衛兵さん。冒険者になる。

@h4kUGen

第1話

 衛兵隊長の朝は早い。

 日が昇る頃に目を覚まし、顔を洗い身だしなみを軽く整える。そうしているうちに、寒さで目が冴えてくる。領主の館に近い旧市街地の石造りのこの家は、雪が去った季節だというのに早朝はまだ冷え込んでいるからだ。


 そのまま郵便受けから、『ライジングサン報知』の朝刊を取り部屋へ戻る。そして、キッチンで準備するのは、ベーコンと卵のトーストを準備。

 最近は、目を瞑っていてもトロトロの半熟目玉焼きと、カリカリのベーコンを焼き上げる事ができるようになった。あとは付け合わせのレタスと一緒に盛り付けて完成だ。


 そのままリビングのテーブルで朝食の開始だ。


「いただきます」


 これはこのゴンディアーナ帝国における、食材に感謝を捧げる儀式である。今では神格化されている、初代皇帝の教えだそうな。ぶっちゃけ、感謝を本気で捧げてる奴はいないと皆おもっているが、もう癖みたいなものだ。やらないと、ちょっと落ち着かない。特に人目がある時とか。


 さて、少々行儀は悪いが、食べながら新聞を読む。

 一面には――


 「例の暗殺未遂事件の続報か……」


 三日前、大衆院議員が3名が凶刃に晒された。

 間一髪のところで、騎士団が駆けつけたが、1名は昨日まで生死の境を彷徨うような状態だった。

 実行犯は、抵抗が激しく騎士団の静止を聞かず戦術級の魔法を行使しようとしたため、騎士団の武力行使によって全員死亡。


 しかし、騎士団は既に本丸を突き止めており、ほぼ同時刻に貴族院議員の大物である、ゴンドール侯爵を国家反逆罪を理由に逮捕。

 本当に、ギリギリの逮捕・救出劇である。


 本日の一面記事はこれの続報だ。騎士団の会見によると、更に別にも暗殺計画の存在を発見したらしい。

 それに対して、ゴンドール侯爵の弁護団は「事実無根で、侯爵に罪を被せる陰謀」だと主張し裁判で争う姿勢とのこと。

 余罪追求に入っている辺り、騎士団は動かぬ証拠を握っていそうだ。


 新聞を読み進めていると、すっかり日が昇り時計は7時半を指している。そろそろ出勤の時間だ。


 俺は、肌着の上にトーガを着て家を後にした。







 家は旧市街地のメインストリートに近く、朝日を浴びると同時に喧騒が飛び込んでくる。

 旧市街地といっても、人口100万を誇る大型港湾都市にして、ゴンドリエーレ辺境伯爵の領都であるこのリアスでも、まだまだ現役だ。

 既に露店達は商売を始め、客引きの為に威勢のよい声をあげている。


「おはようアルスさん。いつも時間通り!」


 そう声をかけてきたのは馴染みの露天商である、トマスのおっさんだ。


「おう。トマスのおっさん。今日は……何を売ってんだそれ」

「かーっ!アルスさんよ!まだまだ若いってのに流行に遅れてるねえ!こいつは乙女の頬のようにほんのりとしたピンク色をした果実ってー触れ込みのあまーくてちょっと酸っぱいモモっつー果物だよ」 

「蜂蜜なのに酸っぱいのか」

「かーっ!細かい事きにしなさんな!どれお一つ食べてみないかい?」

「こないだ町内会の回覧板に誤字があったってキレ散らかしてたのはトマスのおっさんじゃねーか。あといらん。1個2000ゴルってボッタクリもいいとこだろ」

「あー!ちょっと待った!たまには何か買ってってくだせえよ!衛兵隊長で部屋持ちなんだから金はあんだろ?」


 俺が無視して歩き出すと舌打ちして、また通行人に粉をかけ始めた。チラリと視線を戻すと、あの野郎値札を変えてやがる。金持ちに高く売ろうとするのは良いが、バレないようにやれ。あと、俺は大して金を持っていない。先日、私用で使う装備一式を買い揃えてしまったのだ。


