解決編 Z世代刑事と価値観のズレ
二人は管理人室で防犯カメラの映像を見ていた。
「ああ、その時刻なら……」
管理人が通路に仕掛けられたカメラの死亡推定時刻前の映像を再生する。
「被害者が外に出た様子はなしか……」
「ええ、窓から出たのならわかりませんが」
その結果、その時間帯に部屋に入っていったのはやや年老いた男性だった。
「この人もガンドゥムファンですかね?」
「いえ……この人は……確か……」
管理人が何かを思い出そうとしているようだった。
「ああ、彼のお父さんですよ。一度こちらにも挨拶に来られたので覚えています」
「被害者の……父親だと?」
重本が映像を見ながら言った。
「はい、間違いないと思いますよ」
それから数十分後、父親は部屋から出てきた。何も大きな荷物は持っていない。
「なんだ。遺体がないじゃないか。……殺害現場がここだというのは――」
「窓」
「は?」
「だから、窓です。遺体だけ窓から出して、自分は手ぶらで帰るように見せかけた……防犯カメラがあることを知っていて」
軽井がそう言うと、重本は首を
「ちょっと待て! それは矛盾してるだろ!? ……防犯カメラがあることを知っているのなら、最初から窓から入って映らないようにすべきだろ?」
「それなんですが……最初は殺意がなかったとしたら? 殺す気がなかったのに殺してしまった……その後、防犯カメラの存在を思い出したとしたら?」
「なるほど、それなら後から遺体の処理に困って窓から出したというのも
「本人はドアから入るところを見られてしまった以上、見えないように窓から出てしまってはかえって怪しまれてしまいますからね。遺体だけ窓から出すしかなかったんでしょう。大人の男性の力なら、サイズ的に窓から出せないこともなさそうですし……靴を履かせて鍵を開けたままなら、被害者が自分で窓から出たようにも見えます」
軽井はそこで一度言葉を切った。
「幸い、窓はこのアパートの駐車場に面してますし」
「つまり、車で来ていたらすぐに運び出して公園に運べる、と」
重本は納得したようだった。
防犯カメラの映像を見終えた二人は、管理人に礼を言ってから車に乗った。
「鑑識の方に、遺体に細かい擦り傷などがないか確認した方が良いかもしれませんね。窓から出す時に、落としていたら傷が付いている可能性があります」
「ああ、そうだな」
重本はそれから何かを考えるような仕草をした。
「しかし、お前の推理通りなら、実の父親が子どもを――」
「今時、親の子殺しなんてそうそう珍しくもないのでは? 虐待して、幼い我が子を殺した親なんてのもいますし……」
「確かにそうだが、なんだかな……」
重本はそれ以上言葉が出てこなかった。
時代が悪いのか、付いていけない自分が悪いのか――彼はそう自問しているようだった。
被害者の実家に連絡したところ、彼の父は出張中で二日後に帰るとのことだった。
その間、捜査は遅々として進まなかった。
夜の公園周辺での目撃情報はなかった。元々、昼間しか人がいないようなところだから当然と言えばそうだが。
被害者の衣服からは本人以外の指紋は検出されなかった。もっとも、衣服から指紋を採取されることを想定して、犯人が着替えさせた可能性もなくはない。
二人だけは殺害現場はアパートだと主張したが「被害者が日常的に窓から出入りしていた」と知ると防犯カメラに彼の外出の様子がないのも問題ないとされ、捜査は公園を主体にされていた。
遺体からは確かに死後の細かな擦り傷のようなものも検出されたが、それはアパートが殺害現場で移動させた証拠だとするには「弱い」との見解だった。
その後も、軽井は何か被害者の母親と連絡を取っていたようだったが、重本はそれをぼんやりとみていた。
こうして、進展のないまま二日が過ぎていった。
二日後の午後遅く、被害者の父親が帰宅したそうなので二人は会いに行った。
とはいえ、あくまで任意だ。下手なことは言えない。
一軒家のリビングで二人は彼と向き合っていた。
まずは、重本が改めて状況説明をした。
「あの息子が……」
母親から聞いていただろうが、やはりショックなのか顔をしかめた。
「それで、息子さんのご遺体はしばらくこちらで預からせていただきますが……」
重本はできる限り丁寧に言った。
その悲しげな様子から、やはり軽井の間違いだったのではないだろうか――重本はそう思ってちらりと見る。
軽井は口を開いた。
「あの、息子さんに最期に会われたのはあなたですよね?」
軽井は
「は……最期? どういうことです? ……犯人以外で会ったのは、最期かもしれませんが」
「いいえ、最期に会ったのはあなたです」
「何を言っているんですか!? 私は公園には行っていませんよ!」
父親の手がわなわなと震える。コイツを連れてきたのは間違いだったか!?
