淡雪
久良紀緒
淡雪
僕が小学校へ上がる前の年。
両親が仕事の都合で海外へ約3か月ほど行く必要ができて、僕だけが雪国に住むおばあちゃんの家にひと冬の間預けられた。
おばあちゃんのことは好きだったが、都会ぐらしの僕にとっては、雪国の生活は慣れなかった。
最初は、都会ではめったに見ない雪だったので、うれしくておばあちゃんの庭先ではしゃいでいた。
しかし毎日のように降り続ける雪。
空を見上げても暗くて重い雲が邪魔をして、都会で見る青空がほとんど見えない。
さらには、近所に子供は住んでいなかったので、一緒に遊べる友達もいなかった。
それは僕の気分を下げるのには十分だった。
そんな僕を見て、おばあちゃんが心配したのか、ある日縁側に雪でウサギを2つ作ってくれた。
白くて丸い雪の塊に、赤い南天の実で目をつけ、木の葉の耳がついている。
2つの雪ウサギのうち、一方だけには黄色い花がついていた。
雪ウサギの大きさに比べて、花が少し大きかった。
おばあちゃんが言うには、花がついている方は女の子のウサギなのだと。
都会育ちの僕にとっては、初めて目にした雪ウサギだった。
そのかわいらしい姿に目を奪われ、気分が一瞬でもまぎれたことを今でも覚えている。
その翌日のことだった。
昨日おばあちゃんが作ってくれた雪ウサギを見ようと縁側に出ると、庭に一人の女の子が立っていた。
雪のように白い肌で年は僕と同じぐらい。
頭には黄色い花の髪飾りを付けていた。
まるで、おばあちゃんが作ってくれた、女の子の雪ウサギのように思えた。
近所には子供がいないと聞いていた僕の目の前に現れた女の子。
遊び友達ができるかもと喜んで、彼女の元に駆け寄った。
僕が前のめりになって話しかけたので、少しおとなしそうな彼女は、困惑していた。
それでも僕がいろいろと話しているうちに、彼女も打ち解け『みゆき』という名まえを教えてくれた。
それから毎日のように彼女は庭先に来てくれて、僕と一緒に遊んでくれた。
そのおかげで、僕も再び明るさを取り戻すことができた。
彼女が遊びに来るのは、決まって朝早くだった。
おばあちゃんが朝ごはんのしたくをしている時間だけ、一緒に遊んでくれた。
朝ごはんができたとおばあちゃんが僕を呼びに来ると、彼女はいつのまにかいなくなっていた。
おそらく彼女も、朝ごはんを食べに家に帰っていたのだと思う。
毎日彼女ばかりが僕の家に来てもらうのも悪いかと思って、次は僕が彼女の家に行くと言ったことがあった。
しかし彼女には、やんわりと断られてしまった。
断られた理由は、よく覚えていないが、その時は納得したことは覚えている。
僕は彼女との毎日が楽しくて、いつまで遊べるのか気になって聞いたことがあった。
すると彼女は、「雪がなくなるころまで」と言った。
僕も多分そのころには、両親が迎えに来てくれると思うと伝えると、少しだけ悲しそうな顔をしていた。
おばあちゃんは、僕が朝ごはんの前に、いつも庭で遊んでいるのが気になって、何をしているのかと聞いてきたことがあった。
彼女と遊んでいるという話をしたが、おばあちゃんは『みゆき』のことを知らないと言っていた。
多分僕と同じで、祖父母の家に遊びに来ている子だと思うと伝えると、おばあちゃんも納得してくれた。
そんな彼女との毎日は、ある日終焉を迎える。
毎日のように降っていた雪が、降らない日が多くなってきた頃だった。
それまで、毎日のように遊びに来てくれていた彼女が、2日に1度や3日に1度と、遊びに来る頻度が低くなった。
それでも来てくれるだけで僕はうれしかったので、来てくれた日は夢中になって、いっしょに遊んだ。
そのため、彼女にも用事があるのだろうと、あまり深く詮索しなかった。
やがて、気温も暖かくなって、春の息吹が感じられる頃、彼女は庭に姿を見せなくなった。
これまでは長くても3日に1度は顔を出してくれていたのだが、すでに5日ほど彼女の顔を見ていない。
そういえば、ここ数日は雪が降っていない。
「雪がなくなるころまで」
彼女が言った言葉を思い出した。
ふと縁側の雪ウサギを思い出し、それがどうなったかを確認してみると、すでに2つとも雪は溶けてしまっていた。
そこには、赤い南天の実と木の葉、そして、黄色い花だけが残っていた。
その黄色い花が『福寿草』の花だと知ったのは、それから大分経ってからだった。
その次の日に、両親が僕を迎えに来た。
結局、彼女にはお別れの挨拶をすることができなかった。
僕は彼女との淡い思い出を胸に、都会へと戻って行った。
彼女はもしかしたら、雪ウサギの化身だったのかもしれない。
今年、めったに降らない雪が都会に降った。
その雪を見ながら、おばあちゃんと雪ウサギ、そして彼女と過ごしたあの冬のことを思いだしていた。
淡雪 久良紀緒 @okluck
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