「おや?アルスさんおはよう。いつもご苦労様。今日も頑張ってねえ」

「おはよう。エレナおば……お姉さん。仕事に行ってくるよ」

「帰りはウチに寄ってきな!今日はリアスボアが安かったのさ!」

「へーそうなのか。じゃあ帰りは寄らせて貰うよ」


 エレナおばさんは露天商ではなく、酒場をやってる女傑である。港湾都市には、荒くれの船乗りが多い。そんな荒くれ共を引っぱたき、喧嘩が始まれば賭けの胴元をやり、飲み比べでは『樽』という見慣れない単位で酒を飲む。

 美人だが、40を超えてまだお姉さん呼びをしないと怒る理不尽な人でもある。


「隊長!おはようございます!ご一緒しますぜ!」

「ああ、おはよう。最近ようやっとこの時間に起きれるようになったじゃないか」

「いやー……その節はお世話になりまして」

「ホントーにな!」

「いてて、そのガタイでジャレないでくだせえ!本当に痛いんすから」

「こりゃすまねーな。それなら、週末の訓練でもっと鍛えて気にならなくして差し上げましょうか」

「ヒエーッ!死んじゃう!」


 この賑やかな奴は、トッド。黒い毛の猫獣人だ。冒険者として食っていけず、港で盗みを働こうとしていたが、度胸がなくてウロウロしていたところを捕まえて、衛兵の訓練所に叩き込んだ奴である。

 肝は小さいが、冒険者の頃に身に着けた偵察や罠探知の技術は中々のもので、今では衛兵としてそれなりの戦力になった。もうちょっと勇気があれば、冒険者でもやっていけたんじゃないだろうか。


「アルスさーん!」

「おお?アルスか。相変わらず時間通りだな。酒もそれぐらいキッチリしろよ」

「アルスか!今日はエレナおばさんのトコ行くのか?リアスボアのいいとこを安く買ってたぞ?つまり、こないだの飲み比べの再戦ってヤツだ」

「げえ!アルス!」


 出勤の時には、大体こんな感じで声を掛けられる。この街で生まれて、旧市街地で育ったためほとんど顔見知りだ。

 明日だって、こんなふうに賑やかに出勤できると、この時は思っていた。



   ◎



 俺の職場は、『東の玄関口』と言われる港湾都市リアスの衛兵隊長である。ちなみに、衛兵隊長は東西南北に4人。ゴンドリエーレ騎士団の下部組織として、街の治安維持等を行っている。


 特に東は、港湾があるため忙しい。

 他の地域に関して、1000名程度だが、東だけは4000名は居る。当然4000名が常に居るわけではなく、これは昼夜を問わず船と人の出入りがあるからだ。

 昔は、夜港を開いていなかったが、海外との貿易によって船の出入りが増え過ぎた結果仕方なくこうなったそうな。


 他に港を作れば良いのではないかと思ったが、港なんてそんな簡単に作れない。特に大型商船や要人を乗せた外国の戦艦等が留まれる規模の港湾を作る労力たるや想像できない程だ。


 さて、港湾都市リアスの東の衛兵隊長とは、4000 人を束ねる職なのである。特に、騎士団や領主からの信頼と能力が無ければ、そうそう任せられない……つまりエリートなのである。


「隊長がまーた、鏡を見ながらドヤ顔してらっしゃるぞ」

「そりゃそうだろ。22歳で東の衛兵隊長なんで大抜擢だし、この1年で結果も出してる。そら、ちょーしにも乗るだろ」 

「更衣室の鏡を独占しニヤつく若者……近寄らんトコ」

「黙らっしゃい!」


 俺が突っ込みを入れると、笑い声があがる。クソッ、恥ずかしい所をみられてしまった。

 とはいえ、これも部下とのコミュニケーションだと思えばまあ良いのだろう。

 実際、俺一人ではこの巨大な港湾の治安維持なんてできないしな。

 さて、切り替えよう。

 俺は一度手を叩く。続けて言った。


「よっしゃ!んじゃ朝礼やるぞ!会議室に移動」


 更衣室からでると、中に居た連中がゾロゾロついてくる。総勢20名。彼らは副隊長1名、部長4名、課長が15名で構成される。東の衛兵隊の首脳陣だ。

 会議室への移動中も、ペラペラ喋っているが皆ベテランの衛兵達である。


 会議室に到着し、各々の席に座ると、副隊長のマゼランが開始の音頭を取る。


「それではこれより、朝礼を始めます。アルス隊長より全体訓示をお願いします」

「おはよう。まず、今週末の訓練のテーマについて改めて伝えるが、来週にはソドーゼ王国から来賓が来られる。その歓迎式典に向けた訓練だ。シフトがかなりキツくなるが、必ず調整しるように各班に良く言い聞かせるように」

