第7話 情報収集
「お疲れ様でした、お嬢」
部屋から出ると、廊下にはリオヴェルが静かに立っていた。誰にも見つからないように、部屋を抜け出したはずなんだけど。まぁ、この城内で私が捕捉されないことは無理に近しい。陰やメイド達は常に何処かで見ているしね。
「リオ、明後日には目を覚ますと思うから、それまでにバトラーを1人つけてあげて」
「かしこまりました」
「それと、ん」
子供のように手を広げれば、リオヴェルはすっと横抱きにして自室へ移動を始める。
この体は眠くなったりはしないのだが、人間の頃の影響や睡眠が必要な種族も居るため、夜は基本的に非活動時間としているのだ。緊急事態ではあるけれど、皆が調査を終えるまでもう少し時間もあるでしょう。それに、栄養を取ったり、休息を取ったほうが回復が早いのは、人間種と変わらない。
今は省エネモードで居ることもあり、ちょっと眠い。滑るように歩くリオヴェルの腕に包まれる。
「……お嬢、この世界は楽しいですか?」
「ふふっ。もちろんよ。全てが初めての世界。早く冒険に出たいわね」
「そうですな。その時の道具類はワシに作らせて下さいよ?」
「貴方が作ったら、神話級のランプとテントになっちゃうじゃない」
他愛もない話をしていれば、すぐに部屋についてしまった。
「それではお休みなさいませ、お嬢」
「えぇ、お休みなさい。リオ」
ドアを開け、ふわふわとした意識のままベッドに入る。意識的に眠たくなる事も可能だなんて、つくづく都合の良い体だ。
ベッドに入る前に、メイドの子が使った洗浄魔法に数秒だけ包まれて清潔にされる感覚が私を包んだのがわかった。
ぱちりと、スイッチがオンになったように意識が覚醒する。そういう設定にしていたとはいえ、朝の微睡を楽しめないのはもったいないかな?とはいえ、現世で生きていたときは、朝は何回もアラームをかける方だったから、こんなにスッキリ起きれるのは嬉しい。
コンコン
「おはようございます。お支度のため入室しても宜しいでしょうか?」
私が目覚めて数分後、ベッドルームの扉がノックされる。入室の許可を出せば、本日の私付きのメイドである3人が入ってきた。その中でも、一際目を引く存在が、一人。
「おはよう。あら、トルネが来るなんて珍しいわね」
「おはようございます、ミアクロティラ様。昨晩あんな事があったのです。心配して当然でしょう?皆来たがるので、私が代表で確認しに来たのですよ」
赤茶の髪を真っ白なメイドキャップに詰めた美女。彼女はリオヴェルの部下であり、メイド長を務める女傑である。メイドとして生み出した初めての子でもあり、三姉妹の長女だ。部下が増えてからは、滅多に現場に出ることはなくなったのだが、昨日が昨日だったから心配してきてくれたらしい。
そこで、昨日のうちに突撃してこないのがすごいよね。リオヴェルが付いてたこともあって遠慮したのかな。
「今日はいかがなさいますか?」
「ん〜、皆の報告はどうなってる??」
「宰相様からは、報告があると聞いております」
「わかった。エーヴィには、休んでから薬草園に来るように伝えて。どうせ、昨日から寝ていないのでしょう?全くもう。ルキとアリスはどう?」
「ルキ様は、あれからダンジョンに籠もって、ダンジョン内の検証を行っております。エアリス様に関しましては、天空島内の果樹園や薬草畑を確認した後、休んでおいでです。昨夜は、確認だけ行ったようで徹夜等はしていないみたいですね」
「わかったわ。そしたら、朝食を食べたら各施設を確認しに行きましょう。あなたたちは外で待機ね」
「かしこまりました」
身支度を済ませ、食堂へと向かう。食堂へと入れば、テラス席に朝食が用意されていた。テラス席で食事を取るのは基本的に私か十天だけに許された特権だ。そもそも、私はまだしも違う部署の長と一緒に食べるのって不安になる子も居そうだしね。いや、私は皆を生み出した母のような存在だし、緊張されることは無いはず。
それにしても、今まではロールプレイとして食べてたけど、今日はとってもいい匂いが漂ってくる。
ごくり
これは、美味しそうな匂い…!!具沢山の野菜とお肉が入ったポトフに、焼きたてのフランスパン。さらに、サラダや各種飲み物も用意されている。
豪勢な食卓には、先にエアリスが席についていた。皆、急がしかったり、活動サイクルが異なることもあり、月に一度の晩餐以外は各自で食事をとることになっている。
「アリス、おはよう」
「ミア様、おはようございます。昨夜はよく眠れましたか?」
「えぇ。ぐっすりとね。アリスこそ、昨日は確認で忙しかったみたいだけど?」
「疲れていたからこそ、よく眠れましたわ。気力も魔力も十分です」
「それは良かった。ところで、アリスのおすすめの料理はあるかしら?」
せっかく味を感じられるのだから、美味しい料理が食べたいわよね。いや、今食べているポトフもすっごく美味しいのだけど。
エアリスはエルフ種だから、果物系が好きそうよね。
「私のおすすめは、この中ですと千年桃のコンポートですわ」
「コンポート!美味しそうね」
「千年桃は扱いが難しいのですが、流石料理長ですわ」
やっぱり!案外推測も当たるものね!
