最終話 札付き魔族のやり直し

 ふと気が付くと、俺は森の中にいた。仰向けの状態で寝転がっていて、そこから前の記憶はまるでない。紫色に染まった空は見覚えがあって、まさかと思って辺りを確認してみれば濃い魔力の混ざった魔界特有の空気が満ちていることが理解できた。


「……なぜ俺がここにいる」


 それは本来おかしいことだ。俺はシャルロットと交わした魂の契約を破り、そして魂を失って消滅したはず。それは確かに覚えている。しかし魂の消失とは存在の消失だ。魂を失った俺はいわゆる輪廻転生の環に戻ることも無く、天国や地獄といった場所にもいかずに最初から存在しなかったことになるはずだ。


 それなのになぜ俺はここにいる? どうやって生き延びた? そもそもどうやって魔界に戻って来た? 


「一体これはどういうことだ……シャルロ────」


 口に出した後、シャルロットがいないことに気付いた。今この場所にいるのは俺一人。ここは人間界ではなく、忌まわしい魔界だ。


「また、独りか」


 この感情を抱いたのはいつ以来か。胸に穴が空いたような、不安にも近いこの息苦しさ。この気持ちの名を孤独というのだろう。人間界で暮らす前はさほど気にならなかったというのに、今はどうしようもなく辛い。


 果たして俺は孤独に苦しむような情けない男であったか? 否、断じて違う。かつての俺は、このような軟弱者ではなかった。だが俺は知ってしまったのだ。俺は人間界で、孤独ではないことの素晴らしさを知ってしまった。そして孤独が如何に寂しくて辛いものかを知ってしまった。


 目を閉じれば瞼の裏に蘇る、我が友の姿。シャルロット、セバス、エヴァ……他にも多くの人間と出会った。しかしどうにも、何か足りない気がする。あと一人、誰か一人を忘れているような……?


 突然、頭の中に光景がフラッシュバックした。焼け落ちるダイン帝国、崩壊間近の宮殿にて、俺は誰かと話していた。その誰かは死の間際で、俺に何かを託してそのまま死んだはず。それは俺にとって衝撃的な出来事だった。だからこそ詳細に覚えているはずなのに、その誰かの姿を思い出そうとしても、まるで白い塗料で塗り潰されたように思い出せない。


『何もかもあなたにさしだすわ…………でもなんでも、あなたに全部捧げるから────』


 姿の代わりに、声が何を言っていたのかを思い出した。そのとき俺は全てを理解した。


「……俺に魂を捧げた奴がいたのか」


 つまり消えた魂は俺ではなく、その誰かの魂だ。何者かの魂が身代わりになったのだ。だから俺はここにいる。


 思い出してやれなくてすまない。そう思った。俺の代わりに死んだ友の名を思い出せず、墓に名を刻んでやれないことがどうしても悔やまれる。しかし、それでも弔ってやることはできるだろう。魂が消滅した者を弔って何になるのかとも思うが、こういう行いは合理が介在するものではない。思い立った俺はそこら辺にあった枝を一つ取り、土を少し盛って作った山のてっぺんにそれを刺して墓の代わりにした。


「消えない借りを作ってしまったな」


 墓に十字架を切る。風が吹いて、土の山と枝は呆気なく崩れてしまった。それが無性に気に食わなかったので、俺は土をぎちぎちに固めた墓を作り直した。また風が吹いたが、今度は崩れることは無かった。


 さてこれからどうするか。あてもなく森を歩きながら思案する。経緯はどうあれ、俺は確かに生きている。そして魔界に帰って来た。いや帰ってきてしまったというべきか、それはまぁ置いておこう。


 考えた結果、やはり人間界に戻りたいと思った。この孤独が、どうしようもなく耐え難いのだ。今にも身が引き裂かれそうで、そして心細くて苦しい。


 だが俺は人間界に戻ることはできない。俺はあまりにも殺し過ぎた。"破天荒"。俺は、人も魔も喰らい尽くす化物だ。そんな化物を打倒したシャルロットは今頃英雄として世界に生きていることだろう。


 シャルロットが長年思い描いた理想が、今まさに人間界で実現しているのだ。今ここで俺がシャルロットに会いに行けば、人間界に戻ってしまえば、その全てが無駄になる。だから人間界には戻らない。少なくともシャルロットが死ぬまでは。


 しかしそうなるとシャルロットとの約束を破らざるを得ない。契約を破ったくせに、その上更に約束まで破るろくでなしにしかなれないというわけだ。それだけは絶対に嫌だ。一度ならず二度までも、シャルロットを裏切ることは憚られる。


