落とし穴
風馬
第1話
突然、私は尻餅をついてしまった。
「痛たたた......」
何が起きたのか理解する間もなく、周囲を見回すと、どうやら誰かが地面に落とし穴を掘っていたらしい。無造作に掘られた穴の底で悶絶している間に、あまりの痛みに気を失った。
「ん!」
目を覚ますと、私はベッドの上に横たわっていた。白いシーツに覆われた簡素な部屋。横にはスーツ姿の男が立っている。
「気分は如何です?」
紳士的な声にハッとする。そして落とし穴に落ちたときのことを思い出した。だが、驚いたことに今は痛みがない。
「もう大丈夫です。」そう答えると、男がニヤリと笑った。
「では、少しお楽しみになりませんか?」
楽しみ?何だそれ?と思いつつ、気軽に返事をした。
男に誘われるまま、小さな部屋へ案内された。どう見ても部屋というよりエレベーターだ。
「ここにお入りください。」
男は壁の黄色いボタンを押した。その瞬間、床がフワッと浮き上がるような感覚に襲われ、私は必死に体勢を保とうとした。
「どうでした?」
どうでしたって......何がどうだか分からない!
緑のランプが点灯すると、男は次に赤いボタンを押した。
今度は横に振り回される感覚。私は壁に投げ出されてしまったが、男は壁際に立っていて平然としている。
「最初から知ってたんですね!」
「取っ手を掴むと楽ですよ。」
男が指差した取っ手を握り締めたが、私の不快指数は上昇するばかりだ。
次に案内されたのは、医務室のような部屋。中央の机の向こうに若い女性が座っていた。
「こちらへどうぞ。」
男の誘導で椅子に座ると、女性がしなやかな手で私の手を握る。
「私の手を強く握ってください。」
期待が膨らむ。だが、次の瞬間、彼女は注射器を取り出し、私の腕に刺した。
「う゛っ!」
「すぐに楽になりますよ。」
そう言いながら、手際よく血を採取する。どうやらそれが目的らしい。
処置が終わるとタイミング良く男が戻ってきた。
「どうでした?」
答えようがない。
さらに案内されたのは食堂。ショーケースにはアイスクリームがずらりと並んでいる。
「好きなものをどうぞ。」
気を取り直して、私は大好きなバニラを選んだ。しかし、一口食べると......。
「甘くない!」
「全ての種を教えましょう。」
男が語り出した話によると、ここは未来の地球らしい。落とし穴はこの世界への通路で、驚いたことにこの世界には糖分が存在しないらしい。
「それで血を採ったんですか?」
「そうです。糖分を抽出するために。」
なんて自分勝手な奴らだ。不快指数は限界突破だ。
「戻してください!何でもします!」
懇願すると、男はしばらく考えてから頷いた。
「では、糖分の詳細を教えてください。」
私は砂糖の存在を伝え、白くて甘い粒のイメージを説明した。男は満足そうに頷き、時限物質転送装置で元の場所に戻してくれるという。
再び地元の地面に立った私は、急いで砂糖を買い、落とし穴へ戻った。そして、彼らのために砂糖を振りまく。
「これでいいだろう。」
きっと彼らは喜ぶだろう。そして涙を流すに違いない。その涙は甘くはないだろうが、彼らにとってはかけがえのないものだ。
不快指数はすっかり消え、心は晴れやかだった。
「敵に塩を送る......いや、砂糖か。」
私は未来の地球に向けて微笑みを浮かべた。
落とし穴 風馬 @pervect0731
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