可愛い天使がここにいる

水の月 そらまめ

ヒナノと俺の日常



「ヒナノ」


「なぁに?」


 ゲームをしているヒナノは画面に集中しながら、俺の言葉に答えた。


「前にさ。私は天使だから穢れた地面には足をつけないの、って言ってたよな」


「うん、そうだよ〜、あっ、ちょっ。うわぁぁ〜〜〜っ、くっそ、おいテメェッこのヒナノちゃんを撃ち殺しやがったな! 覚えてろよクズッ!!」


 天使のくせにゲームでは口が悪いんだよなぁ。相手に伝わっていないことが幸いだ。

 俺は広げたポテチを食べる。

 じゃがいもと油とコンソメなジャンクフード。最高だな。


「ひゃっはー! ヒナノちゃん最っ高! 見たかド下手野郎ッ!!」


 画面を前にペタンと座っているヒナノが、ポテチを食べながら見ていた俺を、チラッと見上げた。

 普通に美少女なんだよな、ヒナノって。


「んで? 私が足つけないのがご不満です、ってわけなの?」


「いや、そうじゃなくてさ。もちろんヒナノの綺麗な足が穢れるなら、浮いてて全然良いんだけど。ちょっと前、つま先ついてただろ」


「…………はあ!? ついてないし! あっ、このっこのっ!」


「今だってさ、地面にお尻つけてんだろ」


「ついてないしっ、ちゃんと見てよね!」


 マジ? 見て良いの?

 俺はチャンスは逃さないタイプだ。

 ミニスカートを履いているヒナノの前に横たわり、俺は浮いているのかを確かめる。


「ちょっと! なんで前からなの!?」


 顔を赤らめたヒナノだが、ゲームから銃撃音が聞こえてくる。

 慌てて画面に集中するさまを、俺はニヨニヨしながら見上げては。シワのよったスカートの隙間から見えるピンク色を凝視した。

 そして、浮いてように見える下半身と地面の間に手を入れる。


「ちょっと!?」


 俺は足を閉じたヒナノに手を踏み潰されて、身動きができなくなった。


 もちろん、ヒナノ以外の人にやったら、殴られてセクハラだと訴えられかねない行為だ。

 その辺の常識を分かった上で、俺は中学生のうちは全力を出すと決めている。ガッツリ見えてる時も、パンチラだって見逃さない。


「ヒナノ、浮いてないじゃん」


「浮いてるの! ……1センチ浮いてるの! 天使である私が、穢れた地上にきよらかな身体を触れさせるわけないでしょ!?」


 穢れてのは地面だけで良いのか?

 俺は徐々に、手を引っこ抜く。


「本当かな」


 透明な定規を持ってきて、後ろに当てる。

 …………うん、1センチも浮いてないな。


「浮いてないよ」


「服が垂れてるだけだってば! ちゃんと測って」


 ゲーム機を置いたヒナノが立ち上がる。そして測ってと言いながら、歩き始めた。


「ほら、浮いてるでしょ」


 せわしなく足を動かしたと思うと、スキップをして狭い家を駆け回る。

 小さな白い翼が揺れ動き、綺麗な黒色の髪がなびく。ふわふわとした白い衣装が風で膨らみ、チラッと見えるピンク色。

 天使様は今日も可愛い。


「ヒナノ、見えないから止まって」


「仕方ないなぁ」


 トンと可愛らしくターンしたヒナノが、俺の前にやってくる。


「……ほら見て。浮いてるでしょ?」


 確かにかかとは浮いている。つま先立ちする足はもしかしたら、若干じゃっかん浮いてるようにも見えるが。


「…………」


 ……その頑張ってる顔が可愛い。

 俺は足をじっと見つめる。


「プルプルしている。なぜだろう」


「気のせいじゃないの?」


 俺の頭を掴みながら言う言葉じゃないな。

 一応、定規を差し込もうとしてみる。

 トンと、つま先に当たった。


「浮いてないじゃん。ヒナノけがれたんじゃない?」


 見上げたところにあるピンク色のパンティーを拝みながら、俺は片足を持ち上げる。


「ちょっと! 危ないっ」


「浮いてる?」


「う、浮いてるに決まってるでしょ!」


 ドヤ顔をしているものの、足はプルプルしている。

 俺の髪の毛を引っ張りながら、必死につま先たちしているヒナノだが、今にもバランスを崩してしまいそうだ。

 そう。ヒナノは天使などではない。

 厨二病の、ただの人間である。


「もぅ〜! 天使は下界の穢れに触れない崇高なる存在なのっ!」


「可愛いパンツだ」


「え、えっち……!」


 今更、ヒナノはミニスカートを抑えた。

 その恥ずかしがってる顔も最高です。


 ゲームはもう良いのか、ヒナノが帰宅の準備を始める。


「ちょっと穢れを落としに修行しにいく。悪夢ナイトメアも来て! 今日こそダークエンジェルの貴方に、希望と救いを与えてあげるわ!」


「……はいはい。お供しますよ天使様」


 笑顔で走っていく少女を見て、俺はポテチを食べて縛る。

 小学生の頃に出会って、中学生になった途端に発動してしまった厨二病。友人を巻き込みながら、あいつは俺を救うと豪語している。


 でもなヒナノ。


 俺はもう陽菜乃ひなのに救われているんだよな。

 ヒナノが偽物の天使だって知ってるけど、天使なんかよりずっと。俺はたくさんの救いを君から貰っている。


「あ、天使の輪っか風アクセサリ忘れてるよ」


 机に置きっぱなしのそれを手に取ると、玄関で靴を履いていたヒナノに渡す。


「『ふう』とか言わないっ」


「はーい。可愛い天使の輪っかだ」


 本名、田中たなか 悪夢ナイトメア。いくら女の子が欲しかったからって、俺にこの名前をつけた両親は最低だと思う。


「さ、行くよ」


 満足そうに満面の笑みを浮かべた天使ヒナノが、扉を開く。

 俺も微笑を浮かべて歩き出した。




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