第8話 懸念と報告
結果からいえば、どのピースも同じ状態で、壊れていたピースは一つとして無かった。特別と言えば、天空島のピースはそのままであったことぐらいだろう。
二人で薬草園へと戻ってくる。
「エーヴィ、ありがとう。貴方のおかげで確認できたわ」
「はい、またいつでも頼ってください。それで……」
私達の間に不自然な沈黙が流れる。彼も分かっているのだろう。ピースはダンジョンの管轄。領地とピースを繋ぐことで、DP収入を天空城に入れることが出来る。
しかし、報告の際に特別な発言は無かった。
それは、つまり。
「……まだ、何もわかっていないわ」
「そう、ですね。ですが」
「あの場に、嘘をついた者は居なかったわ」
「……かしこまりました」
言いたいことは判るけれど、それを肯定するわけにはいかない。そもそも私や国に悪意を持っていれば、私や神将たちが気づけないはずがない。だからこそ、慎重に事を進めていかなければならないのだ。
「そういえば、この手紙について見覚えは?」
アイテムボックスから、転移時に入っていた手紙を取り出し、エーヴィヒカイトに渡す。
「ありません、が……これは?」
「転移直後に入っていた手紙よ。読んだ感じ、悪意はないようだけど」
「っ読んだのか!?誰からも分からない手紙を!」
「だ、大丈夫よ、危機察知にも危険感知にも反応は無かったわ」
「ここへの転移も反応はありませんでしたよね?」
「うぐっ」
正論すぎて何も言えないわ。確かに、あの時は十分確認したと思ったけれど、足りなかったわね。
「はぁ、次からは僕に相談して下さい」
「わかったわ」
「絶対ですよ」
念を押すように、目に力を込めて話される。けれど、怖い声とは裏腹にその瞳には心配の色が如実に現れていた。うにゅ、反省します。
「心配かけて、悪かったわ。ごめんなさい」
「本当に頼みますよ。……それで、これは」
手紙の封蝋が私達の国章であることに気がついたのだろう、エーヴィヒカイトが息を飲んだのがわかった。無言で中身を勧める。
中身を読み進めていくエーヴィヒカイトの顔はピクリとも動かない。けれど、何往復もして要約呑み込めたのだろう。
「差出人は」
「不明よ。探知魔法を使用したけれど、誰にも繋がることは無かったわ」
そう、あの後時間を見つけてこの手紙の手がかりを掴もうとしたのだが、「いつの間にかアイテムボックスに入っていた手紙」ということ以外、用として知れなかったのだ。
「日本語で書かれた上に、ルエーゼ皇国の国章ですか」
「そうよ。元の世界でも、日本語を教えていたのは天空城のものだけ。民たちは、世界語を使用していたわね」
「はい。こちらの世界でも、世界語が基準として使用されているようでしたしね」
そういえば、自動翻訳のパッシブ機能で気づいていなかったが、ダンジョンで出会った彼らが話していたのは確かに日本語ではなく世界語だった。
「まぁ、詳しいことは判っていないけれど、何者かが意図的に私たちを召喚したのは確かだと思うわ。だから、なるべく目立たずに行動して目的を探りたいの」
「この手紙が入っているということは、もう気づかれている可能性もあるわけですが」
「そうね。けれど、それならそれで潜伏している私たちに接触を図る動きを見せてくれればわかりやすいわ」
それに、何度読んでもこの手紙からは悪意や負の感情を感じないのよね。どちらかというと、祈りとかそっち方面かしら。
「わかりました。このことは、誰にも伝えてないのですね?」
「そうね。暗部の子たちは、私が手紙を見ていたことくらいは知ってるでしょうけど、内容までは把握できていないはずよ」
「では、時が来るまでこのことは内密にしておきます」
「ありがとう。しばらく、こういった時間は取れなくなると思うけれど、何か言っておきたいことはある?」
少しの沈黙の後、エーヴィヒカイトが正面から私を抱きしめる。
「僕は、何があってもミアの味方です。だから、僕を置いて行ったりしないでくださいね」
「ふふ、ありがとう。私もエーヴィの事を信頼しているわ」
私の最初の子であり、誰よりも長く過ごし、共に成長し、絆を、愛を育んできた。彼になら、騙されててもいいと言えるからこそ、ここまで明かしたのだ。それに、エーヴィヒカイトが私を裏切る事などないと誰よりも信じてるしね。
「それじゃあ、解除してくれる?」
最後に、一度思いっきり抱きしめると、ゆっくりと最初に居た位置に戻る。
私たちは、ここで待ち合わせを行い、今から報告会を行う。そういうシナリオだ。
「はい」
ぱちんっ
エーヴィが指を鳴らすと、音が響くと同時に世界が動き始める。像の水瓶からは、水がとめどなく溢れる。
「さて、エーヴィ。貴方の報告を聞くから、執務室に行きましょうか」
「かしこまりました」
エーヴィヒカイトにエスコートされながら、薬草園の外へ出て転移陣へと移動する。
「トルネ、執務室でエーヴィから報告を聞くわ。あとで、お茶を頼むわね」
「かしこまりました」
入った時と同じ状態で立っていたトルネは、一礼して転移陣で移動する私たちを見送った。
うん、本当に微動だにせず立ってたわね。うちのメイドながら、すごすぎだわ。
