第4話 生きているか、死んでいるか(出題編3)
~旅館の部屋・推理パート~
今は18時です。
「さて、これまでの情報をまとめるのと、これからの方針を決めよう」
ハト丸はハナちゃんとキリーナさんに言いました。
「正直、今日は忙しくなると思います」
「えー、それじゃあ夕食の天ぷら御膳や、温泉はどうなるんですかね」
「何が起こるか分からないから最速で。そして最低限の仮眠をとったら23時に行動開始になると思う」
キリーナさんは突然の予定変更に疑問を抱きました。
「なんで急に推理を急ぎ始めてるのですか? 昨日は時間に余裕を持ってそうでしたのに」
その言葉に、ハト丸は深刻な表情を浮かべ言いました。
「僕の推理に外れが無ければ、おそらくもう時間が無い」
「時間……なんの?」
「順番に説明するね」
ハト丸はみんなに分かるように紙に情報をまとめました。
●容疑者
ブタ:ブタ万次郎
:ブタ美
猫 :ヒーちゃん
:ブチ
:シャケ
:フク
●被害者
ブタ:ブタオ
「昨日はブタたち、今日は猫達の証言を聞いた」
「はい」
「猫の族長ヒーちゃんと、その息子であり捕まっているブチ。
この二人の話を聞いてどう思った?」
「ブチに対して言いたいことはごまんとあります。
ブタオ君に暴行しておいて、殺しただの、実は殺してないだの……一体何を言ってるんだかと思います。
でも親子としてみれば……対照的な親子ですよね。
族長かつ成功した実業家の父と、不良で周囲に迷惑と被害をもたらす息子。
……でも正直親バカよね。悪い意味で」
「それは例の取引のこと?」
「まさしくその通りですよ!
息子を犯罪者にしないためと、嘘の証言をさせて……本当に息子の為を思うのであれば、そんな事せずに警察や法に任せるべきでしたよ」
「……それは本当にそうですか?」
「え?」
キリーナさんはキョトンとします。
「僕はね、ヒーちゃんは親バカ、ということが腑に落ちません」
「えっとそれは……」
「ヒーちゃんはあの日、ブチに対してどんな証言をしたのか覚えてますか」
「えっと、『ブチが生まれていなければ! 何もかもうまくいっていた!』……あ」
ヒーちゃんは息子のブチに対して、あろうことか生まれなければ良かったと言っていました。
「ヒーちゃんは、ブチを恐れていた。自分の父親の姿を重ねて、ね」★
「でもそれじゃ、どうしてブチを助けるような取引を……」
「この取引、【ブチ達がブタオを殺したと自白すれば、無罪にする】というのはブチを陥れる罠、というのが僕の推理です」★
「「え!?」」
キリーナとハナちゃんは驚きました。
「ブチは、ハメられた……ということですか……自分の父親に……」★
その通りなら親バカではなく、親失格ということです。
「ヒーちゃんと、そしてこの事件の黒幕の掌の上だった、ということさ
そしてそれが時間が無い一番の理由——タイムリミットは、ブチ、シャケ、フクに判決が下るまで」
「判決……とは……」
「推理するまでもない。おそらく死刑だよ。今晩中にね」★
「!?!?」
キリーナは慌てて言いました。
「死刑!? 今晩!?」
「どうしてブチを死刑にしたいのか? それはまだ分からない。でも状況がブチ達を追い詰めようとしてるのは明確だ。
そしてもしも、ブチを死刑にするのが目的ならば、黒幕はどういう行動をするか? チェス盤をひっくり返して考えよう。
僕たちが来る前ならば、事件の熱が落ち着いた後に死刑にすればいいと考えていたはずだ。
だが今日、ブチは僕たちに真実を話した。
ならばもう一刻も早く死刑にしなくてはならないと考えるはずだ。つまり今晩だということさ」
「そんな、それじゃあもう手遅れ——」
「だが、すぐに死刑にするとは考えにくい。なぜなら人目があるうちに死刑にしてしまえば、かなり目立つ。
