俺だけは絶対に騙されない!

日和崎よしな

俺だけは絶対に騙されない!

『夕方のニュースです。○○市の住宅で起きた強盗殺人事件で、県警は無職の○○容疑者を強盗殺人容疑で逮捕し、送検しました。県警によりますと、○○容疑者はSNSで募集していた高額報酬の――』


 俺はテレビを消した。


「まったく……馬鹿だなぁ……。人まで殺しちゃって。俺なら絶対に引っかからないのに」


 ニュースでやっていたのは、無職の男が闇バイトに引っかかって強盗殺人を犯したという話だった。


 闇バイトは、SNSなどで「短時間で高収入」などの甘い言葉で募集していて、それに応募すると、詐欺や強盗を強制されて犯罪者になってしまう。


 騙されたと気づいて拒否しようものなら、応募時に送った身分証明書の情報を元に、「別のバイトが家に押しかけて家族に危害を加えるぞ」と脅される。


 だから、応募したが最後、引き返せなくなるのだ。


 俺はスマホでSNSを開き、興味本位で闇バイトを募集している投稿を探してみた。


「お、あった……」


 そのアカウント名は「高収バイト斡旋」だった。

〝1日30万円、即日払いOK! 募集枠、残りわずか!! 簡単に稼げます! ″などという、これまたいかにもな投稿がトップに固定されていた。


 ――ピロン。


「ん?」


 ダイレクトメッセージが届いた。


「高収バイト斡旋」からだった。


 スパムにしてはタイムリーだな、などと考えながら開いてみると、そこにはこう書かれていた。



[高収バイト斡旋]

 日給10万円から。

 即日手渡し可能。

 ホワイト案件。

 楽に稼げるバイトに興味ありませんか?



「30万じゃねーのかよ」


 騙そうとしているくせに、ちょっと安く済まそうとしている魂胆が透けていてイラっとする。


 腹が立ったので、ちょっと冷やかしてやることにした。


 こういうのは個人情報を渡さなければ大丈夫なのだ。食いついたように見せかけて、土壇場で逃げてガッカリさせてやろうではないか。


 俺はさっそく返信した。



[うんこ用タッパー]

 興味あります。



 やべっ、アカウント名を変えとくんだった。恥ずかしい……。


 ――ピロン。



[高収バイト斡旋]

 ご連絡ありがとうございます。

 それではさっそく、入力フォームに必要事項の記入をお願いいたします。



「いや、いきなりすぎるだろ」


 普通は先に仕事内容の説明をしたり、質問がないか確認したりするもんだろ。


 まあいいや。デタラメを書いてイラつかせてやろう。


 俺は入力フォームをタップした。


「うわっ!」


 入力フォームに自動で俺の個人情報が入力された。

 名前、電話番号、住所、全部書いてある。


「あっぶねー……」


 これはスマホの記憶情報の自動挿入機能だ。

 頼むから、こんなときにまで発動しないでくれ。


 フォーム内の情報を削除しようと画面をタップする。


「え……?」


 情報が送信された。


「待て待て待て待て! 送信ボタンは押してないって!」


 送信ボタンは下のほうにあった。間違いなくそこには触れてない。

 俺が触れたのは、名前の入力フォームだったはずだ。


 ――ピロン。



[高収バイト斡旋]

 かじ大我たいが様、ご登録ありがとうございます。

 それではさっそく、係の者から連絡を入れさせていただきます。


[うんこ用タッパー]

 すみません。間違えました。応募はなしでお願いします。



 ――ピロリロピロリン。ピロリロピロリン。


 電話がかかってきた。


 電話番号は……見覚えがある。「高収バイト斡旋」のプロフィール欄に書いてあった番号だ。


 俺は電源ボタンを押して着信を切った。


 ――ピロリロピロリン。ピロリロピロリン。


 間髪入れずにかかってきた。番号はやはり「高収バイト斡旋」のもの。


 何度切ってもすぐにかかってくる。


「くそが……」


 俺はスマホをベッドの上に放った。


 どうしよう。どうすればいい?


 そうだ、警察に相談しよう。警察に連絡するのは抵抗があるが、いまはそんなことを言っている場合じゃない。


 俺は放ったばかりのスマホを手に取った。そして……。


 ――ピロリロピロリン。ピロリロピロリン。


「くそっ!」


 何度切っても間髪入れずにかかってくるから、肝心の110番が入力できない。


 どうにか1まで入力しても着信で中断されてしまう。


 こうなったら直接、警察署に行くしか――


 ――ピンポーン。


 人が来た。こんなときに誰だよ、まったく……。


 俺が玄関扉の覗き穴に顔を近づけた瞬間――


 ――ガンガンガンガン! ドンッ、ドンッ!


