屋台終・おでんと清酒

「いらっしゃいであります」


「よー、今日も来たな」


「先に頂いてるぜ」


 匂いを辿り今日も屋台の暖簾のれんを潜る、牛頭と馬頭が既に座っていて何かを食べていた、深めの茶色い皿に色々と入っているが……


「今日はおでんであります、清酒も付いてるであります」


 おでん……?聞いたことが無いな、この屋台は私の知らぬ料理が出てきて常に驚かせてくれる、清酒は酒か。


「お待ちどうさまであります、皿の縁のカラシは好みで具に付けて欲しいであります」


 店主が私の前に二人と同じ皿とグラスを置いた、カラシというのはこの黄色い物か。まずは皿の中からいこうか、見たことのない物が殆どだ。丸くてやや茶色に染まっているのは、これは卵だな、同じく丸いが輪切りにされた物、灰色で板の様な物に黒くて結んである物、白くて三角形や筒状の物、そして茶色い口が閉じられている袋。これらが茶色で透き通った汁に浸かっていた。


 まずは卵から、汁で茶色に染まったそれを一口。味が充分に染み込んだ、プルプルとした白身と濃厚な黄身が口内に広がる、豚骨ラーメンの時とはまた違う落ち着いた味。味わいつつも二口で卵を食べ終え……さて、他のはまだ食べたことはおろか見たこともない品々。

 黒いのに目が行ったのでこれにしよう、ふむ……何だろう、食感からして海草か?だが旨味がまるで違う。おでんの汁からもこれの風味が感じられるな、出汁にも使われているのだろうか、歯切れが良く実に旨い。

 次は灰色のだ、とてもプルプルとしているな。噛むとプチっと切れとても弾力がある、味はあまり強くないが、汁が染みているせいか弱すぎるということもなく、あっさりした味わい。

 それから輪切りの物へ手を伸ばす。驚く程汁を吸っていて、口にする度に溢れ出す、どうやら野菜のようで特有のほんのりした甘味がある。とても柔らかく簡単にほどけていく。

 と、そういえばカラシとやらを使っていなかったな。黄色いそれを残った輪切りに付けて口に運ぶ、その瞬間。


「!?」


 辛さが鼻を貫いた。これは……か、かなり刺激が強いな、マスタードみたいな物だと思っていたのだが……少しだけ付けた方がいいなこれは。


 少しせたので飲物を飲む、酒だったな。果物のような香り、そして味、エールとは全く違うそれはまるで花のよう。だがしっかりとした強い酒精が喉を通過していく、これが清酒か。うむ、これは少しずつ飲む物だな。


 清酒のせいか、やや火照りながら次のを食す、三角のと筒状のだな。三角のは淡白でフワフワしており、輪切り同様に汁をたっぷりと吸っていてすぐ溶けていく。筒状は同じく淡白ながら柔らかな弾力があり食べが応えがある。


 さて最後はこの袋のやつだな、中に何か入っているようだが。袋も食えそうだ、噛むと白い物が出てきた。それはやたらと伸びる、グニュグニュとしていて中々飲み込めないが、すぐ溶けてきて喉を通過する。成程、面白い食材だ。


 全ての具を食べ終え汁も飲み干す、あっさりしていて何か安心する、そんな味だ。


「軍曹、大根と昆布と卵追加で」


「俺はハンペンと竹輪と餅巾着を二つずつ」


「わかったであります」


 おかわりを頼む二人、私もまだまだ胃が空いているので食べるとするか。


「私も頼む、全部10個、後清酒もくれ」


 おでんを食べ進め酒も少し回って気分も良くなってきた頃、聞きたかったことがあるのを思い出した。


「此処に来てから思っていたのだが、何故迷宮で屋台を開いているのだ?」


 私の質問に、店主はおでんを作る作業は止めずに返してきた。


「非常に都合が良いからであります」


「都合が良い?」


 今一意味が分からず、おうむ返しをする。


「あまり詳しくは言えないのでありますが、この迷宮の特性が我々の目的を果たすのに最適なのであります」


「この迷宮の特性……」


 ……特性……そうか。


「飢餓か」


「その通りであります、この迷宮は飢餓状態になるのが非常に早いであります。この五層の時点で普通は限界を迎える、余程の食料を持ち込まないと奥には進めず、しかも下層に行けば行く程飢餓になる速度は上がっていき、どう足掻いても空腹に襲われるのであります」


「まあ俺達魔族はそこまでじゃねーんだけどな」


「人間が一番顕著だな」


 清酒を飲みながら牛頭と馬頭も話に加わってくる。ふむ、飢餓迷宮の特徴は大体私も知っているが……それとどう繋がる?店主は続ける。時おり小さいアラクネが材料を何処からか持ってくるのだが、倉庫でも近くにあるのか。


「この特性を活かせば、商売が可能であります。抗えない空腹に耐えかねられなくなったとき、目の前に食べ物がある。取るべき行動は一つしかないであります」


「……食わずにはいられない」


 そう、極限までの空腹で食べ物を出されたら誰も抗えないだろう、食べなければ飢え死にしてしまうのだから。しかも此処に来る連中は最下層を目指している、自殺志願でも無ければ道中で死ぬ訳にはいかないのだ。


「故に、此処で屋台を開けば確実に儲かるであります、高値でも食べざるをえ得ないのであります」


 ……結構あこぎだな……まあ確かに儲かるだろう、飢餓迷宮に挑む者は後を絶たないからな。此処で屋台を開く意味は分かった、だがもう一つの疑問が有る。


「何故金を稼ぐのだ?魔族に人間の通貨が必要とは思えないのだが」


「通貨が欲しいんじゃなくて、通貨の材料になってるのが欲しいのさ」


 牛頭が答える。


「魔族の住んでる土地はとにかく金属が不足しててな、この迷宮を利用して回収してる」


 馬頭も卵を食べつつ加わる。


「何に使ってるかは言えんが、そのまま通貨としても使ってるぜ。後、此処で倒れると財布とか無くなって追い出されてんだろ?俺達が回収してんだ。死んでたら後で埋めてるけどな」


 ……だから倒れると身ぐるみを剥がされていたのか。


「まあ理由はこんなところであります、さ、出来たでありますよ」


 追加のおでんを食べ私は迷宮を後にする、次は何が食えるだろうか。まさか私がこんなに魅了されるとは、だが楽しみだ。


 ~FiN~

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迷宮屋台~女騎士は空腹に抗えない~ トイレの花子 @toiko290141

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