第3話 ブチの嘘(出題編2)

~旅館の部屋、ブタオの検死結果~


名前:ブタオ

年齢;8歳

性別:男性

死因:窒息死★

遺体の状況:全体的に殴打の痕・猫の爪による切り傷あり。指先を骨折、そして死因となった手で首を絞めた痕跡あり。★

      切り傷の中には、とりわけ深い爪痕があり、容疑者の一人であるブチによるものだと推定される。


***


 これはブタたちが報告してきた検死結果です。


(この結果の中におそらく嘘が混じってる。

 だけど、これからの捜査の手掛かりになるかもしれない)


 ハト丸は猫の集落の調査前に向けて、資料を読み込むのでした。


~猫の集落・猫の族長の家~


 猫の族長、ヒーちゃん。


 細い体に高身長。


 眼鏡をかけており、インテリの風貌です。


「どうぞ、こちらへ」


「すっごい部屋」


 ハナちゃんは言いました。


 実はヒーちゃんは実業家でもあり、株式会社かつお節のCEOなのです。


 なので部屋は綺麗に整頓された、広く快適な空間でした。


「はは、ありがとう。

 それでお話しというのは?」


「あなたの息子、ブチが起こした事件についてです」


「……まあ、そうでしょうね」


「ではまず、間違いなく息子のブチが犯人だとあなたは思っているのですか?」


「……」


 ヒーちゃんはしばらく押し黙った後、


「ええ、あの息子はきっとそういうことをやるだろうな、とつくづく考えていました」★


「どうしてそう考えたのですか?」


「少し長話をします。

 私の父、ゴンは根っからの武闘派で、各地で敵を作っては、それを叩き潰しているような人でした。

 そして父は、他種族の家畜化が法律で禁止された後も、隣のブタたちを家畜だ奴隷だと見下し続けていたのです。

 猫の族長がそんなことをしているせいで、その時までのブタと猫の関係は最悪でした」


「なるほど」


「私は父を反面教師に、勉学に励み、ヒトと同じ学校に進学して、そして起業家として一定の成功を収めました。

 そして父は死に、ブタ万次郎さんとの協力もあって、ブタと猫の長きにわたる因縁を終わらせるための道を踏み出そうとしていたのに……★

 ブチが生まれていなければ! 何もかもうまくいっていた!」★


 ヒーちゃんは感情的になって言いました。


「ブチはまるで……あの愚かな父の生き写しだ!」


「生き写し、ですか?」


「粗暴で、周りを力で抑えつけて、他の動物をいじめて、クズの仲間を集めて昼夜問わずひと様に迷惑をかけ続けているんだ!

 私はどこで育て方を間違えたんだ……」


「だからブタオを殺したと?」


「間違いありませんよ。

 父のように容赦なく、残忍な心の持ち主なのですから」


「では動機は何だと考えているのです?」


「——無駄な話をし過ぎましたね」


「?」


 突然ヒーちゃんは会話を打ち切りました。


「動機は、彼が証言した通り、ブタへの食欲ですよ」


「食欲?」


 確かに警察の取り調べでは、容疑者ブチ、シャケ、フクは、【豚に対して抗いがたい食欲を感じ、三匹で被害者をリンチした】と述べた。


 が、ブチが残忍であることと、ブタに食欲を感じることとでは、話が同じようで違う。


「すまないが、時間切れだ。私は忙しい身なので」


 そして続きを聞く前にハト丸たちは追い出されるのでした。


~猫の集落・猫管理の独房~


 この日本では独房は二種類あります。


 警察が管理する独房と、各種族で管理する独房です。


 他種族に対する殺生罪をした動物は、警察の管理から離れ、族長たちが管理する独房に送られ、【種族代表同士の話し合いによる判決】を待つのです。★


 ブチ・シャケ・フクはすでに警察から猫の集落に引き渡され、尚且つ集落にある独房で管理されているという事です。


「あ、誰だてめー」


「探偵のハト丸です」


「探偵? は——くだらねぇ」


 ブチの模様をした若い男の猫です。


 ハト丸を見下しているかのようです。


「死にたくねぇなら今すぐ消えな」


「お話しした後でなら、すぐにでも消えるとも」


「ブチさんなめんじゃねーぞ、ポッポ野郎」


「消えろといわれりゃすぐに消えんだよ。じゃなきゃ死ね」


 ガラス越しでハト丸たちは、三匹の猫、ブチ、シャケ、フクと対面しています。


 ちなみにハト丸はあらかじめ、キリーナさんの口にテープを張っています。(相手を怒らせそうだから)