 扉が激しく揺れた。

 ついでにガチャガチャとドアレバーが小刻みに動く。


 俺は察した。早くも闇バイトの奴らが俺の家に押しかけてきたのだと。


 怒鳴ってくるでもなく、ただひたすら扉が叩かれ続けている。


 まるで着信音とセッションでもしているかのようだ。うるさい。


 こうなったらベランダから下に降りるしかない。


 ここはボロアパートの二階。最悪、落ちても死にはしないだろう。


 俺は玄関にあった靴を持ち、ベランダに向かった。


 カーテンを開け、引き戸を開け――


「うぇっ!?」


 その光景を見て思わず変な声が出た。


 路肩にワゴンタイプの黒い軽乗用車が停めてあり、運転席の扉に寄りかかった男が、タバコをふかしながらこっちを見上げていた。


 黒いニット帽、黒いサングラス、黒いジャンパーに黒いジーンズ。

 黒いナイロンマスクもつけているが、タバコを吸うために顎まで下げている。


 車種以外は完全に殺し屋。こんなの映画でしか見たことない。


 でも俺は命を狙われるほど大層な人間じゃない。

 ただ闇バイトに返信しただけなのに……。


 黒ずくめの男がタバコを捨て、スマホを取り出した。

 おおかた俺が逃げようとしていると仲間に知らせているのだろう。


 俺のスマホは相変わらず鳴り続いている。だが扉を叩く音がやんだ。


 俺は足音を忍ばせて玄関の方に近づいていった。


「ん……?」


 カチャカチャと音がする。


 スマホがうるさいが、着信パターンの隙間の無音時間で、確かに扉から金属の擦れる音が聞こえてきた。


「まさか!」


 俺は慌ててチェーンロックをはめた。


 その瞬間、ドアがガンッと開いた。

 しかしチェーンのおかげで全開はしない。


 開いた隙間からは、やはり全身黒ずくめの男が見えた。


 男は勢いをつけ、ガンッ、ガンッと何度も扉を開こうとするが、チェーンは壊れない。


「開けて」


 ただひと言、低い声でボソッと言ってきた。


「開けるわけねーだろ!」


 俺がそう答えると、男が隣を見て、男のうしろを別の黒い影が横切った。


 その後、扉は閉まった。


 もう扉を叩く音はしないが、のぞき穴から外を見ると、さっきの男がじーっとこちらを見て待ち構えている。


 俺は早鐘を打つ心臓をなだめながら部屋へと戻る。


「ん?」


 足音が二重に聞こえた気がして立ちどまった。俺がとまったのに足音が聞こえている。


 床が振動している。


「まさか……」


 隣だ。隣から聞こえてくる。


 隣は空室のはずだから、足音が聞こえてくるということは、奴らが隣室に侵入したのだ。


 ガラガラと引き戸を開ける音がした。


 それから、ガンッ、ガンッとベランダの非常壁を叩く音がする。


 ベランダの鍵はさっき開けたばかりだ。

 俺はすばやく駆け寄って鍵をかけた。


 その瞬間、非常扉を突き破って黒ずくめの男が姿を現した。


 即座にカーテンを閉めるが、その一瞬のなかで、男がバールのようなものを手にしているのが目に映った。


「やばい、やばい、やばい……やばい!」


 俺をどうするつもりだ?


 口封じに殺すつもりか?

 口封じが必要なほど深く関わってないぞ。


 それとも、無理やり連れ去って仲間に引き込むつもりか?


 なんにせよ、こうなった以上は自己防衛しなければ。


 俺は台所に駆け寄り、包丁を手に取った。


 ――パリン。


 ガラスの割れる音がして、カーテンが揺れた。


 ガラガラと戸が引かれる音がして、カーテンの裏から黒ずくめの男が姿を現した。


 やはりバールを持っている。


「来るな! 来たら刺す!」


 俺は包丁を握りしめて男に向けた。


 だが男はためらう素振りも見せず、バールを振り上げながら駆けてきた。


「来るなって! あ、あ、ああっ、うわああああああっ!!」



   ***



『夕方のニュースです。○○市にあるアパートの一室で、成人男性が刺されて死亡しているのが発見されました。凶器は包丁と見られており、警察は現場アパートに住むの31歳の男性、梶大我容疑者を殺人の容疑で逮捕し――』



 ――ピロン。


[高収バイト斡旋]

 日給十万円から。

 即日手渡し可能。

 ホワイト案件。

 楽に稼げるバイトに興味ありませんか?



  〈了〉



(※重要※)

 闇バイトは「バイト」などと名前がついていますが、その実態は犯罪です。

 SNSやインターネットなどで「短時間で高収入」などと謳った甘い誘いには乗らないようにしましょう。

 万が一にも個人情報を送ってしまった場合は、警察相談専用電話「#9110」にご相談ください。

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