おそらくこれは一部の者たちの悪辣な企て。大事になるのを避けたいはずだ。
だから実行は、皆が寝付く0時以降。これがタイムリミットだと思う」
キリーナはこの話を聞いて、とっさに口を開きました。
「すぐに助けに行かなくちゃ!」
出ていこうとするキリーナを、ハト丸は止めました。
「待って」
「どうしてです! タイムリミットなんてすぐじゃない!」
「おそらく下手に動くと見抜かれる」
「え……」
「ハナちゃん。この旅館の外にどんな動物がいる?」
ハナちゃんはクンカクンカとにおいを嗅ぎました。
「くんくん、かすかにですが、猫と豚が多いような気がしますね。
しかも旅館を取り囲んでいるみたいに」
「——見張られてるの、わたし達……」
キリーナは恐怖で顔が引きつりました。
「下手に動いたら、ブチ達は即座に処刑されるでしょう。
だから、大人しくしているように見せて、隙を見て抜け出しましょう。
その間に、僕たちで出来る限りの推理をして、処刑前に証拠を手に入れ、突きつける。それしかない」
「——分かりました。そういう事ならば」
キリーナさんは納得して、その場に座りました。
「それではようやく始められそうですね。推理を」
ハト丸は言いました。
「それでは再度、状況を整理しましょう」
再度、皆に紙を提示しました。
●容疑者
ブタ:ブタ万次郎
:ブタ美
猫 :ヒーちゃん
:ブチ
:シャケ
:フク
●被害者
ブタ:ブタオ
「これが現在、僕たちが考えている関係図です」
「はい」
「ブチの話を思い出してください。ブチは『俺たちは子豚を殺していない』と言いました。
——けれど、子豚を暴行したことは否定しませんでした」
「……はい。正直、眉唾ですけど」
「でも、それが真実だとしたら?」
「……ぴきーん!」
「ぴきーん?」
「わっかりました!
じつは、ブタオ君は生きていたんですよ! つまり誰も死んでいない!
つまりこの事件の真相は、ただの狂言だったということです!」
「確かに、その可能性を否定できない」
「じゃあ、やっぱりブタオ君は生きて——」
「でもすべてを説明できない。
もし仮にブタオが生きていたとします。でもそのあとは?
実は生きているけど戸籍上で死んでいたら、少なくとも日本国内で暮らしていけませんよ?」
「う……確かにそうですが、何かそれも理由があるんじゃないですか?」
「でもわざわざ殺人をでっち上げるというのはそれなりにリスクがある。リスクと見合うリターンが無いと不自然だ。
僕の推理はこうです。
ブタオはブチ達に暴行された後で、ブタオの首を絞め殺害した犯人が別に居る」
「それじゃあ、その犯人は……?」
「今の状況では絞れない。不特定多数の犯人X(エックス)としてもいいだろう
けれど時間がない今、少なくともブチの潔白を証明できる推理だ」
「でもそれじゃあ、他の謎はどう説明をするのですか?」
「僕の推理は、つまりこういう流れだと思ってる」
ハト丸の推理
1、ブタオがブチ・シャケ・フクに暴行される。
2,ブチ・シャケ・フクは現場を去る
3,その後、ブタオは犯人Xに殺される
4,ブタ万次郎は犯人Xの為に隠ぺいを画策する(犯人Xはブタ万次郎にとって重要な関係を持つ人物と推定)
5、ブチ・シャケ・フクが事件の犯人と周囲に嘘の情報を与える(ブタ美、ヒーちゃんもこの情報を信じたと思われる)
6,ブタ万次郎とヒーちゃんの間で話し合い、ブチ達を死刑にすることを決定(ヒーちゃんは、ブチがブタオを殺したと信じ込んでいるため死刑することにしたと推定)
7、そしてヒーちゃん経由でブチに、無罪にするからと嘘の自白をするように仕向けた。
「そして今に至る。そういうことさ」
キリーナさんは目を輝かせていいました
「すごい! なんて完璧な推理なのでしょうか! これが名探偵ハト丸さんの推理!!」
「えっへん!