 キリーナさんは「んふーんふー」と反論していました。


「僕は話がしたいだけ。そして真実が知りたい」


「真実……にゃーはっはっは!!!」


「「うにゃにゃにゃにゃ!!」」


「ふぅ、ひさびさに笑わせてもらったぜ」


「そりゃどうも」


「で、なに? なんか用? さっさと言え」


 話を聞いてくれる気になったようです。


「それじゃあさっそく、

 ——子豚のブタオ君を殺したのは本当ですか?」


「……ああそうとも、俺らがぶっ殺した」


 ぎろりとした目ではっきりと告げました。


「具体的には?」


「ああ??」


 ブチは意味が分からない、といった風です。


「君たち三人は子豚に会った結果、子豚を殺したはずだ。

 子豚を殺すまで、君たちは何を考えて、どんなことをしたのか……それが知りたいんだ」


「……」


 ブチはしばらく沈黙し


「そん時は俺ら集まってたとき、子豚が近づいて、うまそーだから襲った。

 でもブタが死んで、あ、やべーってなって、うちに帰って、親父に相談して、自首した。

 それだけ」


 ハト丸はブチの様子を観察しました。


 ハト丸が気づいたこと、それは急に言葉が棒読みになったことです。


 それは何度も同じ証言を言わされていたのだろうと、推測。


 故に違和感。


 事件の経緯と、ブチの性格と、ブチの証言の軽さに矛盾を感じました。


(好戦的なはずのブチが、なぜこんな淡々と証言する?

 こいつにとって、殺しというのは武勇伝のはずなのに、なぜ事件を喜々として語らないんだ?)★


 嘘を吐いている、とハト丸は直感しました。


「そういえばその爪、めっちゃイかしてるよね?」


 なのでハト丸は会話の方針を変えました。


 本当のことを話してもらうための、信頼を得るための雑談です。


「あ、分かる?」


 ブチの爪は一般的な猫の爪に比べて、鋭く、長く、尖っています。


「俺様専用の武器だ。

 鋭く尖らせてっからよ、こいつで引っかかれた奴はエッグい爪痕が残るんだぜ」


「ほう」


 確かに、ブタオの検死結果には、ブチがつけたと思われる傷跡があると書いてあった。


「例えば誰をやったの?」


「あぁ? いろんな奴にだよ。

 縄張り荒らしたゴロツキや糞みてーな大人。——そしてムカつくブタの連中」


 ブチは笑いながら言いました。


「アイツラが怯える様子はさいっこうだったぜ」


 キリーナさんは「んんん!(最低よあんたたち!)」と言い、ハナちゃんは静かに悲しそうな表情を浮かべました。


 そしてハト丸の思考は怒りではなく、冷静に研ぎ澄まされています。


「その爪で子豚——ブタオ君の体を引っ搔いたんだね」


「……あぁ! そうだよ! あのガキがちょろちょろ近づいてきたからボコしてやったんだよ!!」★


「ボコして、それから?」


「ボコした後、飽きたからそのまま適当に帰って……あ」★


 これまでのブチの証言と違う証言でした。


「てめーハメたな」


「はは、君の正直な言葉が聞きたかったからね」


「ちっ」


「だったらついでに教えてほしいことがあるんだ」


「ついで?」


「——子豚の首を絞めた?」


「……あ?」


 ブチは後ろのシャケ、フクの方を見ました。


「おめーら、絞めた?」


「んなわけないですよ」★


「首絞めとか最低じゃないっすか」


 ハト丸は彼らの言葉から嘘を感じませんでした。


「でも、ブタオ君の死因はね

 ——窒息死。首を絞められてのね」


「……!」


 ブチ、シャケ、フクに動揺が走ります。


 そして数秒後、ブチは突然ハト丸を鬼の形相で睨みつけました。


「やっぱ俺が絞めてたわ。子豚の首」


 納得しろ、そうでなければ殺す。


 その眼はそう訴えていました。


「そんな悲痛な表情で言われても、僕は納得しないよ」


「——あ!?」


「ブチ。君はなぜ真実を隠そうとしているの」


「……」


「この事件の関係者たちと話して気づいたんだ。

 ——みんな真実を隠そうとして、なにか嘘をついている」


「……はっ! だったらどうだっていうんだよ! てめーになんの関係があるんだよ!」


「確かに直接関係はない。けど、このまま放っておくことは僕にはできない」


「……」


「ブチ、君は。本当は——」


 ハト丸はブチに断言しました。


「——ブタオを殺していない」


「………………に」


 静寂。


 そして。


「にゃはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!!