「そのあたりはご安心を。荒くれ共を相手にするよりは楽なんで立候補者は随分居ます」

「それは朗報。2ヶ月前の二の舞は勘弁だ。続いて、今朝の朝刊にも載っていた、帝都の暗殺未遂事件についてだが、引き続きあまり言いふらさないように徹底だ。他国の商人には特にな。港湾は流言飛語の原因になりやすい。あと、それに関連して馬鹿な挑発にはのらないことも徹底。今日は、こんなところかな」

「承知しました。続いて、各部より報告……じゃあ挙手してるマミゼル部長からお願いします」

「はい!総務部からですが……貴様らァ!もうちょっとまともに書類を書けんのか!特にぃぃぃ治安部!!」

「よーし分かった落ち着いてー。落ち着……。落ち着かんかあ!!」


 マゼランが、隣のマミゼル部長を取り押さえようとして、逆にキレている。東の衛兵隊の日常風景だ。

 俺が隊長になるまでは、こんなんじゃなかったらしいのだが、俺が隊長になって3日でこうなったので、コイツラの言い訳だと俺は確信している。


「課長の皆さん。先に戻っていいよ。現場を頼むぞ。あと、マミゼル部長の為にちゃんと書式に則って書類は書いて上げてくれ。いい大人がみっともなく取っ組み合いしてるとこなんて見たくないだろ」


 課長達は、返事をして会議室を退出していく。

 この取っ組み合いは長引くなるだろうし。





 朝礼が終わり、タンコブを作った2人と他3名と共に、港湾にでる。丁度大型船の出入りがあるようで、現場は慌ただしい。船乗り達の荒々しい怒声と、検閲で飛び交う商人と衛兵の喧々諤々のやり取りも日常風景だ。


「今日の出入りは?」

「セントポール共和国とヴァイグル連合の商船が3隻ずつと……ウチの国の船が12。出ていきます。あーあと、あの差し押さえられていたセントポール王国のトレンタ商会が持ってた大型船。あれが造船所行きです」

「あーあれやっと出ていくんですか。停泊料金どうなるんです?」

「駄目だ。焦げ付いてるが、これ以上とどめられん」

「昨日辺境伯が視察に来て舌打ちしてから『しけてやがる。いざとなったらセントポールに乗り込んで取り立ててやる』と息巻いてたねえ。親父もほんと若いね。僕より元気だよ」


 俺の質問に答えたのが、治安維持部長のオーガスト。筋骨隆々の叩き上げ。

 それに続いたのが貿易部モンド先生。俺の師匠。最近白髪が増えたと気にしている。

 焦げ付いたと、呆れているのがタンコブのマミゼル。眼鏡の度が強すぎて目つきが悪い。

 辺境伯の様子を伝えたのが、外交部のセルエル・ゴンドリエーレ男爵。辺境伯の四男で、現在港湾関連の知見を得るべく武者修行中。


「隊長。そろそろ、戻りましょう。昼までに片付けたい決裁がいくつか」

「マゼラン。お前が決裁しても良いんだぞ」

「馬鹿言わないでください」

「……はぁ。槍と剣持って暴れてた頃が懐かしいよ」

「そうですか。では、事務所に戻りますよ」

「はい」





 そうして、書類仕事を片付けて、帰路に付く。午前の書類を処理している間に、午後の分の書類が増える。

 恐ろしい世界だ。


 でも、そんな日々も悪くない。

 順風満帆と言って良い。


 おれは、飲み比べのライバル達を蹂躙しながら、幸せを噛み締めていた。


「やるねーアルスさん。この後はアタシとやろうか!」

「勘弁してくれ、『樽』なんて単位持ち出すあんたに勝てるわけないだろ?」

「チッ。つまんねーな……。ああそうだアルスさん、今日の昼に珍しい連中が来たよ」

「ああん?」


俺が勝負を断りツマミを突付いていると、エレナおばさんが変な事を切り出してきた。


「何かね、青い立派なマント付けた騎士様の団体でね。揃いの、黒い鎧付けてた。伯爵様の屋敷に向かってたみたいね。昔っから魔法武器だの、魔道具だの好きだったろ?何か知らないかと思ってさ」