「公園……先程の話では、公園で殺されたとは言っていませんよ」
「そんなの……公園で遺体が見つかったことなんて、ニュースでも言ってましたし、妻からも聞きましたし……皆知っていますよ!」
「そうですね。遺体は確かに公園で見つかりました。ですが、殺されたのは彼のアパートです。そこだと犯人が特定されてしまうから、遺体の場所を変える必要がありました」
まずい、止めなければ――重本が少し前のめりになった。
「何を根拠に、そう言っているんですか!?」
案の定、父親は殴り掛からんばかりだ。
「あなたは、アパートで息子さんと会われておそらく口論になった末に殺してしまった――故意であるかはどうか別として。そして、そのままだと自分が疑われると思い、遺体を窓から出して公園まで運んだんです」
「だから何を根拠に――」
次の瞬間、軽井は思い出したように言った。
「指紋」
「は?」
「指紋、取らせてもらえますか? 息子さんのアパートのプラモからも同じ指紋が出ると思いますから……」
「そんなの、息子の部屋に行った時に触ったから当然――」
呆気に取られた様子で言いかけた時だった。
「それは、あり得ませんよ」
軽井はそう断言した。
「な、なぜ…………?」
父親は意味が分からないという様子だった。
「あなたは、息子さんがどのようにプラモを作っているかご存じでしたか?」
「そんなもの……どうだっていいじゃないですか!? いい年した大人が、まともに働きもせずに、あんな玩具に夢中になって……なんというか……」
「息子さんは、素手ではプラモを触っていません。彼の製作工程を載せたブログでも全て薄手の手袋をしての作業をしています。プラモを作る人には、指紋が付くのを極端に嫌がる人もいますが、彼もそうだったようです」
そこで一呼吸おいて言った。
「そんな人間が、他人に素手で触らせると思いますか?」
軽井は喋りながらスマホを器用に操作している。
「それなのに、より指紋の目立つメッキされたプラモに指紋が残っていました……ほら!」
軽井はスマホで撮影した画像を見せて言い放った。
重本も画面をのぞき込んだが、拡大された金メッキのプラモデルには確かに指紋らしきものが見えた。
「あなたは、崩れたプラモをとっさに素手で並べ直してしまった。どうせ殺害現場でなければ詳しく捜査されないという油断もあったのでしょうね。そして、公園の方に残る遺体の衣類等は、おそらく手袋か何かをして着替えさせた……違いますか?」
「そ、それは……」
さっきまでの勢いは全くなくなっていた。
「もし認められないのでしたら、鑑識を呼んで指紋を照合してもらいますが……」
「仕方……なかったんだ……」
父親はうなだれてそう言った。
こうして、罪を認めた父親はその場で逮捕された。
取調室では、玩具で遊んでばかりで働こうとしない息子を説得しようとアパートを訪ねて口論になり、思わず突き飛ばしてしまったところ、棚に頭をぶつけて死亡。それを
「あの……息子さんは仕事をしていましたよ」
それを聞いていた軽井がぽつりと言った。
「そんな馬鹿な!?」
「これは、奥さんには黙っておいてほしいと言われてたんですが――」
実は、被害者はガンドゥムプラモデルブロガーとして界隈では有名であり、収益化に成功して月々かなりの収入があったそうだ。その中から、毎月十万円ずつ実家にも仕送りしていたという。
「それなら、なぜ妻は……」
「本人が黙っておいてほしいと頼んでいたそうです。近いうちにもっと収益を上げられるようにして、父親にも『仕事』として認めてもらえるようにするからその時まで、と」
「それじゃあ、私のしたことは……」
それ以降は、言葉にならなかった。ただ
「俺の若い頃とは、仕事の概念も違うんだな」
取り調べが一通り終わり、デスクに着いた重本がそう言って深いため息をついた。
「まあ、近い将来AIに取って代わられる仕事も出てきてますしね。価値観のアップデートは欠かせませんね」
軽井がそれに応じる。
「そんな簡単に価値観なんて変わりゃしない……時代に取り残されるばかりだ」
「そんなこと言わず、先輩もガンドゥムのプラモを――」
「いや、それでも職場でプラモデルを組むんじゃねえ!」
軽井はそれを聞くと笑った。
「……うん。やっぱり先輩にはその方が似合ってますよ」
「ああ、どうせ俺は時代遅れの年寄りだよ!」
被害者の遺した大量のプラモデルは、高額で買い取りたいという声が多々あったらしいが、母親が断って大切に保管すると決めたそうだった。
知らぬで仏 Z世代刑事のお気楽捜査2 異端者 @itansya
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