第3話 屋上ランチと赤いミニトマト
4時間目が終わり、俺は屋上へ向かう。最近の高校は屋上を立ち入り禁止にしている所が多いと聞くが、俺の高校は自由に出入り可能だ。
階段を上り、アルミ製のドアを開ける。
「待たせて悪いね、栞」
今日は、「屋上でお弁当」を栞に経験してもらう。これも前回の「下校」に続いてかなり定番だろう。また変な勘違いをしてないと良いんだが。
「ぜ、全然大丈夫だよ」
栞は申し訳程度に作られたベンチで、またもや小説を開いていた。最近、自分でも小説を読んでみようと考えるのだが、結局面倒くさくて読んでいない。
「今日はどんな本を読んでたんだ?」
「これはね、綾辻行人って言う人の、推理小説なんだ。この人は、あっと驚くような叙述トリックが得意で――」
栞は仕舞った本を取り出すと、その本の魅力や特色を話してくれた。かなり長々と解説されたが、栞は小説の話になるとやけに雄弁になるので、意外と聞き入ってしまう。
「あ、ごめんね、話しすぎちゃったね」
「いや、楽しめたよ。ありがとう」
さあ、雑談が終わったところで、いよいよお弁当だ。俺は細長い2段弁当を持ってきている。1段目は米、2段目はおかずが入っている。対して栞は、1段だけのシンプルな弁当だ。中身も至ってシンプル、俺と同じく米とおかずのみ。
1つ気になるのは、弁当の端に詰められたミニトマトだ。8つほどのミニトマトが隙間なく敷き詰められている。
「栞はトマトが好きなのか?」
「う、うん。甘くて美味しい」
残念なことに、俺はトマトが嫌いだ。栞も含めて多くの人が「甘い」などと言っているが、全く理解できない。あれは酸っぱい以外の何物でもない。
「正直言って、俺はトマト好きじゃないんだよね」
「嘘……! ほ、本当に?」
栞は珍しく大きめの声を出していた。
「このトマト、私のおばあちゃんが育ててるんだけど、すごく甘いから、1度食べてみない?」
うん、食べてみるよ――と、言いそうになったのを堪える。前回の「右腕抱きつき事件」から考えるに、栞が勉強したいのは恋愛、と言うよりもラブコメに近い物だろう。
――ここは1つ、攻めてみよう。
「うーん。栞が食べさせてくれるなら考えるかな」
「あ、えっと。食べさせるって言うのは、わ、私が、蓮くんに、あ、あーんするって、事だよね」
栞はトマトと同じぐらいに顔を赤くして、口をぱくぱくさせている。そして1つ深呼吸すると、箸で器用にミニトマトを持ち上げた。
「じ、じゃあ、いくよ」
端に両側を掴まれたミニトマトが、俺の口元へ運ばれる。栞の手は小刻みに震えていて、はぁはぁと息も荒めだ。
さらにミニトマトは近づき、俺はそれを1口。
咀嚼し、味を確かめる。――が、何故か味が分からない。これは変だ、何かおかしい。味覚が正常に働かない。
ふと右手を頬に当てると、異常に熱かった。
「れ、蓮くん。私にあーんされて、照れちゃってるね。顔、赤くなっちゃってるよ」
栞はそう言って、あまり見せない笑みを浮かべている。
――これは予想外だ。
自慢になるが、俺は彼女を作った事があるし、デートに行ったこともある。食べさせてもらう程度のイチャつきはなんて事ないと思っていた。
だが、現状は違う。俺は、栞に赤面している。理由は分からない。
このままでは示しがつかない。何とか状況を覆さなければ。
「そ、そういう栞こそ、耳がこんなに赤くなってるぞ」
俺はそう強がって、栞の耳に手を――
「んっ……」
「ち、ちょっと。私、耳が弱いからぁ……」
「あ、いや、ごめん」
俺は直ぐに弁当を食べ終わり、前屈みで教室へ向かった。
桜庭 栞の恋愛勉強 犬小屋 @INUkoya
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