「……ただ、私の1番のオススメは此処には無いのです」
「そうなの?」
「えぇ、そうですわね。今度、私主催の晩餐会でお出しさせて下さい」
「今までの晩餐には出していなかったの?」
「実は、ユウギリやセスカエラに試食していただいたら、良い反応を得られなくて控えていたのです。けど、ミア様が気になると仰っていただけるのであれば、改良してお出しいたしますわ!」
これは、早まったかしら…?常にないくらいハイテンションなアリスに一抹の不安がよぎる。しかし、ここまで嬉しそうにしているアリスに水はさせない。
「た、楽しみにしているわね」
「はい!お任せくださいませ!」
エアリスと食事を楽しみながら、朝食を終える。ユウギリとセスカエラに止められる料理って今から怖すぎるわね?
扉をくぐれば、外よりも数度暖かい気温と緑の匂いが鼻についた。花壇には薬草や花が植えられ、各種にあった適切な管理がされているのだろう。用水路が張り巡らされ、中央には小池が置かれている。エアリスを模した銅像が水瓶からは止め処なく水が流れていた。
「『ステート・薬草園』」
目の前に半透明のホログラムが浮かび上がる。薬草園の現在の状況を表す数値や地図が並んでいる。
ステート上は問題は無いみたいね。まぁ、ステートであればこの天空城の全ての情報確認が可能な「コア・スタッフ」を使用すればいい。
けれど、養畜舎や果樹園がある中でわざわざ薬草園に確認に来たのは、ある物を直接確認するためだ。夢の中で確認していたら、おかしな部分があったのよね。
「お待たせ、ミア」
考え事をしていれば、背後から声をかけられる。
「おはよう、エーヴィ。待っていたわ」
「はは、随分待たせてしまって申し訳ありません。ですが、準備万端です」
エーヴィヒカイトが目の前で膝をつき、頭を見せてくる。
「うん、ありがとう」
目線よりも下になった髪を優しく撫でれば、見えていない尻尾が嬉しそうに揺れている姿を幻視する。立場は変わったけれど、この褒め方が好きなのは子供のころから変わらないのよね。
「エーヴィ、よろしくね」
「お任せください」
エーヴィヒカイトは私が最も信頼する臣下であり、結婚システムを使用した唯一のキャラでもある。そのため彼とは常に行動を共にすることが多い。けれどダンジョンから帰ってきて別行動していたのは、私が頼んだある事の為だ。
「『魔力結界』」
練られる魔力を感知させないために私が結界を編みあげる。
次の瞬間、エーヴィヒカイトから膨大な魔力が吹き上がり、赤と紫と白黒を纏った禍々しい魔力が荒れ狂う。
集中するために閉じていた目を開き、紅い瞳が世界を映す。
「『永劫の静寂、空虚なる刻よ覆え。時空停止』」
キーーーン
世界が動きを止め、二人の息遣いだけが聞こえる世界。エーヴィヒカイトに頼んだのは、この天空城の時間停止。ダンジョンから帰ってきてから、私は夢の中でこの天空城の確認を行い、エーヴィヒカイトには時空停止の仕掛けを内密に行ってもらっていた。天空城の仲間は、皆位階が高いから頭一つ抜けているエーヴィヒカイトでも準備をしないと、察知されてしまう。
「エーヴィ、大丈夫?」
「えぇ、やはり天空城は複雑ですね。僕が対時空術式を仕掛けたとはいえ、骨が折れます」
「ふふ、お疲れ様よ。それに、早く動いてくれてありがとう。貴方のおかげで、内密に確認できるわ」
「ありがとうございます。まずは、薬草園のピースからですか?」
「えぇ、早速確認しましょう」
小池の中に手を入れ、窪みに魔力を流す。すると、像の上にエアリスを模したピースが現れる。長いエルフ耳に、透き通る8枚の妖精の羽。さらに頭上には天使の環がつけられている。
「ありましたね」
「えぇ。……けど」
空に浮かぶピースを両手で包み、状態を確認する。
「まるで、石化されてるみたい」
「はい。ただの石のように、力を感じられません」
通常であれば、虹色に輝き自ら発光しているピースのはずが、魔力眼を透してみても素材の力しか感じられない。
「異世界に来てピースと領地の繋がりが絶たれた。だから、ピースは壊れているものだと思ってたわ」
「けれど、この現象は……」
「……えぇ、領地を奪われた時の反応ね」
ゲームの世界で、世界統一を果たしたのがゲーム開始後100年。中盤以降は、領地を奪われることも無かった為、物凄く久しぶりに見る光景になる。
「領地が奪取されてから、10年でピースの繋がりが絶たれ、風化が始まるのよね。エーヴィ、劣化時間を調べられる?」
「お任せください」
エーヴィの指先から魔法陣が紡がれ、何重にもなった白銀の時計が針を忙しなく動かしている。時計が紡がれる度に、紫色のエフェクトは強くなる。
今、経過年数を鑑定しているピースは最高位階のもの。鑑定にも常軌を逸する技量を要する。時空間の悪魔であるエーヴィヒカイトは、自身の生きた時間が長いほど影響力を持つ。自身の時間を操作して、膨大な時間を生きた時間とするエーヴィヒカイトであれば見通せないものは無いだろう。
「……出ました。風化が始まったのは900年前からです」
「900年?製造されたのは?」
「980年前。これを作った日と同じですね」
「『汝の作り手を示せ、鑑定』」
エーヴィヒカイトが年代を設定し、鑑定魔法を発動する。
「私ね」
すると、白い光が真っ直ぐ私と結ばれる。
「私が作ったことは間違いないみたいね」
「はい。作った年代も一致します」
「それじゃあ、時間もないことだし、他のピースも見に行きましょうか」
ピースを元に戻し、薬草園を飛び立つのだった。
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