 にゃぁああああああああああああはっはっはっはっはっはっっはっはっはっはっは!!!」


 狂気的な笑い声。


 ブチの笑い声は監獄の壁をぶち抜いて、外にも響きました。


 ブチの様子に、仲間のシャケとフクですら驚いて言葉を失いました。


「ふぅ……おい探偵」


「なんだい?」


「証拠は? 俺がブタを殺してないって、証拠だよ」


「証拠はないが、これまでの証言とその矛盾から推論したのさ」


 ハト丸は推論を言いました。


「君から見た、ブタオ君の事件のあらましは、こんな感じじゃないかな?

 事件当日、君たち三人は事件現場、猫とブタの集落の間にある空き地で集まっていた。

 するとそこに、一匹の子豚が近づいた。

 君たちは遊び半分で、子豚を囲んで暴行した。

 でも君たちには殺意はなかった。

 だから一通り遊んだ後、そのまま現場を去った」


 反論の様子はありませんでした。


 ハト丸は一拍置いて、


「ここからが本題。

 その後家に帰ったブチは、父親ヒーちゃんから、子ブタが死んでしまったことを聞かされたはずだ」


「……」


 冷汗が一筋、ブチから垂れました。


「君は当然反論したはずだ、子豚を殺してないって。

 だが君の父親はその話を信じなかった。★

 そしてこんな提案をされたんじゃないか?

 ——『子豚を食事のために殺したと自首するんだ。そうすれば異種族殺生で警察に捕まらない。そしてブタ万次郎さんと話し会って君たちを無罪にしてやる』と」★


「——っ!?」


 ブチは何とも言えない表情を浮かべます。


「君はこの悪魔の取引を受けたんだね……」


「な、なにを言ってやがる! ただの推理、いや妄想だ! 証拠がない!」


 ブチはなんどもなんども否定しました。


「おれが! 俺が! オレが! あの子豚を、ころし——」


「——ブチさん」


 シャケが泣きそうな表情で言いました。


「もうやめよ。こんなんブチさんらしくないっしょ!」


 フクもつられていいました。


「もう俺らのことはいいから、な?」


「おまえら……」


 ブチは瞳を閉じ、そして開きました。


 ハト丸を見て言います。


「俺は……俺たちは……子豚を殺していない!!」★


 ブチは泣きながら言いました。


「この手で子豚を引っ掻いた! こいつらも同じように子豚をいじめた! でも、手加減した! 絶対に生きてた! 間違いなく息があった!

 あの日、あの後、夜中までコンビニでだべってたら、親父が急に車でやってきた。俺は車に乗って、その中で親父が子豚を殺しただろって、急に言い出した!

 俺は何度も違うって言った! でも信じちゃくれなかった!

 ……でも俺のこと無罪にしてやるって……お前の父親だから……将来の族長だからって……」


 詳細な点はハト丸の推論と異なりましたが、大筋はその通りでした。


「あんたの言った通りだよ、後は。

 警察に捕まらず、猫と豚どもが話し会って俺は無罪になるってことで、言われた通りにした。

 警察に自首した後、子ブタを殺したって証言し続けて……ほんとはあの時、本当に子豚は死んでしまったんだって……そう思うようになって……

 ……はは、考えてみりゃくだらねぇな」


「でも気持ちは分かる。取引を受けたのは、父親の思いやりだと感じたから、なんだろ?」


「ち、知るか」


「ははは」


「……にゃはは」


 二人の間に奇妙な絆が芽生え始めました。


「ブチ、シャケ、フク。君たちには君たちの罪がある。

 だから君たちにとって正当な罰が与えられるべきだ」


「……あぁ」「……うっわ無理」「つれえわー」


「そしてその罪が偽りなら、その罰も偽りだ。

 だから僕は真実を白日の下にさらす」


「せいぜいがんばれ、探偵」


「リョコウバトの名探偵、と呼んでくれ」


 何言ってんだこいつは、と思うブチたちでしたが


「……にゃは、リョコウバトの名探偵さん、ねぇ」


 笑うブチ。


「そうとも。名折れかどうか、結果で答えよう」


 そしてカッコよく去るハト丸でした。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る