遥か彼方の春を思う
みすてりぃ(さみぃ)
遥か彼方の春を思う
指も長くて爪も綺麗。ペディキュアとかしたらいいのに。
そう言うのは、同期入社の由美と桜。
んー、なんとなく飾る気にならないのよね、といつも通りの返事を返す。
麻美はいっつもそう言うよねー、と2人は口をとがらせた。
社会人になって3年目。
21歳のあたしは、そこそこに満ち足りた生活をしていると思う。
今日も、単なる金曜日で休みの前ってだけなのに、いい歳してパジャマ・パーティーなんてしているのだから。
休日前のOLが3人も集えば、それはそれは
だけど、大抵の話は決まってる。
仕事の
時刻はもうすぐ23時。
もしもこれが男のいるような場であれば、可愛らしくカシス・オレンジなんかを
たまには飾らないのも大切なわけ。
いや、あたしは元々飾っちゃいないけど。
そこそこのペースでお酒が進み、全員の顔が、紅葉のように赤らんだ頃。
唐突に由美が言う。
やっぱり納得いかん!
なーんで麻美はそんなに飾らないなのかなぁ。
これは酔ってる。
麻美の言動と表情はそれを強く思わせた。
普段のくるんと丸く潤んだ瞳が嘘のように座っていた。
だって、だってよ?
メイクだって服だっていつも素朴じゃん!
ぜーったい可愛くなるのに、さ?
この話は、あたし達3人がお酒を飲むといつも出てくる話題。
たまにはちゃんとメイクしてオシャレしなさい、って叱られる。
今日は由美だったけれど、これが桜の場合もある。
分かっているのだけれど、なんだか気乗りがしない。
褒めてくれるのはとても嬉しいのだけど、少し悲しいような辛い様な感覚。
特に、足に関することは。
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今でこそこんなあたしだけど、すこし前までは夢を追いかける少女だった。
物心ついた時には憧れて、ただひたすらに踊っていた。
あたしの青春は、バレエそのもの。
真っ白な衣装を纏って、窮屈なトゥ・シューズで回るのよ。
男?オシャレ?そんなものに割く時間なんてなかった。
あざと内出血にまみれていたあたしの足。
血豆がたくさんあって、ゴツゴツしてたあたしのつま先。
それが誇りだったの。
16歳の夏の日。
その日もあたしは回ってた。
いや、その日まで、あたしは回ってた。
突然、雷に撃たれたみたいな痛みで立っていられなくなった。
その日、かかりつけのドクターになんて言われたのかは、あまり覚えていないけれど。
もう踊れなくなるんだなって、それだけがはっきりと心に残った。
リハビリを受けながら運良く普通に動けているけれど、歩けなくなる可能性もあったらしい。
そうならなかった事に、感謝しかない。
自分で言うのも何だけど、あたしの足は多分キレイだと思う。
アザもないし、内出血も無い白い足。
ゴツゴツもしてないし、血豆もないつま先。
だけどそのキレイな足を見る度に、あの日々を思い出す。
青春が足元から湧き上がってくる。
足を飾ることで、なんだか、あの日々を否定するような。
そんな気がして、気が乗らないのだ。
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ふと気がつくと由美が頭を撫でていて、桜が足を撫でていた。
あたしの回想、脳内の描写かと思っていたものは、どうやら全て口から出ていたらしい。
無論、お酒のせいもあるが何故か全員泣いていた。
それから、どうなったんだっけな。
分からないけど、あたしたちは団子みたいになって眠りについたんだ。
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目が覚めると時計は午前11時を指していた。
妙な寝方をしたせいか、体中のいろいろな関節からパキパキと音が鳴る。
だが、それ以上に有刺鉄線が頭に巻きついているような頭痛に嫌気がさす。
さすがに深酒が過ぎたようだ。
あったま痛ぁ...。
体が水分を求めている。
キッチンへ向かおうと立ち上がろうとした時、ふと目に入るあたしの足。
由美と桜の枕になって、ふくらはぎには髪の跡。
足の甲とつま先には小さいアザが残っていた。
あの話を人にしたのは初めてだったなぁ。
水を飲みながらしみじみと考える。
同時に、なぜあれほどに執着していたのだろう、と思った。
もう一度、足を見てみる。
やっぱり髪の跡とアザがある。
なんだか、ちょっと可笑しい。
だけど、心がスッキリと軽い。
そんな気がする。
そうだ、せっかくだからこの気持ちのままネイルサロンにでも行ってみようかな。
もちろん由美と桜にも付き合ってもらおう。
多分みんなもうそろそろ起きるでしょ。
思い立ったが吉日って言うしね。
と、ここまで考えてはみたのだがどうやら今日は無理そうだ。
あたしの頭に巻かれた有刺鉄線が、どうにも外れてくれそうにない。
終
遥か彼方の春を思う みすてりぃ(さみぃ) @mysterysummy
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