これならばブタ万次郎が事件を偽装した理由も、ブチ達が死刑にされることにも理由が付く。
ある程度の大筋に説明がつくはずだ」
そんな中で、ハナちゃんだけは首をかしげました
「——ブタオの遺体が無くなった理由はこれで……分かるんですかね?」
ハト丸の時間は固まりました。
硬直したとも言います。
「別にそれなら遺体なんて処理せずに、首絞めもブチ達がやった、で通せばいいんじゃないですかね?」
そしてハト丸は、苦虫をかみつぶしたような顔で言いました。
「おそらくだけど……遺体には、犯人Xに繋がる証拠があったんだ。
だからどうしても遺体を警察に引き渡すわけにはいかなかった。と僕は推理する」
しばらくしてハト丸は肩を落として言いました。
「……いいや白状する。こじつけだよ正直。無理やりだ」
「ハト丸さん……」
キリーナさんは優しく言いました。
「ううん、こんな短い時間と少ない証拠でこんな推理を出来るなんてすごいじゃないですか」
「はは、そう言ってくれるだけで僕は嬉しいよ」
ハト丸はキリーナさんの肩を持ち、言いました。
「でも必ず真相を掴んでみせる。なにせまだ僕には切り札があるからね」
「——ハト丸さん……♡」
「くぅーん、何で妻を差し置いて、二人でいちゃつくんですかね」
ハナちゃんは悲しそうに言いました。
「ち、ち、ちちがいますよ! すみませんハナちゃん……」
「いえいえ、いいんですよキリーナちゃん!
わたしキリーナちゃんのことが大好きですから!」
「ハナちゃん……」
「事件が無事に終わったら、皆でラブラブ3Pしましょう!」
「それは狂ってるよ!?!?」
ちなみにハナちゃんは発情期です。
なので狂っていません。
「ああそれがいい。僕たち三人ならきっと楽しいよ」
「いやいや、うう、これ以上押し切られたらキリンとしての道を踏み外すので勘弁してください……」
ハト丸はキリリとしたシリアス風の顔つきになりました。
「それじゃあ、事件を解決するための切り札を使おう」
「そういえば切り札って……」
「最初に話しただろ? ——死んだ被害者に直接話を聞くって」
「あ……そういえばそうでした」
「さっそく、おとーさん召喚!」
ハト丸の目の前にモニターが出現しました。
「はーい、お父さんだよ」
人間の中年男性と、その横に
「お母さんもやってきましたわ!」
なんとも美しいリョコウバトの女性が現れました。
「お母さん! 久しぶり!」
「ふふ、ハト丸ちゃんも元気そうで嬉しいですわ!」
ハト丸のお母さんのリョコウバトさんです。
旦那と共にすでに亡くなっていますが、死後の世界からテレビ電話することが出来ます。
「リョコウバトさん! わんわーん」
「まぁハナちゃん! わんわん」
「わん。わわんわんわん。わん」
「わんわん。わん。くぅーんわんわん」
ちなみにリョコウバトさんは犬語を話すことが出来ます。
「……おほん。で、お父さんお母さん。ブタオ君は見つかりましたか?」
ハト丸の推理では間違いなくブタオ君は死んでおり、両親同様に話することが出来ると考えていました。
が、しかし
「ハト丸。ごめん。見つけられなかった」
「え?」
ハト丸にとって、信じられない答えでした。
「お父さんも、地獄や天国のいろんな人に聞いて回ったし、それでも見つけられないからリョコウバトさんとその仲間たちにも手伝ってもらって探したんだけど……
死んだ子豚の中に、ブタオという名前の奴は居ないって」★
「それじゃあブタオは——」
「おそらく死んでない、と思うよ」
これまでハト丸の中で組みあがった推理がガラガラと崩れ去る。
「僕の推理は、間違っていた——」
そして同時に、ほぼあり得ないと考え、切り捨てた推理が脳裏をよぎる。
「キリーナさんの推理が、正しかった——?」
キリーナさんは喜び言いました。
「やっぱり、実はブタオは生きていて、全部ただの狂言! 狂言の殺生事件だったんですよ!」
ハト丸は、本当にそれは正しいのか、なんども何度も己に問いかけました。
(ブタオが生きているのであれば、それに越したことはない。なんなら不幸中の幸いと喜んでいいことなのに——
この違和感は一体なんなんだ——
いったい、まだ何の謎が残っている——?
どうして、こんなにも吐き気に近い胸騒ぎは何なんだ——!)
これは遺体が存在しない殺生事件。
ブタオは生きているのか——
ブタオは死んでいるのか——
いや、そういう事じゃない——
問うべき謎は、きっと、そういう事じゃない——
きっとそれは一番最初に感じた違和感——
最初に問うべき前提条件——
「ブタオ——」
ハト丸は、無意識的につぶやきました。
「君は一体、何者なんだ——?」★
リョコウバトの名探偵 シャナルア @syanarua
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