第9話 事情
あれから3日後、少年が無事に目覚めたと報告が上がった。彼を連れ帰った当日の夜に会ってから、毎晩様子は見に行っていたけれど、どうやら峠は越えたらしい。彼に生きる気持ちが無ければ意味のない魔法だった。そんな中を生き残った。それが全てだろう。
「彼が朝食を食べ終えたら、話を聞きに行くわ。準備をお願いね」
「かしこまりました」
「それとスフェン、ありがとう。これからも頼むわね」
「っ勿体ないお言葉です!」
リオヴェルの後ろに立っているスフェンに声をかけると、隠しきれない喜びが滲んだ声で返される。そんなに気負わなくてもいいんだよ?スフェンは、もっと冷静で相手によって柔軟な対応ができるキャラだったはずだけど。
そういえば、直接話すのは随分久しぶりだったかも。私が話すのは、お付のメイドか十二神将が多かったしね。魂のゆりかごから創造したり、転生させたりするときは話すけど、儀式的なものだったから話す機会も少なかったしねぇ。
あれ?私ってかなり薄情?いや、百キャラ以上作ってるとね!?皆うちの子だから、名前とかは覚えてますよ。もちろん。細かいスキル構成に関しては、半自動だから最低限取っているスキル以外は各自欲しいスキルを取ってる部分もあって把握しきれてないものもあるけど……!
「それじゃあ、よろしくね」
「はいっ!」
勢い良く、けれど手本のような礼を見せて、退室するスフェン。
スフェンが去ってから、生真面目な顔で直立不動のリオヴェルに声をかける。これは。
「リオ」
「……っふはははっ、大丈夫ですよお嬢。スフェンは、仕事には気持ちを切り替えられる奴です」
「そこは、心配してないわ。リオの部下であり私の子よ?それにしても、笑いすぎじゃない?」
「いやはや、スフェンのあんなに嬉しそうな姿は久しぶりに見たものでして。それで、何を気になさっているので?」
「そうねぇ。私って、薄情な主だったのかしら」
意外なことを聞いたというように、瞬きを数回。
「……ふははっ!お嬢が我々の為に頑張り、心を砕いてくださったことを忘れるものなどおりません。そんな心配は不要でございます」
「そう?けれど、あまり皆と話してはいなかったなと思って」
「確かに、ここに転移してきてから、お嬢は今までとは違う顔を沢山見せてくださいます。それを喜びこそすれ、今までを不満に思うものなどおりません。それに、皆ともっと話したいと思うならば、話していけばよいのです」
「ふふ、そうね。こちらに来てから、不測の事態だというのに皆を知れることが嬉しいの。こんな状況でも、心に余裕が持てるのは貴方達のおかげだわ。これからも宜しくね?」
「かしこまりまして」
茶目っ気を含んだ声で深く礼を取るリオヴェル。さぁ、こんなにも頼もしい部下達に無様な姿は見せられないわね。
迎賓館の一室。少年が待つ待合室をスフェンがノックする。
「ミアクロティラ陛下のお入りです」
カチャリと小さな音を立てて扉が開く。中には清潔な服に着替えた少年がこちらに向かい立っていた。
まだ頬はこけているけれど、顔には血の気が通り目には生気が宿っている。
「久しぶりね。よく休めたかしら?」
「はい!その節は、大変お世話になりました!おかげさまで、とても元気でありっや…す!」
「ふふ、普段通りでいいのよ?」
緊張して噛んでしまった姿に、思わず笑いが漏れる。そっと席に着き、目線で座るように促せば、困惑しながも席に着いた。
スフェンが温かいお茶を目の前で淹れ始め、ふんわりといい匂いが漂ってくる。
「うちで採れた茶葉を使用している、自慢のお茶よ。貴方にも飲んでほしいわ」
先に口につけ、お茶の香りと味を楽しむ。少年は戸惑いながらも手を伸ばし、意を決したように口をつけた。すると一口つけた瞬間、肩のこわばりと手の震えが治まったのが分かる。
さすがスフェンね。
「どうかしら?心が暖まる味でしょう?」
「……はい。先ほどは見苦しい姿を見せてすみません。命と俺自身を救っていただき、本当にありがとうございました」
カップを机に戻し、起立した少年は深々と頭を下げる。
うん、自然体に戻れたみたいね。
「元気になったようで、よかったわ。私にとっても、あの魔法は到底許せないものだから。けれど、そう気負う必要はないわ。私達も目的があって助けたの」
私の言葉に彼の心が何を言われるのかと身構えたのが分かる。けれど、予想もしていたのだろう。驚きよりも納得感の方が強かった。