「うーん。青いマントに黒い鎧……」


 俺は趣味の知識を巡らせる。

 何を隠そうこのアルスは、魔法武器に憧れる漢。

 戦略級と呼ばれる、かつて国宝と呼ばれていた魔法武器は、一般に公開されている情報はすべてインプットされている。さらに、戦術級や戦闘級も国内の魔法武器はほぼ覚えている。

 ついでに、魔道具や魔法防具にも詳しくなった。


 そしてひとつの結論を導き出す。


「その特徴なら、多分近衛騎士団のどれかだな。帝国最強にして、常勝無敗。でも、皇帝や皇族に何かあったときにしか動かない。しかも、黒い鎧ってことは魔鉄鋼だし間違いない。20人が揃いで、それだけの装備なんて他じゃあありえないよ」

「マジかよ!」

「あの噂の?」

「近衛騎士団ってあれだろ?団長がほら、異名持ちの……えっとなんていったかな」

「『百人殿軍』のマムルーク・ゴンドワナ」

「そう!それだ!」


 説明しよう!!

 『百人殿軍』のマムルークとは、何者なのか!?


 かのユーラス大陸の覇者、大国ユーラシドラ王国と我が帝国との間で戦争があった。

 戦線は我が帝国が優位に進めていた。結果、ユーラシドラ王国は我が帝国に講和を申し入れた!

 陛下は、前線にいたユーラシドラ王国10万の兵士が武装解除したために、講和を受け入れ条約を結ぶ為にユーラス大陸へ行く。

 しかしこれは、我が帝国に対して不利を悟ったユーラシドラ王国側が仕掛けた卑劣な策!

 なんと!ユーラシドラ王国は、ユーラシドラ王国の戦略級魔道具『ユーラスの箱舟』を使い、天空に隠していた軍勢によって講和会談に来た陛下に対して奇襲を仕掛けた。

 しかし、その奇襲は失敗した。天空から包囲された陛下はなんとか包囲を突破し、僅かに残った兵士と共に近くの森へ逃げ込む。

 その時、陛下の周りに残った兵士は僅かに100余名。

 絶対絶命でも、彼らは諦め無かった。

 陛下を僅かな兵士に護衛させ先行させると、決死隊百人を率いた男が居た。

 それこそが、『百人殿軍』のマムルーク。

 

「あの手この手を使い、遅滞戦術を駆使したマムルーク。徐々に減っていく仲間。それにも挫けずに戦い抜いた。二十日後、気が付けば最後に残ったのは自分一人。森を抜けてしまい、嬲り殺されるのを待つだけのマムルークは懸命に戦うが、力尽きようとしたその時!陛下が最強の戦力を引っさげ帰ってきた!マムルークは救われ、その勇敢さに心を打たれた陛下が彼に与えたのが『百人殿軍』の異名なのだ!」

「おおー!相変わらずこういう話はよくしってるなー隊長」

「酔っているせいで、途中からアタシとトッド以外誰も聞いてないのに気が付いてないね」


 俺は、気分よく金を払うと家路についた。

 


 ――翌朝の旧市街地のメインストリートで、俺が昨日語った伝説が目の前に居た。


「貴様が、東の衛兵隊長アルスだな?調べは付いている。私の名は、マムルーク・ゴンドワナ。近衛第一騎士団の団長を務めている。貴様には、皇族暗殺の嫌疑が掛けられている。この礼状を見た瞬間、貴様は帝国臣民としての権利が制限される。黙秘はオススメしない。死にたくは無いだろう?」


 

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