転移陣が淡く光ると同時に、視界が白く染まる。次の瞬間、そこは執務室の横に設けられた転移陣部屋。
四角い台の上に手を翳すと、壁に穴が開き人が通れるサイズまで広がった。私の後に続いて入ってきたエーヴィヒカイトが、ワゴンの前に歩いていく。
「最近お茶の淹れ方をリオヴェルに習ったんですよ」
「素敵じゃない。それなら、久しぶりにお茶を入れてもらおうかしら」
革張りのソファーに腰を掛け、エーヴィヒカイトがお茶を入れる様子を眺める。それにしても、黒い手袋の上からわかるほど、綺麗な手をしている。思わずその手裁きに見惚れていると、目の前にソーサーとカップが置かれた。
「どうぞ、熱いのでお気を付けください」
「ありがとう」
この体は『宮廷作法』をレベルマックスまで取っているおかげで、無意識に優雅な動作でカップを持ち上げる。
あ、近づけただけで香りが立ってるし、味も美味しい。
「美味しいわね」
「ありがとうございます」
本当に、真面目な話をしていて抜けきっていなかった肩の力がふっと抜けたのを感じる。
「それじゃあ、報告を聞かせてくれる?」
「はい。塔ダンジョンの詳細と保護した少年についてですね」
そう言うと、虚空からタブレット型の石板を取り出し周辺を簡略化した地図を見せてくれる。
「まず、この山頂の上空にあるのが、我々の現在地となります。そして、そこから少し東に行ったところに塔ダンジョン。更に北東に向かい、半日ほど歩いた先に少年らが来たと思われる集落がありました」
「集落ね。つまりダンジョンに潜る為に、雪の積もる冬の山中を歩いてきたと。危険を冒すものね」
冬の雪が降り積もる中、山に入っては行けないとはよく聞く話。それも、山中には野生の動物よりも恐ろしい魔物も跋扈しているのだ。
「はい。ですが、山中の足跡に迷った後はありませんでしたから、慣れなのか何か手段があるのかもしれません」
「それは、調べないとね。未知の道具なら研究部に渡しましょう」
「えぇ、そして集落ですが、結界が張ってありました。効果は濃霧による隠蔽と魔物よけ、他にもいくつか。そして何かの加護ですね」
「加護?この世界に神がいるということ?」
「わかりません。ですが、神気を僅かながら感じたとセスカエラは言ってます。ただ、それは残滓のようなものだとも言っていましたね」
「つまり今、神が存在するかはわからないと」
ダン王世界では、属性を極めることで神の位階につくことが可能であると同時にエンディングへの道でもあった。神となる事で世界への影響力が強くなりすぎ、天界に強制転移させられる。そこで位階を落として自分の世界に戻るか、転生して強くてニューゲーム状態で始めるかの二択を選ばされるのだ。私の場合、魂魄魔法を極めてたから、システムを利用して転生したことは無いんだけど。今の私は亜神と言える位階であり、十二神将と同じ位階でもある。それに、ダン王のストーリーには、地上に堕ちた神の封印が解かれるものもあった。
つまり、神とは実在する可能性が十分にあるものなのだ。
「……まさか、邪神じゃないでしょうね」
「悪い感じはしなかったそうですよ」
「そう、それなら良いけれど」
邪神戦は当時めっちゃ苦労した記憶があるのよね。その後、エンドコンテンツで階層ボスとして出てきたときは驚いたっけ。あれ?今なら、もしかしなくとも余裕じゃない?
「ミア様、報告を続けますよ」
「あっ、お願い」
危ない、思考が飛んでいたわね。そんなジト目で見なくてもわかってるわ。
「えぇと、そう集落の話よね」
「はい。集落は監視は続けてますが、結界を警戒して侵入はしておりません。ただし濃霧程度であれば、目視でも十分に確認可能です」
「あの子が居た集落ね」
少年を助けたときの事を思い出し、思わず眉間にしわが寄る。
「はい。どうやら、村の真ん中にある教会に住んでいる者たちが、あの集落の管理者のようですね。集落では若い女性と子供が彼らの世話を行い、魔法等の能力があるものはダンジョン探索、それ以外の男性は山に狩りに出かけているようです。その際には、お目付け役としてホワイトウルフが一匹ついていっております」
「老人は居なかったの?」
「少数ですが居ますね。ですが、人口から考えると圧倒的に少ないかと」
「そう。ホワイトウルフをお目付け役に付けるとなると、隷属魔法か従属魔法、召喚魔法あたりかしら」
「そうですね。従属魔法と隷属魔法の併用でした。首輪に仕掛けられた隷属魔法が自我を封じ、従属魔法で従えているものかと」
「虫唾が走る組み合わせね。ホワイトウルフはこの山には居なかったわよね?」
「はい、確認できておりません」
この山に住んでいない種であるホワイトウルフ。小さな集落で特権階級のように振舞う人々。
集落に住んでいるとは思えない、似つかわしくない華美な服装。
「これは、あの子から話を聞かないとね」
「ミア様自ら行うつもりで?」
「えぇ、それに大体の形は見えてきたもの」
私たちの潜伏をバレる訳にはいかないけれど、人がいるなら丁度良い。
「彼らには、人柱になってもらいましょう」
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