「……俺にできることでしたら」
「そう難しいことじゃないわ。その前に貴方の名前を聞きたいわ。いつまでも名無しじゃ呼びずらいわ」
「は、はい!失礼しました!俺はシドルクです。ミアクロティラ陛下でよろしいでしょうか?」
「そうね。シドルクはそう呼んだ方がいいでしょうね」
ファーストネームで呼ぶと、絶対うちの子たちが五月蠅いからねぇ。
「さて、本題に入りましょう。シドルクが何故あの塔に居たのか。そこで何をしていたのか聞いてもいいかしら?」
場の雰囲気が変わったのがわかったのだろう。一つ息を吐きだすと、真っ直ぐ私の眼を見て話し始める。
「その話を始める前に、俺らの現状を説明させてください」
頷き続きを促す。
「俺たちは、あの塔ダンジョンで資源を集め、集落で細々と暮らしていました」
少年から語られたのは、ゲーム内でもよく聞いた惨い侵略話であった。
7年前に秘境の土地であった霧の村にやってきた彼らは、村人たちを恐怖で縛り付け村の最高権力者として教会を占拠して暮らし始めたという。
「5年前と2年前、反乱を企てたこともあるんです。けれど、どちらもダメでした。最初の反乱では、外で魔獣を狩っていた男たちのほとんどがダンジョンで処刑。2年前の反乱では、村人全員に奴隷紋が入れられて、あいつらを害することを禁じられました。残った戦力は子どもか女、老人ですから、俺たち子どもは奴隷紋を入れられた後から、ダンジョンに連れていかれるようになりました。そして、ダンジョンでボロ雑巾のように扱われて、4か月に一回使えなくなった奴がダンジョンに捨てていかれるんです。あの日は、ちょうどダンジョンへの贄が選ばれる日だったみたいです」
「ダンジョンに潜っているのなら、レベルアップをしていくはずだけれど」
「そうですよね。けど、あいつらはダンジョンに入る前に必ず腕輪を着けさせるんです。すると、俺らへの経験値はほとんど入ってきません」
「経験値を奪う、もしくは拒否する魔道具ということね」
あれは、ダン王の世界では作るのが大変だったと思うけど、それを用意できるとなると魔道具技術は高そうね。
「はい。俺らにつける5つ以外見たことはありません。それに、腕輪はダンジョンから出ると必ず回収されますね」
セスたちに魔道具の個数についても把握をお願いしないとね。
「そう。シドルク達があそこにいた理由はわかったわ。……何か、言いたそうね?」
私が何か話したそうな雰囲気を出すシドルクに声をかける。すると、シドルクは席から立ちあがり深く叩頭する。緊張の気配が伝わってきた。
「……命を助けて頂いたうえに、これ以上のお願いなど厚かましいと分かっています」
「何かしら?」
「どうか、俺たちの村を救っては頂けないでしょうか!!お願いします!!!」
言われたのは想定していた願いだった。どう見ても彼らよりも強そうかつ、自分を助けてくれた相手。ここで、私たちに頼らなければ、彼らの村に未来はないだろう。二度の失敗で、彼らに抵抗する力は残されていない。
「ひとつ、聞かせなさい。なぜ、あなた自身で立ち向かわないの?」
意地の悪い質問だ。彼は二度の失敗を経験している。そして、自分より強いとわかっている相手に勝算もなく挑むなど馬鹿のすることだろう。
「俺には、力が、ないから、です」
頭の下に置かれた手が強く握りしめられているのがわかる。自分の無力さが悔しいのだろう。
「力が無いから、立ち向かえないと。その言葉に二言はないわね?」
彼の顎を掬い上げ、目線をしっかりと合わせて真意を聞き出す。魂から彼の本性がわかっても、彼自身の言葉で宣言することが大切なのだ。
「っはい!」
返ってきたのは、泣くように吠えた返事。少し震えているけれど許容範囲かな。
「いいでしょう。力を貸すわ」
「っ!」
彼の顔色が明るくなる。お礼を言おうとする、その口を制し、先に口に出す。
「ただし、私が力を貸すのはシドルクに対してよ。村に対してでは無いわ」
雲行きが怪しくなったことが分かったのだろう。彼の顔が怪訝な表情になる。
「まずは、証明して見せない。私たちにその心が本物であると。得意な獲物は?」
「け、剣です!」
「スフェン」
「かしこまりました」
スフェンに目配せしながら、ソファを立ち上がる。そして、転移の魔法を発動させるのだった。
「『転移、闘技場』」
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