知らぬで仏 Z世代刑事のお気楽捜査2
異端者
事件編 Z世代刑事とプラモデル
珍しく真面目に仕事しているな――年配の刑事、
手元はよく見えないが、何やら熱心にデスクに向かっている。
重本はこの軽井とコンビを組んでから、その奇行に振り回されっぱなしだった。今ではそれが日常と化してしまっている。
だが、今日はようやくまともに仕事を……って、なんじゃありゃあああ!?
軽井のデスクにはプラスチックの細かな部品のような物が並んでいた。
「二度切り……面倒なんだよなあ。どうせ素組みだし、ここは一発で!」
「おい! お前何してるんだ!?」
重本は怒気を含んだ声で迫った。小さな子なら、それだけで泣き出してしまいそうな勢いだ。
「何って、『駆動戦士ガンドゥム火星の悪魔・シュバルツデッテ』を組んでるんですよ」
軽井は平然と答える。まさに柳に風だ。
「職場でプラモデルなんか組んでるんじゃねえ!」
「先輩、視野が狭いって言われません? いつ、どこでこの知識が役立つか分からないんですから、これも仕事のための教養ですよ」
軽井は深いため息をついた。本気でそう思っているようだ。
「馬鹿野郎! プラモデルが人を殺すか!? お前の理屈は無茶苦茶なんだよ!」
周囲から失笑が漏れる。またか、と。
生真面目なベテラン刑事・重本といい加減な若手刑事・軽井――この二人は凸凹コンビとして署内では知れ渡っている。
「いいから、さっさと片付けろ! 俺たちの仕事は遊びじゃないんだ!」
「はいはい……分かりましたよ、先輩」
軽井は渋々とだが、工具とプラモデルを箱にしまった。
その時、電話が鳴ったので、とっさに重本が取った。
「……なんだと……殺し? 分かった、すぐ行く」
「あ……ちょっと待ってください。パーツが一つ……」
「馬鹿! そんなもん捨てちまえ!」
重本は嫌がる軽井を連れて事件現場へと向かった。
現場は近所の公園だった。
既に青いビニールシートでその一角が覆われていた。
二人は鑑識の人に簡単な挨拶を済ますとシートの中に入った。
中には、小太りの若い男性の遺体があった。出血等は見られない。
「仏さんの死因は?」
重本が聞く。
「何かで後頭部を強打したようですが、出血はほとんどありません。凶器らしき物も見つかっていません」
「こんな所で頭を激しく打つはずもないし、撲殺か……」
「他に外傷は?」
「今のところ見つかっていません。死亡推定時刻は、おそらく昨日の午後八時前後だと思われますが……」
「身元は?」
「遺体を見た近所の人から、この近くのアパートに住む
「第一発見者は?」
「今日の午前十一時頃に、買い物帰りに寄った主婦です。あちらで待っていただいています」
「分かった、ご苦労様」
重本は軽井を連れて向かった。
「ちょっとお……冷蔵庫に入れなきゃ、駄目になっちゃうじゃない!」
そこにいた中年の主婦は、買い物袋を手に不満げにそう言った。
「あ……じゃあ、先にお送りしますよ。冷蔵庫に入れた後で、お話は伺います」
軽井は丁寧にそう対応した。
こうして、彼らは彼女をパトカーに乗せた。
「アイスなんてもう溶けちゃって……弁償してくれるのかしら……」
軽井が運転している間、彼女はずっとそのような愚痴を言っていた。
あの後、いったん自宅に戻してから彼女を署に連れてきて聞いたが、特に目新しい情報はなかった。
徒歩での買い物帰りの道でふと脇の公園の茂みを見たら手が見えた。最初マネキンだと思ったが、それは人間の手だった。死後硬直していた人間の手がそう見えたようだ。
彼女は慌てて警察に通報した。そこは閑静な住宅街でその道は通勤、通学路からも外れているので、それまで誰も気付かなかったようだった。
証言にも不審な点はなく、死亡推定時刻には友人に電話していたとの裏付けも取れ、彼女は早々に容疑者から外された。
――第一発見者が犯人なら、そんな楽なことはないよなあ……。
重本は署で天井を見上げながら思った。
他の刑事たちが死亡推定時刻前後の公園周辺の目撃情報を聞き込みしているので、重本と軽井は被害者の自宅の捜査に向かうことになった。
「あ~もうお昼ですし、調べるのは後にして食事にしましょうか?」
軽井は相変わらずだ。全く、死体を見た直後だというのに……思えば、コイツは最初からこうだった気がする。重本が初めて事件現場を見た時は、食事が喉を通らなかったが……。
「馬鹿! こういうのは早い方がいいんだ、さっさと行くぞ!」
「は~い、了解です」
被害者の自宅は、事件現場とされた公園から歩いて十分程の木造の二階建てアパートだった。
管理人の老人に説明すると、あっさりと一階のその部屋に案内してくれた。近頃は個人情報だとかなんとかで書類がないと非協力的な者もいるが、彼は違うようだった。
