寄生概念

ただけん

寄生概念

 深夜。目に真っ青な光を浴びて、ネットの海にどっぷり浸かる訳でもなく、ただぼんやりと漂っていた時。

 画面の上から現れた一件の通知。瞬間脳内から溢れ出す暴力的な言葉たち。誰だよ。今いいとこなんだよ。この時間に送ってくんな。

 慣れた手つきで某コミュニケーションアプリを開く。トークの一番上に、全く知らない人の名前が刻まれていた。

 被害者、って誰だよ。たまに仲良い友達から悪戯でこんな感じのメッセージが送られてくる。これもその一種だろう。

 にしても、名前まで変えるとか、いらない労力をかけるなよ。

 トーク画面を開き、一番上。

「私は、あなたに殺されました」

 は?何言ってんだこいつ。その言葉をそのまま打ち込み、返信する。

 …既読つかねぇ。返信くらい読めよ全く。

 イラつきながらアプリを閉じると、メールが一件来ていた。タイトルは「被害者」。

 メールまで送ってくんなよ気色悪りぃ。内容はさっきと変わらず「私は、あなたに殺されました」。

 こんなもんすぐ消去だ消去。メールをゴミ箱にポイっと捨て、またネットの海に繰り出していった。


 眠くなってきた。時刻は午前3時。今日はここんとこで寝るか。

 この家の絶対的安全地帯であり、安眠の地のベッドに異物が入り込んでいた。

 封筒?まさか…、中身は「私は、あなたに殺されました」。

 こんなもん昼見た時はなかった。つまり、ついさっき誰かがこの家に入ったってことだ!

 瞬間、背筋に嫌な感覚が流れる。その感情を押し殺すように怒鳴った。

「おい!誰だ!いるのはわかってんだぞ!?これは立派な不法侵入だ!警察案件だぞ!」

 当たり前のはずだが、誰からも返事は来なかった。震える足に喝を入れ、全部屋の電気をつけた。

 これもまた当たり前のはずだが、誰もいなかった。俺の部屋も物が少ないから身を隠せる場所などなかった。

 目が冴えてしまった。もしかしたら寝ぼけていただけかもしれない。そうだ、あれは寝ぼけてただけだ。俺何してんだろ…。

 気直しにジュースでも飲もう。確か冷蔵庫に飲みかけがあるはずだ。

 冷蔵庫からソーダを取り出す。コンビニで一番安かったものだ。炭酸が抜けてるせいか、よく冷えてるのに大して美味くない。

 ふと、手にしたソーダを見てみた。

「私は、あなたに殺されました」

 確かに書いてある。ラベルにしては無骨な明朝体で。

「うわぁああ!!!」

 情けない声をあげてキャップが開いたペットボトルを放り投げる。中の液体は宙を舞い、床に広がった。

 そんなことどうでもいい。ここにいてはダメだ。俺の本能が告げていた。

 急いでコートを羽織り、財布やらスマホやらをポケットに詰め込み、全力で玄関に向かった時、台所が見えた。

 考えるよりも速く、俺の手は包丁を攫っていった。大丈夫、これは防衛。正当防衛だ。

 玄関を飛び出し、鍵もかけずに階段を駆け降りた。

 向かうは近所のネカフェ。情報収集にも、身を隠すにもぴったりの場所だ。


 はぁはぁ…日頃の運動不足が祟ったな。もう走れない。でも、ここまでくれば大丈夫だ。

 目的のネカフェもあと少しだし、ネットで情報を集めれば解決策も見つかるだろう。

 ふと、後ろからの視線に気づいた。振り返ると、ここから50mくらい後ろに人がいた。なんてことはない、ただの人だ。


 信号を渡ると、後ろにいた人がすぐ近くまで来ていた。俺の行くところをついてくる。どうやら、この男もネカフェに行くらしい。

 俺のことを抜かした時、

「私は、あなたに殺されました」

と聞こえた。確かに聞こえた、幻聴じゃない。そして、確かにあの男が言った。俺はすぐに男の肩を掴み言った。

「おい!今なんて言った!?」

 男は驚いていた。至極当然の反応だ。なぜ俺は自分の耳を疑わなかったんだろう。

「なんも言っていませんよ!第一、知り合いでも無いのに、声掛けるわけないでしょ!……あ…」

 確かにその通りだ。俺は気が動転してたんだ…もっと慎重に行動しないと。

 男は肩の手を振り払い、足早に去っていった。まるで逃げるようにだ。そうだよな、夜道で知らない人に話しかけられたら俺も逃げる自信があった。

 途端に申し訳なさが込み上げてくる。語調も強すぎるな。一言謝らないといけないな。

 そう思い、俺はその男を追いかけた。男の方は、俺が追いかけてきたのを見ると、全速力で走り出した。

「待ってくれ!」

 そう声を掛けたのだが、男はさらに速度を上げ走って逃げていった。

 やっとのことで追いついた瞬間、男が前のめりに倒れた。きっと何かにつまづいたんだろう。少し考えてから、落ち着いて言った。

「…大丈夫か?」

 次の瞬間、男がむくりと起き上がった。目は見開いてるのに、無感情だ。直感でわかった。そして、俺を指差し、言った。

「私は、あなたに殺されました」


 ……はぁッ!!はぁ、はぁ…ここは。ベッドの上だった。

 なんだ、悪い夢だったのか。カーテンの隙間から朝日がのぞいている。

 ほっと胸を撫で下ろしながら、リモコンを手に取り、どうでもいい朝のニュースをつけた。

「…今日午前3時頃、交差点で人が刺される事件がありました。刺されたのはこの付近に住む二十代男性で、重体で病院に搬送されました」

「監視カメラには、犯行時刻に包丁を持った人物が被害者を追いかけ、刺す様子が写されており、警察が行方を追っています」

 まもなく、玄関のベルが鳴った。

脱ぎ捨てられたコート。

床に広がったジュース。

血がべっとりと付いた包丁。

「私は、あなたに殺されました」

 脳内でこの声が反響した。

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