイが彼に指導する?」

 

 上機嫌そうに笑うレイヴィンに提案する。もともと彼に先生役を頼むつもりだったけれど、レイヴィンがシドルクを弟子として認めなければ、短期間で強くなれるほどの指導は受けられないだろう。


「気に入った。いいぜ、俺が直々にお前を鍛えてやろう」

「期限は、1週間。そのときに、村に行ってまずは貴方の力となる仲間を助けてもらうわ。詳しい説明は、あとでしましょうか」

「は、はい」


 スフェンから水を貰いながら、息を整えるシドルクを見て詳しい説明は後で行うことにする。それに、私自身も村を見ておきたいからね。

 あ、そうだ。


「シドルク、私たちは貴方に協力することを約束するわ。その証拠に、明日からレイヴィンを師につける。そうすれば、今よりずっと強くなれるでしょう。そして、貴方は自分の手で村を救うのよ。そのことを忘れないで」

「っはい!」


 さて、あとはシドルクに任せておけば問題はないでしょう。見たところ、あのダンジョンで虐げていた輩は、そこまでのレベルではなかった。それに、ダンジョンに生贄を捧げろと言われていたというあの発言。あいつを操っている首魁がいるのは間違いない。私のほうも準備を進めなければね。

 



 

  

 闘技場を後にし、私だけで戻ってきた迎賓館の応接室。執務室の廊下へ出れば、扉の横で待っていたリオヴェルがいた。


「リオ、この後例の村を偵察に行くわ」

「お供はいかがいたしますか?」

「村への案内と隠蔽ができる者をお願い」

「かしこまりました。……、セスカエラとの連絡が取れました。彼が同道するそうです」

「そう、門で待ち合わせにしましょう」


 数秒もしないうちに返信が来るって早すぎない?まぁ、セスなら能力的に一緒に行っても大丈夫だと思うけどね?

 転移魔法を使用し、リオヴェルと共にこの島の入り口でもある門へと転移する。


 

「ミア様!」


 転移と同時に声をかけてきたのは、先に着いていたセスカエラ。彼は灰色のローブを纏い、こちらへ向かってくる。


「……セス、道案内を頼むわね。それにしても貴方が来て大丈夫なの?」

「んふふ、もちろん。ミア様とデートだもの。私が行かないと勿体なっ、いでっ!」


 笑みを浮かべながら返答するセスの頭上に、ふと影が差した。


「誰と誰がデートですか?」


 青筋を浮かべながら、背筋が凍るような笑顔を見せるのはエーヴィヒカイト。その手はセスの頭をアイアンクロ―している。万力でも使用しているかのよう音がするのだけれど、大丈夫そうかしら。


「エーヴィ、来たのね。ところで、そろそろセスを離してあげて」

「はぁ、かしこまりました」

「った~~!何よ、冗談に決まっているでしょう!」

「冗談にしては、俺が来るタイミングに合わせて、あんなこと言っただろう」

「さぁ、なんのことかしら?」

「ふふふ」

 

 二人のやり取りに思わず、笑いがこぼれる。エーヴィも普段は、丁寧語を崩さないのに、こういう時は崩れることが多いのよね。


「ミア様、貴方も簡単に口説かれないでください」

「あら、私が否定する暇もなく、貴方が来たじゃない」

「そうですが、貴方が他の誰かに口説かれるのは面白くないんですよ」


 エーヴィにしては、珍しく拗ねたような姿にこちらまで照れてしまう。いつもは気障なセリフを素面で言いまくっているのに、急にそんな態度取られたら寧ろ恥ずかしくなってしまう。


「ごほん、ごほん。お二人さん、お熱いのは良いけれど、そろそろ出立してもいいかしら?」

「え、えぇ。それじゃあエーヴィ、例の村への偵察に行ってくるから、その間、この国を任せたわね」

「はい、任されました。セスカエラ、ミア様を頼んだぞ」

「当たり前じゃない。それじゃあ、行きましょうか」


 アイテムボックスから隠蔽ローブを取り出し身にまとう。セスカエラと二人で島の外へ飛び立つのだった。









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始めまして。恵比寿と申します。

ここまでお読みいただき、誠にありがとうございます。


勢いで書いている部分も多いため、誤字や脱字等は見直せるときに直していく予定です。また、全体的な流れに関しても大筋の流れを変更する予定はございませんが、細かな部分で設定違いがありましたら、シームレスに直っているかもしれません。

この先は、書き溜め等が一切ないため、更新が遅くなるかと思いますが楽しんで頂けると幸いです。








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天空国家ルエーゼ ~配下と歩む異世界征服記~ 恵比寿 @Ebisu_S

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