「また、会えないものか」


 生まれ変わって、シャルロットと再会する。それを果たすためにはどうすればいいか。


「────もう一回死んでみるか」


 それが一番理想的な方法だろう。頭のいい者であればもう少し上手い方法を考え突くのかもしれないが、生憎俺の脳はそこまで出来が良くないからmこういう力づくな手段しか思いつかない。とはいえ、これは結構理にかなっていると思う。幸い魂は残っているから、死んで生まれ変わることはできる。記憶を維持する術が課題になってくるが、これさえ解決してしまえば全て上手く行く。


 タイムリミットはシャルロットが死ぬまで。人間の寿命は短いから、長くても数十年程度といったところか。いや実際にはもっと短い。死んでなくても、待たせすぎるとシャルロットがセバスのように老いぼれてしまう。それでは意味が無い。約束は早いうちに果たすべきだ。ともかく俺は早急に記憶を維持したまま転生する方法を見つけなければならない。

 

 急いで森を出ようとしたとき、不意に聞こえて来た音が俺を足止めした。最初は空耳かと思ったが、耳を澄まして聞いてみると、風の音に紛れて微かにおぎゃあおぎゃあと泣く声が聞こえる。


「赤ん坊……?」


 間違いない、これは赤ん坊が泣く声だ。しかしこんな森の中になぜ赤ん坊が? 疑問を抱きつつ、俺は導かれるようにして泣き声が聞こえる方へ向かった。


 赤ん坊の泣き声はまるで光のようだった。無限の暗闇の中に突如として差し込んだ一筋の光と形容すべきか、それとも羽虫をおびき寄せる妖しい光というべきか。どちらにせよ、俺はこの赤ん坊の泣き声に、もしくは赤ん坊の存在に惹かれている。


 間もなくして泣き声をあげていた赤ん坊が俺の前に姿を現した。別にどうってこともないただの赤ん坊だ。こんな森の中にいることを除けばだが。赤ん坊は籠の中で白い布に身体を包まれているが、大方捨てられたのだろう。


「どうした、親に捨てられたか」


 赤ん坊は答える代わりに泣き続けた。仕方がないのでそっと抱き上げてみると、赤ん坊は少しびっくりしたのか目を開け、俺の顔をジッと見つめている。赤ん坊の宝石のように透き通った緑色の瞳と目が合う。赤ん坊は泣き止み、代わりにいきなり笑い始めた。どうやら俺のことを親だと勘違いしたようだ。嬉しそうに手を伸ばして、俺の顔に触ろうとしている。


「俺は親じゃ────いや…………仕方ないな、今から俺が親になってやる」


 否定しようとしたが、この花が咲いたような笑みを見ているうちに気が変わった。それにこの赤ん坊は……別に似ている部分がある訳ではないのに、どことなくシャルロットに似ている気がする。


 しかし、俺も随分丸くなったものだ。かつて"破天荒"と恐れられたこの俺が、こうして親になろうとは。なかなかどうして、赤ん坊の笑顔というのは可愛らしい。キャッキャと笑う声が甲高くて耳が痛くなるが、不思議と苦にならない。それどころかもっと聞いていたいとすら思えるような気分だ。


 ……親父も、俺を拾ったときは同じ気分だったのだろうか。


「今日からお前は俺の子だ。名前は…………ラブ」


 少し考えた後、俺はかつて人間界で使っていた名前をこの子に与えることにした。最初はシャルルと名付けようとしたが、許可なく人の名前を使うことは良くないことだと考えてやめた。それにシャルロットに似てるからと言ってシャルルと呼んでしまえば、なんというか、シャルロットに負けた気がする。気に食わん。ラブは嬉しそうにまた声を上げていた。


 この出会いは運命だ。千載一遇のチャンスと言ってもいいだろう。


 俺は今日から、やり直す。ラブと一緒に。破天荒、札付き魔族の名を捨てて、ただのグラムとして生まれ変わるのだ。


「シャルロット…………すまないな」


 お前と交わした約束は守れそうにない。魔族が赤ん坊から大人になるまで数百年は掛かる。ラブが独り立ちする頃にはシャルロットは土の中、きっと骨すら残っていないだろう。


 許してくれとは言わないさ。俺は、お前との契約を破ったくせに、その上更に約束まで破るろくでなしだ。でも、俺は、やり直す。やり直すんだ。やり方はお前と一緒に過ごした日々から学んだ。


 出会うはずの無かった人と出会った。

 知るはずの無かった味を知った。

 聴くはずの無かった歌を聴いた。


 俺が知ろうともしなかった世界で、かけがえのないものを手に入れた。


 出会い、別れて、やり直す。


 今こそ、この世界でやり直そう。


 全ては、お前が俺を召喚してくれたおかげだ。

 

 ありがとう、シャルロット。いずれ、輪廻の先で。

 

 Fin.

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札付き魔族のやり直し~もち姫様の心を添えて~ 金剛ハヤト@カクコン11参加勢 @hunwariikouka

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