「あの……身元は近所の人が知っていたって聞きましたが、ご近所付き合いはされてたんですか?」
軽井は部屋の前で管理人にそう言った。
「ええ、あの人はここに独り暮らしで近所でもちょっとした有名人でして……特に子どもたちからは『ガンドゥムおじさん』なんて言われてました」
管理人の顔が少し暗くなった。
「ガンドゥムだと……?」
重本は軽井が組んでいたプラモデルを思い出した。
「あれ? 部屋の鍵が開いたままですね……」
管理人が気付いて言った。
「被害者は鍵を開けたまま外に出たのか?」
管理人が部屋に入ると、二人が続いて入る。いくつかの棚が並べられているが薄暗いので管理人が電灯をつけた。
「なんだ……これは!?」
重本は息を飲んだ。
部屋中の棚一面に、ロボットのプラモデルが並べられている。
「すごい……ガンドゥムシリーズをこれだけ揃えるなんて……」
軽井は感心している。
「お、おい? ガンドゥムとかいうのは?」
「もちろん、駆動戦士ガンドゥムシリーズですよ」
「だから、それはなんなんだ!?」
「駆動戦士ガンドゥムシリーズとはですね――」
軽井が説明しだした。
駆動戦士ガンドゥムシリーズはTVを始めとしたロボットアニメシリーズであり、このようにプラモデルを主力商品にしたグッズ展開をして稼いでいる。その歴史はなんと四十年以上もあり、最初期から追っているファンもいるので結構な年配の人間にもファンは多いとのことだった。
「つまり、被害者はその熱心なファンだったってことか?」
「はい、それは間違いないでしょうね。近年では転売目的にプラモを買い漁る人間もいると聞きますが、そんな輩はわざわざ組み立てたりしませんので」
そこで軽井は気付いたことがあって管理人の方を見た。
「ところで、ガンドゥムおじさんと呼ばれてたってことは、ご近所にも有名だったんですよね?」
「ええ、私は詳しく知りませんが、その専門のブログ……だったかで稼いでいると聞いたことがあります」
「そのブログって、どれか分かります?」
「ええっと……確か……」
管理人は恐る恐るといった様子でブログ名を口に出した。
軽井はスマホで検索すると、それを見ている。
「おい、捜査の最中だ! 後にしろ! ……窓の鍵も開けたままか、不用心な」
窓はカーテンが閉められていたが鍵は開いたままだった。
「裏手の駐車場に面しているので、以前から窓から出入りしていると聞いたことがあります。プラモデルの箱って結構かさばるみたいで……建物に入って部屋まで運ぶよりもそっちの方が楽だとか……」
管理人は思い出しながら少しずつ話した。
軽井は被害者のブログとプラモデルの棚を交互に見ているようだった。
「おい! そんなもの見てる場合か!?」
「え~、何か手掛かりがあるかもしれませんよ」
「こんな
重本は呆れてそう言った。どうしてこうもいい加減なのか理解できないといった風に。
「はいはい、分かりました……あれ?」
「今度はどうした?」
「あの棚、おかしくないですか?」
軽井は一つの棚を指差した。その棚の中にもガンドゥムのプラモデルが大量に並べられている。
「何もおかしくないだろ? 同じようなロボットのプラモデルがあるだけで……」
「いえ、明らかに変です。管理人さん、被害者の死後に誰かが入ったことはないんですよね?」
「ええ、少なくともドアからはそうだと思います。……最近は物騒なので通路に防犯カメラがありますから、そちらを確認していただいても構いません」
軽井は棚に近づくとしげしげと眺めた。そして――
「やっぱり……殺害現場はおそらくここです」
「ちょ、ちょっと待て! なんでそんな結論に――」
「この棚が、他の者の手で並べ直されているからです」
重本と管理人は意味が分からないという顔をしていた。
「なぜ、そう言える?」
「この棚だけ、別のシリーズが混ぜられているんです。こっちは『ガンドゥム000』の主役機、こっちは『ガンドゥム火星の悪魔』の量産機、他にもいろいろ……つまり別々の分類の物がごちゃ混ぜになっているんです」
「たまたそうしたかっただけじゃないのか?」
「それは、あり得ません。他の棚を見ればシリーズごとにきれいに分けられていることは一目瞭然。この棚だけをごちゃ混ぜにする意味が分かりません」
「そうか! つまり並べ直したのは被害者じゃない! ……犯人か!?」
「その通りです。おそらく被害者は犯人とここで争った。その時に棚を倒してしまった犯人はとっさに元に戻した……殺害現場がここだと分からないように」
「そうだ! 防犯カメラだ!」
重本は管理人に向かって言った。
パシャリ。
無言の軽井が金メッキのプラモデルをスマホで撮影していた。
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